【その66:ぬこ様と魔王様と(17)】
「うおおおおん!!!」
教会の揺れるほどの振動と、異様な音が建物の中に響き渡る。
「何!?」
大半の者達が避難した教会で、オリオネートが叫んだ。
「オリオネート! これ以上はまずい! 本当にやつが来たのかもしれん!」
エルグレイが怒鳴る!
オリオネート達が教会に残っているのは、ルラの救出のためだ。
大方の避難は終わり、あとは自分たちも逃げるだけの状況になっていた。だが、ルラが戻ってこないため、極天の間に向かおうとしていたのである。
その矢先の異変。迷っている暇はなかった。エルグレイの言う通り、これ以上は危険だ。
「……退避しましょう」
揃って教会の外へと逃げる最中も、建物はずっと揺れ続けていた。
◇◇◇
「当たった!!」
魔力を圧縮した光線が魔王に直撃し、なおもそのまま浴びせ続けていることを確認すると、ハーロットは階段から飛び出し、手を叩いて狂喜する。
この広大な教会本部の全てを防御するための膨大な聖魔法を、全て攻撃に変換したのだ。
その威力は、概算で偽聖女の最強魔法の30倍はくだるまい。いくら魔王が頑丈とはいえ、このような桁違いの攻撃は想定外のはず。
全てを打ち尽くしたのちは、その場には何も残らぬ。
「この勇者ハーロットを侮った報いを受けよ! 魔王!!」
勝った。
勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った勝った。
やはりこのハーロットこそが真の勇者、人類を導くに値する神の使徒。
ひとしきり喜びを露わにしたハーロットは、己の口から涎が垂れるのもそのままに、ただ恍惚の表情で、魔王を襲う光の帯を眺め続ける。
どれほどの時が経っただろうか。
ひどく長くも、あっという間にも感じた至福の時間は、終幕を迎えようとしている。徐々に、魔力の帯が細くなり始めたのだ。
「しまった、せめて何かしらの残滓くらいは残してもらわないと、勇者の証明ができなくなっていますね」
まあいい。その程度はいくらでも捏造できる。魔王の部屋から、いくつか証拠になりそうなものも奪い取ってある。
「さあ! 終わりです!!」
己の勝利を確信し、両手を広げて天を仰ぐ。
そして信じられないものを見た。
魔王が、いた。
白い球体のようなものの中で、何事もなかったかのように、偽聖女を両手で抱いた状態で。
魔王がゆっくりとハーロットを見下ろす。何の感情もこもっていないような、いやむしろ、哀れみに近い視線を。
あり得ない。怪物か? そんな、アレを耐えることなど不可能だ!
「げえっ! げっ! おええ……」
恐怖で胃の腑からせり上がって来たものを、その場に撒き散らす。
怖い。
恐ろしい。
これが魔王。
ハーロットはようやく本当の意味で理解した。魔王という存在を。
「ひっ」
一度恐怖に負けた心は、もう、どうにもならない。
魔王の視線に耐えきれず、尻餅をつくと、四つん這いのまま背を向けた。
逃げなくては!
震える体でヨタヨタと階段を目指すハーロットの頭上から、静かに、魔王の声が舞い降りる。
「何だ、こんなものか」
「ヒッ、ひいいっ!」
「なかなか愉快な余興であった。ひとつ褒美をやろう」
「た、タスケテクダサイ……」
「我の詠唱が終わるまでに、この塔から脱出できれば貴様を見逃してやる。間に合わなければ、この塔が貴様の墓標だ」
「う、うわああああああああああああああああ!!!!!」
それはまるで、ハーロットに対する神託のようであった。
◇◇◇
ハーロットが視界から消え去ると、ルラが我に話しかけてくる。
「……ハーロットを助けるつもりですか?」
「いや、そのつもりはない。余興であると言ったであろう。あやつは今、ひたすら押し寄せる後悔と恐怖に襲われながら、この塔を降りておるはず。くくく、ぬこを怖がらせた罪、しっかり味わってもらおう」
「……非道とは言いません。ところで、あれだけの攻撃を守ったこの球体、何なんですか? 私、確実に死んだと思いました」
「む、これか。お主も知っておろう、白装とかいう人の魔法である」
「これが白装? 白装は身体に纏わせるもので、こんな球体にはできないはずですよ? すごく繊細な術式なので」
「そうなのか? だが我はできる。魔王だからな」
色々と聖魔法に関しても解析をしてみたのだ。確かにこの術式は少々繊細であったが、まあ、なんてことはない。おそらくハーロットは聖魔法で対抗してくると思ったので、同じ聖魔法の防御が一番相性が良いと考えて使ってみたのだ。
ふふんと自慢すると、呆れた顔を向けるルラ。
「……でも、予想と違ったらどうしたんですか?」
「ふん、我が他に準備していないとでも思うか?」
「……本当にめちゃくちゃですね、貴方は」
「で、あろう? さて、そろそろ良いか。締めとしよう。少し上昇するぞ」
我は手頃なところまで飛び上がると、人差し指を天にかざす。
「……我、基本的に魔法の名前は適当なのだが。まあ、シャイニング何とかよりはましであろう」
存分に魔力を込めてゆけば、急速に黒い雲が湧き上がってくる。
「これは、“神雷”とでも名づけるか。ルラよ、大きな音が鳴る。ぬこが暴れて檻を落とさぬようにしっかり抱きしめておけ」
ルラがしかと頷くのを確認した我は、
塔と同じ太さの雷を、大地に向かって降り落とした。




