【その48:ぬこはどこからきたの?(下)】
ルラの国の王女の誕生日の献上品として、外国から持ち込まれたぬこ。
しかし、何かのきっかけで脱走。パニック状態のまま、偶然、調整中であった転移魔法陣に飛び込んだ。
ここまで聞いただけでは、王宮内は大騒ぎのように思うが、ルラはそうはならなかったという。
「……話をややこしくしたのは教会の存在です」
「また教会か。こう言っては何だが、お主のところの教会、碌なことをしておらんの。我のところに阿呆の如く勇者を送ってきたり、エリナの店を乗っ取ろうとしたり、写真機を取り上げようとしたり」
「……魔王討伐と、後者の2つを同列に並べて欲しくないんですけど……。でも、まあ、魔族との戦いの認識の違いも踏まえれば、私としても少し教会には懐疑的にならざるを得ません」
「で、ぬこの時は何をやらかしたのだ?」
「そもそも、ぬこさんや珍しい動物を持ち込むのに一役買ったのは教会でした。両国の教会同士のツテを利用したんです。なので、ぬこさんを逃したとなれば、教会の失態にもなりかねませんでした」
「つまり、揉み消したのか?」
「有体に言えばそうです。転移魔法に関しても教会は深く関わっていますから、いっそ全てを無かったことにしようと。幸い、ぬこさん以外に珍しい動物を連れていたので、猫一匹ならば誤魔化せるだろうと」
「ほう。で、実際に誤魔化せたというわけか」
「そうみたいですね」
「みたい? お主は知らぬのか?」
「はい。私が教会について色々調べているのは知ってますよね。そんな中で『関係あるかはわからないけれど』と教えてくれた人がいるんです」
「だが、お主も聖女であろう? 今の今まで全く知らぬなんてことがあるのか?」
「悲しいことに、あるんですよね……。私の聖女という肩書きは名誉職のようなものですから。本当に重要な話には加われないんですよ」
そういえば、前にもそんなことを言っておったな。何というか、不憫な娘である。
「……その憐れむような目、やめてもらえますか。別に私もこんなことにならなければ、教会が何をしていようと興味はなかったでしょうし。まあ、ともかく存在自体がなかったことにされたぬこさんは魔族領に迷い込み、貴方と出会ったというわけなのです」
ルラが膝の上でくつろぐぬこを優しく撫でると、ぬこはゴロゴロと喉を鳴らす。
「なるほどの。なかなかの巡り合わせであるな」
「全くです。でもずっと不思議だったので、私としてはスッキリしました。……あ、今日はもう戻らないと。ぬこさん、すみませんがそろそろ降りてもらっても良いですか?」
ルラが持ち上げようとすると、衣服に爪を立てて抵抗するぬこ。しばしの攻防ののち、諦めたのか、抗議の声をあげつつも床に下ろされる。
「それじゃ」
「うむ。なかなか興味深い話であった。ご苦労」
我の労いの言葉に、軽く手を上げたルラは、魔法陣の中へと消えていった。
◇◇◇
「ルラ様? 聖女様〜! おられませんか?」
魔法陣から部屋に戻ってくると、表で私を呼ぶ声がした。あの声はハーロットだ。私は慌てて教会の扉を開けに走る。
「どうしたのですか? 何か用でも?」
つい詰問口調になった私に、ハーロットは呆れた声を上げる。
「何の用も何も、今日は施しの日でしょう? わざわざこうして手伝いにやってきたというのにご挨拶ですね」
「あ、そういうことですか。お目付け役も大変ですね」
「今日は随分とご機嫌がよろしくありませんね。もしかして……エルグレイ殿に振られたんですか? 先日、あれほど付き纏いは良くないと……」
「違いますよ! そもそもそれは誤解だと説明したではないですか! ああもういいです! ちょっと準備でバタバタしていただけですよ!」
「それは失礼しました。ああ、それからエルグレイ殿については本当に少々お気をつけを」
少し真顔になってそんなことを口にするハーロット。
「なぜです?」
「あのかたは少々、考え方が過激なところがあるという噂を耳にしましたので……。その、行きすぎた正義と言いますか……。他の地区教長と揉めたとか」
ハーロットの言葉に、私の胸がドキンと跳ねる。
今回、ぬこさんの一件を話しくれたのはオリオネートさんだ。そのオリオネートさんは、エルグレイさんと親しいように思える。
―――教会には、悪意なき悪意を持つ者がいる。誰も信用するな―――
オレックさんの言葉を反芻する。
まさか、あの二人が……?
信じがたい気持ちと、拭いきれない疑念を秘めながら、私はハーロットに追い立てられて公務へと向かうのであった。
◇◇◇
「で、聖女の動きはどうだ?」
エルグレイが問うたのは聖騎士団の指揮官、ケプラー。
「オリオネートが情報を流した後、今日まで教会を出て誰かと会った形跡はない。また、教会に信徒以外が尋ねてきた様子もなかった」
「信徒に紛れたという可能性は」
「いずれも祈りの短い時間で出てきた。その可能性はないな。そもそも近隣の住民がたまに足を向ける程度の教会だ。人の出入り自体が珍しい」
「そうか」
「どうするのだ? まだ、監視を続けるのか?」
「ああ。上層部以外は知らない教会の失態を流したのだ。聖女が何の目的で教会の裏を探っているにせよ、何らかの動きをみせるはず。しばらくは様子を見てくれ」
「了解した。……今は大事な時だからな」
「そういうことだ。頼んだぞ」
エルグレイは静かに、底冷えするような視線をケプラーへ向けた。




