【その42:キャッツな、かいとう(1)】
ここは教会本部。
大聖堂の奥にある小部屋では、エルグレイとオリオネートが椅子に座っていた。
二人の目の前には、幾重にも鎖で繋がれた鍵付きの箱。中身は一台の写真機だ。
「……こんなものを神聖物に認定しようとは、全く……」
エルグレイが呆れた声を上げる。
そもそも神聖物とは、神の奇跡に対して認定されるべき代物で、このような世間への宣伝材料に利用すべきものでは無い。
「まあまあ、初めて魔王の姿を写した記念品ですから」
オリオネートの執り成しにも、冷めた目で箱を見つめるエルグレイ。
「オリオネートが今言った通り、教会の歴史記念館にでも飾っておくのが良いところだ。……本当に、焦っているのだな。大司教は」
このような物まで、功績として奉らなければならいほどに。
「エルグレイ、いくらここには人がいないとはいえ……」
「何、大司教はこんなところには来んよ。ほぼ間違いなく悪戯だろうが、僅かでも危険と思ったら近づかぬ御仁だ」
「今夜は随分と辛辣なのね」
「このような大袈裟な騒ぎにしたのは、大司教だ。愚痴の一つもこぼしたくなる」
「なら、見張りを名乗り出なくてもよかったのに。それこそ全部聖騎士に任せておけば?」
「……お前も知っているだろう? この部屋は特別な場所。入室資格を持ち、なおかつ大司教に許可された人物以外は、足を踏み入れてはならない。ならば、その資格がある誰かが名乗りあげるしかない」
「そんなところは真面目なのよね。大司教がこの部屋に何か隠していないか、ついでに探る目的だとしても」
「私は教会に対して常に真摯に向き合っているつもりだぞ。まあ、結局何もなかったがな。結果的に無駄足感が強まったが……どうせ何もおきん」
「あら、それはまだ分からないでしょう?」
「正確に言えば、この部屋にたどり着ける者などいない。部屋の外も、建物の外も聖騎士団がひしめきあっているからな。だか……」
エルグレイが一旦言葉を止めると、オリオネートが続きを口にする。
「ええ。万が一にも、本当に誰か来るならば、正体は知っておきたい」
オリオネートの言葉に、エルグレイは頷いた。
「そうだ。今回の挑戦的な悪意。それが教会に向けたものか、現体制に向けたものかは知っておく必要がある。警備の責任者がケプラーなのも都合が良い」
「そうね。部屋に辿り着かないまでも、何かあれば同志ケプラーから情報が入る」
「同志オリオネート、まったくその通りだ。さて、夜もだいぶ更けてきた。居眠りをしないように頼む」
やや機嫌を直したエルグレイの軽口に、オリオネールが軽く口を尖らせた。
◇◇◇
「で、写真機の保管場所は調べたのであろうな?」
空を飛びながら、我はルラに問いかける。速度は出していないゆえ、会話には支障がなかった。
「はい。大聖堂の奥にある神聖な小部屋です。ここは特別な場所とされていて、特定の神官しか入室も許されません」
「特別とは?」
「儀式に関する大切な神具が保管されているんですよ。っていうか、それ、今更聞きますか?」
「仕方がなかろう。お主がモタモタと準備をしておるからである」
ルラの準備に思ったよりも時間がかかってしまったので、こうして移動と打ち合わせを兼ねている。
先ほどまで雲が空を覆っていたが、今は晴れ、月が街全体を照らしていた。空を飛ぶには心地よい夜だ。
「仕方ないでしょう、着慣れない服だったんですから。というか、今気づいたんですけど、マオさん、結局、認識阻害魔法を使っているんですよね?」
「うむ。目的地までは身を隠したほうがよかろうて」
「単に証拠を残したいのなら、その魔法で気づかれずに写真機を奪ってから、誰かに見られればよいのでは?」
「……無粋なことを言うな。こういうのは気分が大事なのである。それよりも見よ、この景色を。空から街を見渡したことなどあるまい」
「……確かに、素晴らしい眺めではありますけど……」
ルラが黙ったので改めて王都を見渡してみれば、なかなか美しい街である。魔族領との境界線にある、小さな町村とは全く違った趣だ。
「ふむ。整った街並みを成しておるのは、道の設計が巧みであるのだな」
「そう、かもしれません」
「目的の場所はあの辺りであったな?」
我の問いに、ルラは背中にしがみついたまま、街の中央にある大きな建物を指差す。
「一番大きなのがお城です。その右手、尖った建物がいくつかあるあの場所、あれが教会本部です。大聖堂は教会本部の中央やや手前になります」
「理解した」
「あ、でもあまり速度は……」
「わかっておる」
急がずともたいした距離ではない。瞬く間に教会本部とやらに到着し、空から見下ろしてみれば、
「……ものすごい警備ですね」
ルラのいう通り、敷地内には鎧姿の人、人、人。羽虫のごとくおる。
「落雷魔法でも放てば、一網打尽に全滅させられそうであるな」
「……ダメですよ?」
「冗談である」
「冗談に聞こえないんですよ……。それでここからどうするんですか? 外がこの状況なら、大聖堂の中も兵士だらけですね。なるべく人的被害を出さずに突っ切るのは無理です」
今回の件、ルラは我に協力の条件をつけた。
『誰かを殺すのは駄目です。できれば怪我もさせないでください。被害が出れば聖騎士団が黙っていません。間違いなく面倒なことになります』
もとより我の計画では、運が悪い者以外に被害が及ばぬ筈である。運が悪い者に関しては諦めてもらうしかない。
そのように伝えれば、ルラはしぶしぶ納得しつつも、『魔王なのですからなんとかしてください』と無茶を言う。
まあ、できなくもないのが我であるが。
「それで、ここからどうするんです?」
「ふふん。決まっておる」
我は少し高度をあげる。
「えっと……マオ、さん?」
「小部屋の位置を教えよ。可能な限り、正確にな」
「あの天窓の奥ですが……え? ちょっと、マオさん?」
「あまり騒ぐと、舌を噛むぞ」
「え? まさか、まさか……」
「このくらいの高さがあれば、十分だな」
「嘘でしょ!? まさかこのまま建物に突っ込むつもりじゃ……」
「無論。このまま真っ直ぐに落下する。我にしっかり捕まって、放り出されぬようにせよ」
「ちょっと! やめっ!」
ルラがまだ何か言っておるが、我は一気に加速を始めたのである。




