【その39:密談】
エルグレイとオリオネートは、小部屋で向かい合って膝突き合わせていた。
「オレックの新たな目撃情報だと?」
「ええ。協力者からの知らせが、今日、ようやく」
「その協力者とはどこで接触したのだ?」
「教会本部で」
オリオネートの答えに、エルグレイは眉を顰める。
「そのような衆目のある場所で、か? ……大丈夫なのか?」
「仕方がないでしょう。協力者が私の教会に出入りしているのを見られるほうがまずいわ。もちろん、あなたの教会であっても」
「……そうだな。地方神官と接触するならば、本部が一番自然か。誰かに聞かれては?」
「警戒はした。それに、もしも耳にしたとしても、意味がわからなければ聞き流すような内容よ」
「だが警戒するに越したことはない。どこに何があるかわからんからな」
「警戒するのは大事だけど、それでは何も始まらないわ」
「理解している。我々の目的のためには、多少の無茶も必要なことは」
エルグレイの整った顔の額からようやくシワが消える。
「その協力者は信用できるのだろうか」
「何? 今納得したばかりでまた文句?」
「いや、そういうわけではない。気分を害したのなら謝罪しよう。単に、内容が少々信じ難かったためだ」
「……それはまあ、そうよね。私もすぐには納得できなかった。でも、可能性はあると思う」
「まあ、調べてみるだけの価値はある。だが、また手間のかかる……」
「でも、これでようやく……」
「ああ。ようやく……」
二人の口元にはわずかな笑みが広がっていた。
◇◇◇
「ルラよ、我はそろそろだと思うのだが?」
「何がですか?」
我が政務で不在の間、当然のように我が部屋でぬこと戯れておるルラ。我が部屋に戻ってすぐそのように宣言すると、ルラはきょとんと首を傾げた。
「ぬこの生活をより良くし、毛並みを艶々にし、爪も切ってやった」
「はあ。爪を切ったのは私ですけれど?」
「そういう御託は良い」
「御託ではなく事実です。マオさん、ぬこさんが可哀想だといって眺めていただけじゃないですか。次は絶対自分でやってください」
「ぐ、ぬ。いや、爪の件はひとまず良い。我はそろそろだと思うのだ」
「だから、何がですか?」
「ぬこと様々な経験を積んだ、つまり、我は飼育者として上級者であろうと」
「うーん……まあ、何を持って上級者とするのかにもよるとは思いますけれど……うーん……。まあ、うーん……。……ぬこさんへの愛情だけは、上級者かなと思います」
「妙に歯切れが悪いのは気になるが、ルラも認めざるを得ぬということか」
「えっと、上級者になると何があるのですか?」
「それ、そろそろ許されるのではないか? “あれ”」
「どれ?」
「こう、ぬこを抱き上げて、その腹に顔を埋める行為である」
「ああ。猫吸いのことですか?」
「猫吸いというのか!」
「名称は知らないのに、どうしてその行為は知ってるんです?」
「うむ。この間ぬこのシャンプーのために、買い出ししたであろう? あの時、別の客が猫を連れていたのを覚えておるか?」
「そうでしたっけ?」
「お主がエリナと会話している時、その客が別の店員と話していたのだ。『猫の腹に顔を埋めることこそ、飼い主の至福』とな」
「なるほど。ですが上級者というのは?」
「その際に店員が言っていたのだ。『それは上級者の戯れですね』と」
「あー、そういうことですか。えっとですね、それ、間違っています」
「何がであるか!?」
「この場合の上級者は飼育の意味ではなく、猫好きの上級者のことです。猫吸いって結構、猫に興味のない人から見ると、少し変態的というか……」
「変態!? この魔王が!? いや待て、猫を好きではない人間、そのような輩がおるのか?」
「多くはないですが、一定数ははいますね。嫌いというか、苦手な人とか」
「よし、そ奴らを滅ぼそう」
「ダメに決まっているでしょ。そんなことしたらもう二度と協力しません」
「く、卑怯な」
「魔族にだって好き嫌いはあるでしょう? それよりも、猫吸いは別にいつ行ってもいいですよ。まあでも今なら、シャンプーしたてですから、ちょうど良いかもですね」
言いながら抱いていたぬこを差し出してくるルラ。こやつが余計なことを言うから、若干の背徳感を覚えながら、そっとぬこを受け取る。
そして一瞬の躊躇の後、我は至福のふあふあを堪能するのであった。




