【その61:ぬこ様と魔王様と(12)】
「すぐに兵を集めろ!! 時間がない!! 動けるもの全員だ!」
聖騎士団の詰所に駆け込み、開口一番でそう口にするケプラー。その勢いに押されながらも、配下が質問を浴びせる。
「ケプラー殿、全員というのは一体……?」
「言葉通りの意味だ、所属に関係なく全員だ! 急げ!」
「それは流石に……団長に許可は?」
「後で取る。すべて俺の責任で動かす。何か問題あるか?」
「しかし……そもそもこれは、何事なのですか? 万が一、軍事行動であれば容認できません」
「住民の避難だ」
「は?」
「信用できる教会の要人より、教会に神罰が降りかかるとの情報を得た。最悪、未曾有の規模の被害が出るのだ。それを最小限に食い止めるために、近隣の住民を避難させる」
「それはどなたのからの……」
「聖女だ。勇者にて孤高の聖女、ルラが神託を受けたのだ。疑うか?」
「聖女様が……」
室内がざわめく。聖女は普段、教会権力と距離を置いている。そのため密かに孤高の聖女などと呼ばれていたが、それがここで効果を発揮した。
政治的な動きではなく、本当に神託の可能性があるのかもしれないと言う雰囲気だけは、あの娘にある。
その実情は単に扱いづらくて隔離されているとしても、今はこの誤解を最大限に活かす時。
「それで、神罰はいつ?」
「分からん。聖女によれば、神は近々とだけ」
「そのような曖昧な言葉で住民を避難させるのですか?」
「ああ、そうだ。考えてもみろ。神が『いついつに神罰を下す』などと具体的なことを仰られると思うか?」
「それはそうですが……せめて、団長の許可を」
「そのような悠長な真似をして、仮に被害が出た場合、お前は責任取れるか?」
「それは……ですが……何の根拠もなく……」
「聖女は何もなければ投獄されても構わんらしい。無論、俺もそれなりの覚悟で命じている」
「そこまでの……」
「もうひとつ言っておく、おそらくだが、何かあるとすれば今日中だ」
「え? 先ほど分からないと……」
「聖女の勘、らしい。あの魔王に一撃浴びせて帰還した生きる伝説が神託を得たのだ。危機察知能力は、常人の比ではない」
「それは、そうかも……」
先ほどまでケプラーに疑いの目を向けていた部下が、大きな迷いを見せる。ケプラーは畳み掛けた。
「文句があるものがいれば、団長であろうと俺のところに来るように伝えろ! 分かったな! 直ちに準備を進めろ! 避難を促すものと、避難所の準備だ! 急げ! これ以上文句があるものは俺が斬る!!」
ケプラーの裂帛の気迫に、部下達は一斉に動き始めた。
◇◇◇
「聖女が神託を得た! この地に神罰が降る!! 皆、急いで避難せよ!」
エルグレイとオリオネートは、教会内の同胞も総動員して、教会本部に従事するもの達に避難を促して回る。
反応は様々。半信半疑なものが多い。が、危険を訴えているのが、地区教長であるエルグレイとオリオネートなのもあって、疑いつつも一旦外に出るもの達が目立つ。
もちろん中には「何を勝手なことを!」と憤る奴もいるが、エルグレイ達は一言、「信じなければ好きにせよ」と突き放す。
そうするとかえって不安になるのか、閑散とし始めた教会内に不安を覚えたのか、文句を言いながら立ち去ってゆく。
まあ、極端な話、立ち去らなくてもいいのだ。エルグレイはルラの言葉を思い出す。
『いちいち説得なんかしてられませんよ。言うこと聞かずに死んだら、それはその人の責任です。面倒見ていられません』
『だが、教会の同胞なのだぞ?』
『そもそも、神様が罰を下すという神託を伝えて疑うなんて、すでに神の徒でも何でもないんじゃないですか? 諦めてください』
かなり強引ではあるが、一理ないわけではない。そもそも善良な一般信徒であれば、地区教長の言葉に対してひとまず退避してから状況を確認するだろう。
動かぬのは捻くれ者か、疑り深いか、エルグレイ達を快く思っていないか。つまり、エルグレイたちの動きを警戒している連中。大司教の手下ども。
エルグレイは自分たちが目をつけられているのは知っていた。それでも罷免されないのは、下手に突いて悪事を糾弾されるをの恐れているのだと。
なので神罰ならぬ魔王の襲来で、腐敗した上層部やその子飼いが一掃されるのならば、まあ、それも運命と考えることにした。
走り回り大騒ぎしていると、ちょうどその中心人物、大司教ギュンターが大股でやってくる。主だった取り巻きも一緒だ。
「エルグレイ! これは一体何の騒ぎですかな!」
言葉遣いは抑えているが、その目に傲慢さが隠しきれていない。エルグレイは極めて冷静に、問いに答える。
「これは大司教様。ご覧の通りの緊急事態です。聞き及んではおられませんかな?」
とぼけた返答にギュンターは不快そうに表情を顰める。
「聞いているから問うているのです! 一体誰の許可があって、このような騒ぎを起こしているのか!」
「許可? そうですね。許可を得たのは我らが神です。何せ、聖女に与えられた神託ですから」
「そのような虚言に惑わされて、神罰などを吹聴しているのか! そもそも、ここは神を奉る本山だ! 神罰など与えられようはずがなかろう! ふざけるのも大概にするがいい!」
「……本当に、神罰に心当たりがないと申されるか?」
エルグレイの声音が一段低くなると、ギュンターは一歩後ずさる。
「な、何が言いたい。……お前達がありもしない情報をかき集め、私を失脚させようとしているのを私が知らないとでも思ったのか? これまでは神職者としての仕事ぶりに免じて、多少は目を瞑ってやっていたが、このような騒ぎを起こせば、もはや……」
「真に心当たりがないと申されるのならば、このままお部屋でどっしりと構えておられるがいい。その取り巻きどもとご一緒に。さ、話はここまでですか? 私は神の言葉を伝えて回らねばなりませんので、これにて」
「お、おい! 待て! まだ話は……」
「もう一度だけ言おう。真に後ろ暗い事がなければ、部屋に戻ってふんぞり返っているがいい!」
エルグレイに一喝されたギュンターは、目を剥き、絶句し、それから、
「今の言葉……何も起こらなければ覚えておれ!!」
と罵声を浴びせながら、それでもしっかり出口の方へ向かってゆくのであった。




