【その52:ぬこ様と魔王様と(3)】
ハーロットの命令で私ににじり寄ってくるのは、教会本部の衣装を纏った2人組だ。
その顔に見覚えはない。茫洋として、捉えようのない風貌で、何処か嫌な感じがする。
どうしよう。大声をあげて助けを呼ぶ? いや、それは絶対ダメだ。魔王城の真ん中でそんなことをすれば、いよいよ逃げ道がなくなる。
私はそっと、ぬこさんを守るように立つ。せめてぬこさんだけでも逃さないと……。
「さ、聖女様、こちらへ」
近づく男の一人が口にする。口調は丁寧だが全く敬意を感じない。
「……お断りします。聖女の教会に無断で出入りするなど、あまりにも不躾。用があるのであれば、ちゃんとした手順を踏んでください」
せめてもの抵抗を試みる私に、離れた場所で様子を見ていたハーロットが冷笑を浮かべた。
「ここが教会? 何を世迷言を。ここは魔王の私室でしょう?」
「どうしてそれを!?」
「なに、協力者がいるのですよ。私と志を同じくする同胞が、ね」
「同胞? ……誰なのですか?」
教会の関係者がこの場所を知り得ることなどあるのだろうか? どうやって?
オリオネートさんやエルグレイの顔が頭によぎた。
けれど仮にオリオネートさんが転移魔法陣の存在を知ったとしても、おかしな部分が一つある。
この部屋に転移してきたところで、魔王の部屋であるとは分からないのだ。一体誰が、ここが魔王の私室だと伝えたのだろう?
嫌な予想が浮かび上がる。
信じたくはない。でも、それが一番すっきりする答えだ。
「ハーロット、貴方まさか……。魔族と繋がっているのですか?」
できればすぐに否定して欲しい。私の言葉に激昂してほしい。
でも、ハーロットは否定も肯定もせずに、
「魔王に取り入っている貴方に言われたくはありませんね」
と口にすると、続けて、
「魔王討伐の際、聖女お一人で帰還できたのも、これでようやく納得できました。魔王に命乞いでもしましたか? 人類を売って、己の命を買うとは、まったく浅ましいにも程があるのでは?」
などと宣う。
「そんな訳が!」
「問答は無用ですとお伝えしたはずです。正直、この場所であまり騒ぎを起こしたくはありません。それは貴方も同じでしょう? さ、おとなしく捕まっていただこう」
悔しいけれどその通りだ。それに、私が素直に捕まれば、ぬこさんは無事に済む。
「分かりました、言うことを聞きます。ですが、自分からそちらへ向かいます。見知らぬ男性に掴まれたくはありませんから。下がってください」
ハーロットと私はしばし睨み合い、ハーロットが男たちに「退きなさい」と命じる。が、その視線は私の足元へ。
「先ほどから唸りをあげているそれ、猫ですか? このような場所に?」
「さあ? ただのペットではないですか? それよりもさあ、今からそちらに行きますから」
「……いえ、ここが魔王の私室なれば、ただの猫ではないかもしれない。念の為、一緒に連れて行きます。あの猫を捕らえてください」
「待って! それは本当にまずいのです!」
「何がですか? やはり、何らかの魔獣で?」
ぬこさんは自分に敵意が向けられたと気付いたのだろう。
「にっ」
と叫んでから暴れ始めた。部屋中を駆け回る大暴れである。
大の男が二人がかりで捕まえられず、結局ハーロットも加わっての大捕物に発展。
「おとなしく捕まれ!」
キャットタワーに登ったぬこさんが、ぴょんと跳躍すれば、勢い余った男がキャットタワーを押し倒す。机の上の写真機が、衝撃で床に叩きつけられた。
格闘することしばし、
「手間をかけさせてくれる……」
ついにぬこさんも捕まってしまう。
「ハーロット、一つ頼みを聞いてください」
頬に新しい引っ掻き傷を作ったハーロットは、やや興奮したような目をこちらへ向けた。
「何ですか? 聖女様、いえ、人類を裏切った貴方はもはや聖女とは呼べぬでしょうな」
「私の呼び方など何でも構いません。それよりもその猫、絶対に大切に扱ってください。……お願いします」
懇願する私を品定めするように見たハーロット。
それからやおら、
「さて、約束はしかねます。が、貴方の態度次第、ですねぇ」
と言い放った。




