【その54:ぬこ様と魔王様と(5)】
魔族領の最北部にある山、エンドラ山。
山裾からずっと寂寥とした荒野が続き、魔族であっても好んで住もうと思うものはほぼいない。
城に戻った我はすぐに、窓からエンドラ山を目指して飛んできた。
荒野の真ん中に降り立つと、周囲を見渡してその者の名を呼ぶ。
「ダークベット! とっとと姿を現すが良い!」
我の呼びかけに、少しして現れるダークベット。
「……どうして、私の仕業とお気づきになられたのですか? まさか最初から?」
「む? いや、全くである。だが、この場で魔力を探れば、お主であることは明白であろう」
それに心当たりがないわけではない。ダークベットとて、魔王の座を争ったうちの一人。早い段階で我に忠誠を誓ったが、諦めずにずっと玉座を狙っておったのか。
「厄介な魔力検知ですね。……魔王様は実に器用でいらっしゃる。さすが歴代最強魔王。ですが、いくら魔王様とて、古の竜を相手にした直後では、疲労が隠しきれていないご様子」
「……やはり、お主がワーグノートを目覚めさせたのか。何と愚かな真似を。どのような被害が出るかわからぬと言うのに」
「いえいえ。計画通りですよ。私は魔王様を信頼してあれを目覚めさせたのです。流石は魔王様。私の期待に応えて、しっかりと撃退してくれました」
「それで、疲労困憊の我を、お主……いや、お主らが倒そうと言うのか」
この場にある魔力はダークベットのみではない。あと7つ、強い魔力を感じる。そしてそれらの魔力には概ね予想がついた。
「そうですね。検知されているようであれば、もはや隠す必要はないでしょう。さあ、みなさん、ご挨拶を」
ダークベットの言葉に応じて現れたのは想像通りの面々。我と魔王の座を争い敗れ、我に従うを良しとしなかった者たちである。
「一度負けた者どもを集めて、我に勝てるとでも?」
「通常であれば難しい。それほどあなた様はお強い。ですが、今の魔王であれば、我々に勝機があると思います」
「……早速試してみるか?」
「もちろん、そのために呼びつけたのですから」
「よかろう、だが、万が一我を倒したとて、その後どうする? お主ら8人で揉めるだけではないか?」
「せめてもの回復の時間稼ぎですか? ご安心ください。すでにその辺りの話し合いは済んでおります。私が大魔王となり、魔族領を7つの地域に分けて、それぞれに与えます。彼らがこの私を支える魔王に収まるという仕組みです。魔族七王が誕生するのです!」
己の言葉に酔ったように宣言したダークベットであるが、おそらく、うまく行かんだろうな。
最初は多少機能するかもしれんが、早晩揉める。下手しなくとも、魔族領は割れる。そこからは長きにわたる戦いの始まりである。
「お主は多少知恵者だと思っておったが……権力に目が曇ったか、ダークベットよ」
「何とでもおっしゃってください。どれだけわめこうと、勝者が正義」
「ふん。それよりも、まずはぬこを返せ。さすればお主らの戦いを受けてやろうではないか」
「ぬこ? あの娘はそのような名前なのですか? 珍妙な名前ですね」
「娘?」
こやつら、もしかしてルラをさらったのであるか? しかし部屋にはぬこもいなかった。ならば一緒に?
いやまて、それよりこやつ、我の命名を“珍妙”と言ったな。ゆるさん。
我の疑問と怒りには気づかずに、ダークベットは続ける。
「あの娘はここにはおりませんよ。尤も、魔王様が抵抗すればあの娘の命はどうなるか保証できませんが。なので、これは命令です。何もせずに、我々に殺されていただきます」
今の言葉で一つはっきりした。少なくともルラはまだ生きておると言うことか。ルラならば、ぬこもしっかり守っておるであろう。ひとまず最悪の事態は避けられた。
「人質をとって、我を嬲ろうとは、実に小物らしい考えである」
「何度でも仰っられるといい。それを負け犬の遠吠えというのですよ、魔王様」
「ふん、口だけは達者なことよ」
話しながら我は考える。こやつは魔族領を7つに分けて統治すると話した。そしてこの場にはダークベットを含めて八人の敵。すなわち、"七魔王"とかいう輩の候補は全員いるわけだ。
ルラ達がどこかに捕えられているとしても、少なくともこ奴ら以上に厄介な相手はいないということ。
ならば、話は単純である。
確かに我を殺すなら、総掛かりで挑むべき。しかし、少々判断を誤ったな。ダークベットよ。
「ではそろそろ、終わりにいたしましょう! 魔王様!」
勝利を確信したダークベットが大袈裟に両手を広げる中、
我は目についた敵の一人の眼前に移動し、そのまま顔面を鷲掴みにする。
そうして「ホーリーライト・スターダスト」を発動する。かつて聖女が我に浴びせた必殺魔法だ。
聖なる力が其奴に降りかかると、興味深い反応を示した。断末魔すら許さずに溶け消えてゆくのだ。
「なるほど。本来はこのような効果の魔法であったが。確かに対魔族の切り札足りうる威力である」
我が効果に感心していると、ダークベット達は驚愕の表情でこちらをみる。
「なぜ、魔王様が聖魔法を!?」
聖魔法がだろうが何であろうが、基本は同じ。術式構築の違いだけである。が、それを説明してやる義理はない。
「七王、だったか? 六王に変えたほうがよかろう。いや、その必要もないか」
「か、かかれ!! 魔王を殺せ!!」
慌てるダークベット。
「この魔王、かつてないほどの怒りを覚えておるわ! 貴様らは塵すら残らぬと覚悟せよ!!」
我の怒号で、地面がビリビリと揺れるのであった。




