第二話 レストランに連れて行ってもらったけど、異世界のお料理は見た目からして凄過ぎるんだけど……
「わっ! なっ、なぁに? お姉ちゃん」
少女は驚いた様子で振り返る。三つ編みに束ねられた青髪、丸顔ぱっちり垂れ目。ヨーロッパ風の民族衣装を身に纏っていた。背丈は一三〇センチほど。年は十歳くらいだろうか?
「日本語通じた! よかったぁ♪ 私、公園歩いてたら落とし穴に落ちちゃって、気付いたらここにいたんだけど、ここがどこなのかよく分からなくてどうしようって状態なんだ」
「お姉ちゃん旅人なの?」
「……うん、そうなんだ」
「じゃあ、ウチにおいでよ。今晩泊めてあげるよ」
「えっ! いっ、いいの?」
「もっちろんだよ。困ってる旅人を見かけたら助けてあげなさいってお母さんいつも言ってるもん」
「ありがとう、お嬢ちゃん」
桜子は思わず嬉し涙を流した。
「どういたしまして。わたしの名前はコリルっていうの。よろしくね♪」
「コリルちゃんかぁ。私の名前は桜子だよ」
「桜子かぁ。変わったお名前だね」
「ところで、ここは、何っていう街なのかな?」
「リーチェ王国の王都、ロブレンティアっていう街だよ」
「きっ、聞いたことがないよ、そんな街」
「桜子お姉ちゃんはどこから来たの?」
「日本だよ」
「日本? わたし、そんな場所、聞いたことないや。遠い遠い国みたいだけど、言葉が通じるね」
「不思議だね」
「うん、不思議、不思議、とーっても不思議♪ わたし、日本っていうとこのこと、詳しく知りたいなぁ」
「私も、リーチェ王国のこといろいろ知りたいよ」
「桜子お姉ちゃんの着てる修道服、変わったデザインだね」
「これは修道服じゃなくて、セーラー服っていうんだよ。学校の制服になってて日本の学校、特に中学や高校では大半は制服を着る決まりになってるよ」
「へぇ~。この国の学校では制服っていうのはないよ。騎士が魔物と戦う時は同じようなデザインの防具付けてるけど」
「この国だとそんなイメージなんだ。街の雰囲気通りファンタジーな世界だね」
「頭に着けてるおリボンもすごくかわいいね」
「これはね、いちごとみかんっていうフルーツを模ったチャームだよ。この世界にはないのかな?」
「うん、そんなフルーツ聞いたことないよ」
「メロンとかスイカとかも?」
「うん。日本って、この国にはない珍しいものがいろいろあるんだね」
楽し気に会話を弾ませているうち、コリルというエルフ耳少女のおウチに辿り着いた。
木組みのおしゃれな外観だった。
「すごい、立派なおウチだね。異人館にありそう」
桜子はわくわく気分で玄関入り口へ。
「土足でおウチに入るのは、ヨーロッパらしいね」
「土足ってなぁに?」
「そっか。当たり前過ぎてそういう概念もないのかぁ。靴を履いたまま家に入ることだよ。日本では家に入る時は玄関で靴を脱ぐのが普通なんだよ」
「へぇ~。日本の文化は変わってるね。ただいまママ、日本っていう謎の国からやって来た、桜子っていう旅人のお姉さんが道に迷って困ってたから連れて来たよ。今晩泊めてあげて」
廊下でコリルは嬉しそうに呼びかける。
ほどなく現れたのは――。
「あらまぁ、いらっしゃい。わたくしも初めて聞いた国だわ。わたくし、コリルの母のコスヤと申します。はじめまして」
ブラウンヘアーに、丸顔ぱっちり瞳。年齢は三十代半ばくらいだろうか? お淑やかそうな感じの人だった。お顔はコリルによく似て耳の形も同じだった。
「はじめまして!」
爽やかな笑顔で握手を求められ、桜子はちょっぴり緊張気味に応じた。
「朗らかな感じの可愛らしいお嬢さんね。桜子ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
「ありがとうございます。あっ、あのう、さっそくご迷惑をおかけしますけど、スマホのバッテリーの充電が切れちゃいそうなので、コンセントを、貸していただけないでしょうか?」
「スマホ? バッテリー? 充電? コンセント?」
コスヤさんはきょとんとした表情。
外は夕暮れ時で、暗くなりかけていたが、家の中は明るい。
しかし電灯はなく、ランタンが灯されていた。
あれ? 通じない。電気っていうのがないのかな? この世界。
桜子の今の心境だ。
「すみません、変なこと言っちゃって。あの、この辺りに、晩御飯が食べれるレストランとかってないでしょうか?」
気を切り替えて、こんな質問をしてみる。
「何軒かあるわよ」
「スイーツの美味しいお店があるよ。桜子お姉ちゃん、いっしょに食べに行こう!」
「それは楽しみだなぁ。私、スイーツ大好きなんですよ」
「やっぱり♪ 桜子お姉ちゃんスイーツ大好きそうなお顔してるもんね」
コリルはフフフッと微笑んだ。
「ところで、重ね重ね大変申し訳ないんですけど、ちょっと、おトイレを、貸していただけないでしょうか?」
桜子は苦い表情でお願いする。
「遠慮せずに使っていいわよ」
「廊下を進んで一番奥だよ」
二人は快く承諾してくれた。
「すみません、お借りしまーす」
トイレは通じて良かったぁ。異世界のおトイレって、どんな風になってるんだろ? 拭くものあるのかな? なかったら困るなぁ。
桜子は恐る恐るそこに通じる扉を開けた。
なんか思ったより綺麗♪ 江戸時代の日本のおトイレみたいな感じだね。トイレットペーパーも付いてる。この国って、紙は貴重品じゃないのかな?
便器はなく、中央付近に縦五〇センチ、横幅三〇センチくらいの長方形の穴があった。
下から水が流れる音がするよ。下水道が完備されてるのかな? 予想以上に衛生的な感じだし、良かった、良かった♪
「ふぅ♪」
桜子は安心して用を足し終えたのだった。
居間に戻ったあと、
「あのう、コスヤさん、この国って、紙が貴重品だったりしますか?」
疑問に思ったことを質問してみる。
「いえいえ、むしろ安価で大量に生産されてるわよ」
「そうなんですか! それはよかったです♪」
紙が大量生産されてるってことは、イラストも思う存分描けるってことだね。
桜子はトイレットペーパーが使えること以上にそのことに大喜び。
「日本では、紙は貴重品なの?」
コリルは尋ねる。
「いや、日本も紙は安価で大量に手に入るよ」
「そうなんだ。言葉以外にも日本と共通点あるんだね。わたし、お絵描きするためのスケッチブックいっぱい持ってるよ」
「私も鞄の中にスケッチブックあるよ。イラスト描くのが趣味だから、いつも持ち歩いてるんだ。そういや私、日本のお金は持ってるけど、この世界のお金は当然持ってないなぁ。食事代払えないよ」
そのことに気付いて若干焦り顔になってしまう。
「大丈夫だよ桜子お姉ちゃん、わたしが全部奢るから」
「宿代も支払わなくて結構よ。ここは宿屋ではないので」
コスヤさんは微笑み顔で言う。
「いやぁ、さすがにそれだと大変申し訳ないので、コリルちゃんとお母さん。お礼に日本のお金をプレゼントします」
桜子はかわいい猫さん柄のお財布から一万円札、五千円札、千円札、五〇〇円、一〇〇円、五〇円、一〇円、一円硬貨を一枚ずつ、計一六六六一円を取り出しテーブル上に置いた。
「これが日本のお金かぁ。格好いい♪ 単位は何かな?」
コリルはわくわく気分で眺める。
「円だよ」
「円かぁ。リーチェ王国はララシャだよ。見せてあげる」
「日本のお金、なかなかのデザインね」
コスヤも楽しそうに眺めていた。
「これがリーチェ王国のお金、全種類だよ」
コリルはコインと紙幣を持ってくる。
「この国のお金のデザイン、日本のよりも恰好いいね。数字の書き方は共通なんだね」
紙幣は三種類。印字された数字は10000、5000、1000。いずれもこの国の偉人だろうお方と魔物らしきものが描かれていた。硬貨は数字のみが彫られ全六種類。金色の500、100。銀色の50、10。銅色の5、1ララシャだ。
「通貨の種類も日本と共通なんだね」
桜子は親近感が持てた。
桜子とコリルは歩いてスイーツが美味しいと評判のレストランへ向かうことに。
空はもう真っ暗にはなっているが、街の中はランタンが至る所に灯されていて夜道でも明るかった。
「ここだよ」
コリル宅から五分ほどで辿り着く。赤煉瓦造りの瀟洒な外観だった。
「字が読めない。楔形文字とギリシャ文字をミックスさせたみたいな形だね」
店名が書かれてある看板を眺め、桜子は苦笑い。
「『ラムエリオ』って読むんだよ。若い女性に人気だよ。日本と話し言葉は同じだけど、文字が違うのも不思議だね。わたしますます日本のこと知りたくなっちゃったよ」
「私もこの世界の文化、ますます知りたくなったな」
桜子は意気揚々と店内へ。コリルもあとに続く。
「いらっしゃい! コリルちゃんに、もう一人は初めて見る顔だね」
すると、熊っぽい耳をした可愛らしいお姉さん店員の威勢のいい声が聞こえてくる。
「あっ、どうも」
桜子は緊張気味にご挨拶。
「桜子っていうお名前のお姉ちゃんで、日本っていう謎の国から来たんだよ」
「へぇ、それは珍しい旅人さんだね。ぜひこの街を楽しんでいってね。どうぞこちらのお席へ」
コリルが伝えると、この店員さんは興味深そうに桜子の姿を見つめる。
獣の耳とか、尻尾まで付いてる人もいるけど、これ、コスプレじゃないよね? 髪の色も向こうの世界じゃアニメで見るようなカラフルな人もいるし。あっ、私と同じ普通の耳してる人もいる。よかったぁ。
二人掛けのテーブル席に着くと、桜子は辺りのお客さんや店員さんをきょろきょろ見渡してしまう。
「桜子お姉ちゃん、どれでも好きなのをどうぞ」
コリルはメニュー表を手渡してくれた。
「メニューの字も読めないし、コリルちゃんおススメのやつでいいよ」
「じゃあ、これにするね」
コリルが呼び鈴を鳴らし、猫耳と尻尾の付いた女性ウェイターさんに注文してくれた。
数分のち、
「お待たせしましたーっ!」
メニューが到着。ウェイターさんはテーブル上にテキパキと置いていく。
コリルも同じメニューを頼んだため、二人前だ。
「……奇抜な見た目だね」
それを眺め、桜子はアハァッと笑う。若干表情が引き攣っていた。
暗緑色や紫色など、おどろおどろしい色合いの何かの魔物の腕や足らしき部分とか目玉とか、内臓らしき部分が露出していたのだ。
「このお店で一番人気な、キマイラとピュートーンとジャバウォックのお肉入りミートパイだよ。目玉と肝臓の部分が栄養満点で特に美味しいよ。蝙蝠の粉末のお茶がよく合うよ。魔物ハンターのお仕事してる人が危険を冒して獲って来てくれるんだ。希少な魔物さんだから売り切れになってることも多いけど、今日はあって良かったよ♪」
コリルは嬉しそうに言う。
「少し前にタイミング良く入荷されたからね。今夜のお客さんはラッキーだよ」
女性ウェイターさんはウィンクを交えて笑顔で伝える。
「いっただっきまーす♪」
コリルは満面の笑みを浮かべて、目玉をフォークで突き刺して美味しそうに頬張る。
「この世界だと、そんな職業もあるんだね。さすがファンタジーだね。私のいた世界だと、猟師さんみたいなものなのかな?」
……異世界のお料理って、見た目からして凄いね。まさに魔界の食べ物って感じだよ。他のお客さんも、普通に美味しそうに食べてるし。
桜子はフォークを手に取るも、これ、食べても大丈夫なのか? と悩んでしまう。
「いただきまーす」
恐る恐る食してみた。
その結果、
「えっ! めちゃくちゃ美味しい♪」
予想外の美味さに、桜子の表情がほころぶ。
「桜子お姉ちゃん、幸せそうだね」
コリルも嬉しそうに微笑む。
「とっても幸せ♪ 見た目は凄いけど、味は最高だね。インスタにあげたいところだけど、ここじゃネットも繋がらないからスマホも使い物にならないんだよね。そうだ! 記念にスケッチしておこうっと♪」
桜子は鞄からスケッチブックと愛用のペンを取り出すと、このお料理のイラストを描いていく。カラーペンで色付けもした。
「桜子お姉ちゃん、絵がすっごく上手!」
コリルや、
「すごいわね、このお嬢さん」
「芸術的」
「本物よりも美味しそう♪」
「素晴らしい絵だね。お嬢ちゃん絵の才能あるよ」
他のお客さんや店員さんからも褒められる。
「いえ、それほどでも」
照れ笑いする桜子。そのあとも、桜子は異世界料理の数々を堪能していく。
ミャ〇ミャクのような目玉入りのグミっぽいのとか、紫色のプリンっぽいものとか。三葉虫っぽいものが巻かれたクレープとか。コオロギのような物体が生クリームに塗されるように何匹も載せられたショートケーキとか。それらのイラストも描いていった。
「桜子お姉ちゃん、どのお料理が一番美味しかった?」
「うーん、どれもとっても美味しかったから、選べないや」
ちなみにコリルと桜子の頼んだメニューの食事代、計3600ララシャは無料にしてくれたのだった。
☆
「ごちそうさまでした♪ お礼にイラストを差し上げます」
桜子は犬耳っぽい耳と尻尾の付いた女性店長さんの似顔絵をプレゼント。
「おう、ありがとな。絵が超上手いお嬢ちゃん」
店長さんは嬉しそうに快く受け取り、さっそく壁に貼ってくれた。




