【その64:ぬこ様と魔王様と(15)】
ハーロットは極天の間から身を乗り出し、その姿を確認する。
突き落とした偽聖女と猫が地面に落下するまでに、何者かが飛んできて助けたのだ。
人は飛べぬ。仮にハーロットが知らない魔法が存在したとしても、今、この場で都合よく使用している人間がいるはずもない。
つまり。
つまりあれが、『魔王』か。
ついに魔王をこの目で見た。その事実に、腹の底から湧き起こる興奮が抑えきれない。
やはりダークベットは失敗したのだな。そうれはそうだ。魔王を倒すのは神の使徒でなくてなならない。この、ハーロットのような、真の勇者でなくては。
それにしても幸運だ。どの道聖女は殺して餌にする予定だったゆえ、面倒になる前にと突き落としたが、結果的に魔王が助けに来るとは!
今、ハーロットにとって、非常に都合の良い状況が起きている。魔王が現れたこと、そしてこの場所。まさに、これ以上ないシチュエーション。
神が与えたもうた運命。
ハーロットは唾を撒き散らしながら、魔王に向かって怒鳴り散らす。
「魔王! 今日が貴様の最後だ! このハーロットが! 神に代わって貴様を討伐する!!」
ハーロットの声に反応した魔王が、こちらに顔をあげた。そうして聖女と何か言葉を交わしたのち、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
準備は整っている。いつでも罠は発動できる。
だが、まだだ。どうせ魔王は、人を見下すような場所まで高度を上げるだろう。その増長した瞬間を最期にしてやろう。
そうしたら偽聖女も、再び落下して地面に叩きつけられるのだ。こんな幸福な時間は他にない。
ハーロットは左手に隠した小さな魔法陣に力を込める。
これが全ての発動の鍵。
魔法陣に魔力を込めた時、
教会に蓄えられた防御壁用の、全ての魔力が魔王を撃ち抜くのである。
◇◇◇
塔の上の方から、なにやら小うるさい声がした。
見上げてみれば、塔の最上階から身を乗り出してわめている奴がいる。
「ルラよ。あれはなんだ?」
「今回の件の首謀者です。あのハーロットが、魔族と結託してぬこさんを誘拐しました」
「魔族と? ほお……なるほど、そういうことか」
「何か心当たりがあるんですか?」
「うむ、まあな。我の方でも色々とあった。おそらくは我に仇なさんとする者同士、結託でもしたのであろう。まあ良い。どの道あやつの命はあと僅かぞ」
「……やはり、王都を燃やし尽くすつもりですか?」
ルラの表情がこわばる。
まあ、我のぬこを危険に晒したのだ。相応の代償は必要である。
ぬこを見れば目立った傷などはなさそうだが、このような檻に閉じ込め、あまつさえ頭から落とすという暴挙は許されざるものだ。
「ぬこが死んでいたら、王都程度では済まさぬところであったが……」
我の脳裏に、先ほど見たエリナの店が思い浮かぶ。
「……私に一つ、提案があります。聞いてもらえませんか?」
「提案?」
「はい。私はぬこさんを助けるために結構頑張りました」
「うむ。それは認めよう」
人が助からぬ高さから落ちながらも、ぬこの檻を抱きしめて守ろうとしていたのは確認しておる。
「そして、私を助けてくれた味方もいます。その人たちは、魔族との戦いには消極的です。今、ここで魔王が暴れたと露見すれば、再び魔族は憎むべきという認識が広がってしまいます」
「ふむ。それで? 全てを許せというのはいくらお主とて聞き入れられぬぞ」
「はい。ですので、この教会を跡形もなく、塵にして貰って構いません」
「ぬ? しかしお主らの信仰対象ではないのか?」
「元はと言えば教団が蒔いた種。一度痛い目にあったほうがいいんです」
「だが、教会を塵にしても、我が恨みを買うのは変わらぬが?」
「いえ……実はですね……」
ごにょごにょと話し始めたルラの内容は、なかなかに愉快なものであった。
「この我の到来を、神罰とふれ回ったのか?」
「……勝手にすみません」
「この魔王が神か。くくく、面白いことを考える。で、今教会に残っているのは、神を信じぬ不心得者ばかり、と」
「そろそろ逃げ出す人もいなくなってきました。なので、そういうことかな、と」
ルラが地上を眺めながら言う。確かに敷地内は閑散としておる。
「……ここまでやったということは、ただ、神罰が降って終わりというわけではなかろうな?」
「あ、分かりますか」
「うむ。良かろう。お主の策に乗ってやろう」
我の言葉にようやく表情を緩めるルラ。
と、そこで我は気づく。
ぬこにつけた鈴の音が、僅かに何かに干渉されて異音を発していることに。




