【その28:あさかつまおう(中)】
もう! びっくりした。
まさか身を清めている間に、魔王がやってくるとは思わなかった。これ、何か対策をしないとダメな気がする。
魔法陣の場所を移すのが一番手っ取り早いのだけど、その場合、あの魔王が勝手に王都に出入りすることになる……それは好ましくない。
あれこれと対策を考えながら朝食を済ませて、全然身の入らない朝のお祈りをしていると、早々に魔王が戻ってきた。
「そろそろよかろう?」
「まだ早いですが?」
もう一度追い返してもいいけれど、ちょうどいい仕事を思いついた。魔王に手伝わせよう。
「マオさん、これから地域猫の面倒を見るので、一緒に餌をあげませんか?」
「む? おお、そういえばお主、そんなことをしておったな。……よし、たまにはぬこの同胞の面倒を見てやるのも良いだろう。しかし、一番可愛いのはぬこだがな」
「はいはい。じゃあ、餌の準備しますから、みんなが食べられるように、お皿に小分けにしてください」
「まかせよ。寸分違わぬ量を分けてやろう」
「……ざっくりで大丈夫ですよ?」
「しかしそれでは、不満の出る猫もいよう!」
「……程よいって言葉、知ってます?」
それからも何かとうるさい魔王を適当にあしらいつつ、餌の準備完了。
私たちが教会を出れば、すでに猫たちが大人しく待っていた。私はざっと見て、いつもの猫たちが全員揃っていることを確認する。
「みんなおはよう! ご飯ですよ!」
なーなー言いながら駆け寄ってくる猫たち。
「ぐはあっ!」
突然魔王がよろける。
「どうしたんですか!?」
「か、可愛いのである……」
「………えさ、その辺りに等距離で置いてください」
「う、うむ。はおっ! 足に擦り寄ってきたであるぞ!」
しゃがんだのか片膝をついたのか分からない動きで、ぎこちなく餌の皿を設置してゆく魔王。本当にこの人、猫に関してはポンコツだな。
魔王が大騒ぎしながら餌を配ってきたからか、教会のお隣さんが様子を窺うように顔を出した。
「楽しそうですね、聖女様。今日も朝からご苦労様です」
「おはようございますアネッサさん。騒がしくしてすみません」
「いいえ、構いませんよ。……そちらの方は教会の新しい神官様?」
「ああ、いえ。ちょっとした知り合いです。猫好きなので、こうして私のお手伝いを」
「そう。でも大丈夫? 何だか様子がおかしいけれど……」
指摘されて振り向けば、魔王がはあはあと荒い息をしながら、地面に四つん這いになっている。
魔王の右手のある辺りで、ぶち猫のファムが魔王を構っているので、それにやられているようだ。
さらには四つん這いになって乗りやすくなったからか、黒猫のソナが魔王の背中に飛び乗る。
あれが、魔族を束ねる頂点、魔王。
悪いことではないのだけど、正直、ちょっと見たくなかった絵面ではある。
「……ああいう人なので、放っておいて大丈夫です」
「そ、そう」
微妙な空気を残しながら家に戻るアネッサさんを見送ってから、私は魔王の元へ。
「ぐっ! 我にはぬこというものが……」
などと言いながら、ファムにされるがままの魔王。
「ファムさんに随分と気に入られたようですね」
「む? こやつはファムというのか」
「ええ。割と選り好みの激しい子なんですが、マオさんはお気に召したみたいです」
「見る目がある猫である。しかし、我にはぬこという心に決めたものがおるのだ!」
「……さっきからおかしなセリフを吐かないでもらえますか?」
「む? 大きなお世話である」
四つん這いで睨まれても、そこに魔王の威厳などない。
こうして無事(?)に地域猫の世話を終え、私たちは連れ立ってエリナさんのお店へ。
「いらっしゃいませ! あ、マオさん、ルラさん! おはようございます」
「うむ。その後おかしなことは起きてはおらぬか?」
「はい、おかげさまで」
「何よりである」
「本当に感謝しております。それで、本日は?」
「ぬこの首輪を探しにきた。いくつか見たいのであるが」
「首輪ですね! お任せください! 様々な種類を用意しておりますよ! 鈴がついているほうがいいですか?」
「鈴か」
「ええ、猫がどこにいるか分かりやすくなるので、便利です」
「それは悪くないのであるな。鈴付きもいくつか求めよう」
ああでもない、こうでもないと言いながら、嬉々として次々と首輪を買い求める魔王。
「うむ。こんなところであろう」
満足げに頷いた魔王の手には、無数の首輪の束。それを見たエリナさんが少し目を丸くする。
「割引させてはいただきますが、そんなにたくさん、大丈夫ですか?」
「金のことなら気にするでない」
「そ、そうですよね。失礼しました」
お会計を終え、ホクホク顔で教会に戻ってきた魔王は、「では」と早々に魔王城へ戻ってゆく。
それを見送った私はふうと小さく息を吐き、ちょっと伸びをする。
今日もこれから、記録室へ行ってみようか? それとも、10年前のことに詳しそうな同僚に話を聞きに行ったほうが早いかも。
でもハーロットの反応を考えると、知っている人にはある程度の箝口令が敷かれている気がしなくもない。
むむむと腕を組んで天井を睨んでいたら。
「ルラよ! 大変である!」
と、三たび魔王が襲来したのである。




