【その62:ぬこ様と魔王様と(13)】
私はひたすら、ぐるぐると階段を登っていた。目指すのは極天の間。
“間”と名付けられているけれど屋外だ。
教会本部の中でも、最も高い塔の屋上のことで、ささやかな東屋と、塔からせり出す形で小さな鐘が据えられている。
ここは天との、すなわち神との対話の場であり、教会にとって非常に神聖な場所。重要な役職の任命であったり、それこそ神託を授かる場合に使用されている。
私がこの場所に足を踏み入れるのは2回目。1回目は私を聖女認定するための儀式の時だ。
極天の間の周囲は手すりなどもなく、時おり突風が吹くと非常に怖い。なので、聖女の儀式の時は、さっさと終わって欲しいという気持ちで過ごした記憶しかない。
私が極点の間を目指しているのは、ハーロットが塔を登ってゆくのを見た、という情報を掴んだからである。
オリオネートさん達と、偽の神託を盾に避難を訴えながら、ハーロットの居場所も聞いて回っていた最中の事だ。
ハーロットが布をかけた箱のようなものを抱えて、塔の扉を開けるのを見た、と。
『私も一緒に行きましょうか?』
別れ際、心配してくれるオリオネートさんに感謝しつつも、私は首を振った。
『もしもぬこさんがハーロットと一緒にいるのならば、パニック状態かもしれません。知らない人間が増えるのはあまり得策ではないと思います。万が一、逃げ出すようなことがあれば……』
ぬこさんを無事に魔王に返すことができなければ、私がいくら言葉を重ねようと、魔王は人を許しはしないだろう。そうなって仕舞えば全て終わりだ。
『オリオネートさん達はともかく避難のほうを優先してください。あとは私が何とかします!』
そのように言い残して、塔を駆け上り始めたのは良かったのだけど……。
「ふう、ふう……」
普段からもう少し運動しておけば良かった。急な激しい動きに身体がついて行かず、息は上がるし足が上がらない。
こんなに長い階段だったかと、私は壁を軽く蹴って八つ当たりする。
儀式の時は道のりもかなりゆっくりとしたものだったけれど、駆け上がるとこんなにきついのか……。
少しだけでも休みたい。そんな気持ちが頭と体を支配するけれど。それは絶対にできない。私がここで弱音を吐いたことで、人類が滅んでは笑えないし、その可能性は決して低くないのだ。
もう一度気持ちを奮い起こし、壁に手をつきながら、どうにか足を止めずに階段を登ってゆく。
そうしてようやく到着した頂上。
普段施錠されているはずの扉が開いている。やはり、ハーロットがこの場所にいる。
私はほんのわずかに息を整えて、扉の影から外を窺った。
さして広い場所ではない。すぐにハーロットの姿は確認できた。こちらに横顔を向けて、地上を覗き込むような格好をしている。
騒ぎに気づいて避難する人々を見ているのかもしれない。
ただ、その手に箱はない。ぬこさんはどこ? 一緒じゃないの?
扉の影からでは確認できる範囲が限られている。私は意を決して体を半分外に出す。
すると。
ぬこさんは、いた。とんでもない場所に。
あろうことか、ハーロットは迫り出した鐘の部分に、ぬこさんを閉じ込めた檻を括りつていたのである。
落ちればもちろん、ぬこさんの命はない高さ。
「何てことを!!」
私がぬこさんを救おうと飛び出すと、ハーロットがこちらに気づく。
「何か騒がしいと思ましたが……異教徒の仕業でしたか。どうやって、檻を?」
「そんなことどうでもいいでしょう! 今すぐ、その檻を戻しなさい!」
「戻したければ、自分でやれば宜しい」
嫌な笑みを見せながら顎で私に指図するハーロット。
私はハーロットを一度睨んでから、それでもジリジリぬこさんの入った檻に近づく。ハーロットがこちらによってこないことを確認して、慎重に檻に手を伸ばした。
絶対に下を見てはダメだ。胸がキュッとなるような気持ちを抑え込みながら、どうにか檻をこちらへ引き寄せる。
そうして括られた紐を解いた瞬間。
どんっ。
強い衝撃。
「えっ?」
状況がわからぬままに、私は背後を振り向けば、ハーロットが静かに私を見下ろしている。
見下ろしている、のだ。
「ああっ!」
私は檻を抱えながらも、ものすごい速度で落下してゆく自分に覚悟を決めた。
もう私は助からない。ならせめて、私をクッションにしてぬこさんだけでも!
魔王城に送り込まれた段階で、多分、ろくな死に方はできないんだろうなとぼんやり思っていたけれど、こんな死に方、あんまりだ。
飛びそうになる意識をどうにか繋ぎ止め、とにかく、ぬこさんを放り出ささないように、手に力を込めた私。
もうだめ! 激突の恐怖にぎゅっと目を瞑る!
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……………………………………………。
あれ?
いつまで経っても衝撃が来ない。……もしかして私、すでに死んだのだろうか?
恐る恐る目を開ければ、
「……一体お主は何をしておるのだ?」
呆れ顔でそんなことを言う魔王が、私の身体を抱きとめていた。




