【その40:たいぼうガジェット(上)】
とある日、ルラが随分と真剣な面持ちで我が部屋にやってきた。その手には箱を抱えている。
「どうしたのであるか?」
「少々大事なお話があります」
「む? 今、ぬことの戯れの時間であるのだが?」
「ぬこさんにも大いに関係するお話です。とりあえず座ってください」
有無を言わせぬ口調なので、しかたなく椅子に腰を下ろす。我が座るのを確認してから、ルラは目の前のテーブルに箱をそっと置いた。
「……開けてみてください」
「……何が入っているのだ?」
「多分、開ければわかると思います」
随分ともったいぶる。
もしかして、我を討伐するための罠か? 今までのやり取りで信用させて、箱を開けた途端に罠が発動するとか。
いや。考えすぎか。大抵の攻撃は我には通じぬし。
しかし、万が一、ぬこが怪我をしたら困る。我がちらりとルラをみれば、ルラは視線の意図をやや考えてから、「ああ」と軽く手を叩いた。
「安心してください、爆発するようなものではありません。今更、魔王……マオさんを、この程度の大きさの仕掛けでどうにかできるとは思っていません。下手にそんな事をして、ぬこさんに何かあったら、むしろ人類の心配が必要でしょう?」
「うむ。確かにその通りである。お主もなかなか分かっておるではないか」
「……褒められても複雑な心持ちなんですけどね。ともかく、早く開けてみてください」
納得し、我が箱の蓋を開けると、そこには信じられぬ物が。間違いない、これは!
「写真機ではないか!? では、箱に一緒に入っているのは!?」
「フィルムです」
「お、おお……」
なかなか手に入らぬと思っていた代物が、このような形で我が元に!
「どうしてこれを?」
「話せば長くなるのですが……」
「では、聞かなくても良い。早速、ぬこの写真を……」
「黙って聞いて」
「はい」
腰を持ち上げた我は、おとなしく椅子に戻る。ここでルラの機嫌を損ねて、写真機が使えないのは困るのである。
「ホーウィという人物をご存知ですか?」
「知らん」
「ほら、私たちのパーティより先に魔王城にやってきて、マオさんの写真を撮った人ですよ」
「おお。それならば知っておる。その時に写真機を初めてみたのだ」
「実はですね、これこそ、マオさんを撮った写真機その物なんです」
「ほお。では、ホーウィとやらから奪い取ったと。お主も過激よの」
「一緒にしないでもらえます? 違いますよ。ホーウィさんがこれを持って、私に相談に来たんですよ」
「どんな相談であるか」
「ホーウィさんは、人類で初めて魔王の姿を写した人物として、私たちの国で英雄視されています」
「我、かっこよく写っていたであろう?」
「いえ、結構ブレブレでした」
「ではもう一度撮り直すが良い」
「……新しい写真なんか出てきたら、国中大騒ぎですよ。それよりも、ホーウィさんの件です。彼は元々、写真機の作成に携わった工作師でした。幸か不幸か、写真機を一番上手く扱えることから、教会が半ば無理矢理にパーティに放り込んだんです」
「うむ。思い返してみれば、確かにあやつは戦えるような者ではなかったな」
「言うなれば、素人が勇気を奮って、魔王と対峙したのですよね。でも結果は、自分以外は生きて帰って来れなかった。その出来事がホーウィさんの心に深い後悔を刻み、トラウマになってしまったんですよ。いっときは夜も満足に眠れないほどに」
「ふむ。気の毒であるな」
「誰のせいですか、というのはお門違いですね。こちらが勝手に来たのですから」
「その通りである」
「それでも以前よりは、精神的にだいぶ落ち着いてきたらしいのですが、この写真機を見るたびにその時の恐怖を思い出す、と。自分だけ無事に帰ってきた罪悪感が襲ってくるのだ、と」
「それで手放したいと言うわけか?」
「ええ。けれど、この写真機は、歴史的な価値が計り知れません。教会は神聖物認定して保管を希望したのですが……ホーウィさんはそれを拒否しました」
「神聖物?」
「端的に言えば、教会が指定した聖なる物品のことですね。ありていに言って仕舞えば、教会の権威付けの一環です」
「なるほど、それで、どうしてホーウィーとやらは拒絶したのであるか?」
「そこに至るまでの経緯で、教会のやりようが些か強引すぎたんです。それですっかり……」
「だが、お主も教会の人間であろうに。お主に渡しては同じことではないか?」
「そうなんですよ。ここが微妙なところなんです。ホーウィーさんは『魔王城の恐ろしさを知っている貴方なら、私の気持ちをわかってくれるはずだ』といって、私に相談をもちかけたのです。気持ちは理解できますし、私個人としては、この写真機は教会に渡したくないなと思っています」
「ふむ」
「いっそのこと、壊したことにして処分してしまおうかと考えました。でもこの写真機を理由なく処分すれば、教会から罰せられる可能性があります。私だけならともかく、ホーウィーさんも」
「それで?」
「なので、私がいったん預かったところで、盗難に遭ったことにでもしようかと」
「お主が預かる道理があるのか?」
「正直、全くです。でも思いつめたホーウィさんに、魔王の本当の恐怖を理解してくれる相手が、私以外いないと泣きつかれては、無碍にはできないじゃないですか」
「なるほどな。状況は理解した。しかし、我のところに持ってきたのはなぜだ?」
「マオさん、写真機に執着してましたから。盗まれた事にしたとて、捨てるにも色々配慮が必要です。ならいっそ、余計なトラブルが起きる前に、こうして渡してしまった方が、互いに良いのではないかと。用途も危険でないことはわかっていますし」
「うむ。ぬこしか撮らぬ。話はわかった、大義であった」
「いえ。別に貴方のためではありません」
「……だかそうなると、お主の立場はどうなる?」
「何らかの罰は受けるでしょうね」
「……教会を取り上げられたりはせぬか?」
「多分、そこまでではないとは思いますが、当面の間、謹慎程度は覚悟しています」
「それは困る。気軽に買い物にいけなくなるではないか」
「まあ、多分言うとは思ってました」
ルラは苦笑しながら、我にそう口にするのであった。




