【その17:まおうソフトタッチ(2)】
壁に綺麗に開いた穴。唖然とする周囲。
そんな中でルラが我の袖を引っ張り、小声で耳もとに話しかける。
「ちょ、やりすぎですよ!」
「いや、だが、かなり手加減したのであるぞ?」
そもそも相手を払っただけである。勇者一行と戦う際の、百分の一程度の力具合であろう。
まあ、強いて言い訳をするのであれば、勇者戦は魔法で大体事足りるので、素手で戦うことはほとんどない。
すなわち加減がよくわからなかったという部分はある。
そのように伝えれば、ルラは頭を抱えた。
「……ともかく怪我をしていたら、回復魔法をかけないと」
「む? 別に良いではないか。あの者が死ねばそれで解決であろう?」
「何も解決しません!」
言いながらルラが通りに飛び出すので、仕方なく我もついてゆく。人間界のルールとは面倒なものだ。
通りに出れば、通行人が何事かとジャバナンスを遠巻きに眺めている。残念ながらというか、幸いというか、ジャバナンスは生きていた。
ルラが駆け寄ろうとすると、ルラとジャバナンスの間に割って張ってきた男が数名。
「待て、そのまま動くな」
見た目は冒険者風情のそやつらが、剣を抜いてこちらに向ける。
「どなたですか? 私はその方に回復魔法を施すだけです、邪魔をしないでください」
ルラの主張にも、相手は敵意をむき出しにして剣を降ろさない。
「見たところ、貴様の連れが雇い主をこんな目に合わせたのだろう? 信用できると思うか?」
そんな言葉から、こやつはジャバナンスの護衛か何かであろうと推測する。店内の騒動では見当たらなかったから、外で様子を見ていたのか?
「それはちょっとした行き違いで……」
「行き違いで壁を突き破るような真似ができるものか。なんの魔法だ? おい、お前に聞いている」
「ぬ? 我であるか」
「当然だろう? 貴様は何者だ」
「……キャットタワーを買いに来た客であるが?」
「ふざけているのか? 少々強引にでも吐かせることができるのだぞ。痛い目を見たくなければ、早々に答えろ」
問答している男が、切先をルラから我に切り替えたのだが、見る限り極めて普通の剣だ。若干なまくら寄りの粗悪品。
せめて魔法の付与でもされていれば、多少はましかもしれぬ。いずれにせよ、このような武器で我と立ち向かうのは論外である。
我がその気になれば、まとめて消し炭にするのに瞬き程度の時間しかかからぬであろう。
が、それをやるとルラに怒られる。キャットタワーを買えなくなるのは困る。
こ奴らの羽虫程度の煩わしさと、キャットタワーを天秤にかければ、その結果は検討するまでもない。
「……あー、我は今日は忙しい。ジャバナンスとやらを連れてさっさと帰るが良い。二度と来ないと約束すれば、此度は寛大な心で見逃してやろうではないか」
我ながらかなり譲歩した提案である。
だが、提案された相手は、一瞬きょとんとした後、顔を真っ赤にして騒ぎ立て始める。なぜだ? こやつ、話が通じぬヤカラか?
ひとしきり何やらわめいた後、多少落ち着いたそやつは、殊更余裕があるような振る舞いをしながら我に話しかけてくる。
「……多少魔法に長けているからといって、喧嘩を売る相手を間違えないことだ? 俺は魔族領を旅したことのある勇者だ。お前程度では俺には勝てん」
「ほほう。元勇者、と。で、どこまでいったのであるか?」
「どこまで?」
勇者一行が我の居城近くまでやってきて、生きて人間界に帰ることができるようになったのは、転移魔法が発達して以降のことである。
それまでの勇者は我の前に到達した段階で全滅がほぼ確定していた。我を前にして、転移魔法もなく逃げおおせた勇者パーティは、過去二組しかおらぬ。
つまり、こやつが五体満足で生きているということは、まず間違いなく我の元まで到達できなかった、三下勇者の一行と言える。
何処かの段階で我が城への到達を諦め、すごすごと帰ったのであろう。
「質問の通りであるが? 魔族領のどの地域まで行ったのか聞いておる」
「……どうせ聞いてもわからんだろうが、まあいい、冥土の土産に教えてやる。ザヴィルという秘境で多くの魔物を屠ってきた」
「ブフォっ!」
我、思わず吹き出してしまった。ルラが慌ててまた顔を寄せて小声で話しかけてくる。
「ちょ、ちょっと! このタイミングでなんで笑ったんですか?」
「いや、ザヴィルは魔族領の入り口も入り口ぞ? しかもあの辺りは人間との諍いも少ないゆえ、魔王軍も手薄で強い魔獣もおらん。そんな場所で暴れたなど、我からすれば冗談に近いぞ?」
「それはそうかもしれませんが、相手を怒らせてどうするんですか!」
我らがこそこそと話していると、元勇者が怒った。すぐに頭にくるあたり、思慮の足らぬ男だ。
「俺を無視しておしゃべりとはなめられたものだな! もういい! 貴様は許さん! 後悔して死ね!」
剣を振りかぶり突撃してくる元勇者。いや、こやつ本当に元勇者か? 動きが直線的すぎる。
この程度では、ザヴィルに到達できるかも怪しい。
「くらえっ!」
我に向かって振り下ろされる普通の剣。別に当たってもなんともないが、ここは人間界なので、それは流石に不自然であろう。
ならば。
「よっと」
振り下ろされた剣を指先でつまむ。これならば完璧である。
「!?」
我に剣を止められたのがよほど驚いたのか、「はっ」「くっ」と言いながら、どうにか我から剣を取り返そうとする元勇者(自称)。
しかしその程度の力では、我が指から剣を離すことは叶うまいに。
「くそっ! 何らかの強化魔法だな!? 卑怯なやつめ!」
剣を手放し素手で身構える元勇者(自称)は、やや目を泳がせて、ジャバナンスに視線を定める。
「……今は準備が足りていないから、仕方ない。雇い主の安全確保を優先して、一旦退こう。だがその顔覚えた。すぐに戻ってくるからな! その時後悔しても遅いぞ!」
急に何やら言い訳を始めたかと思ったら、ジャバナンスを抱えて後退りし始める。
「あ、この剣はどうするのだ?」
そんな我の言葉も聞かず、背を向けると元勇者(自称)は、一目散に逃げていった。




