【その15:おきにいりマント】
「此度の案件は以上でございます。魔王様」
「うむ。そうか。では、今日はここまでで良いか? ベリアル」
「はっ」
……最近魔王様の様子が変だ。
無論、冷徹で無慈悲、圧倒的な強さで君臨するそのお姿に疑いはない。だが時折、どこか上の空のような表情を見せるのである。
玉座におられる時以外は、私室に篭りがちなのも気になる。以前はもう少し、領内を気まぐれに飛び回り、狩りなどに興じていたはずだが。
「あの、魔王様。よろしいですか?」
会議が終わろうとしたところで、配下の一人が手をあげる。魔王様がやや不機嫌そうな表情をみせ、配下はびくりと肩を震わせた。
「我は忙しい。手短に話せ」
「ははっ! ありがとうございます! 実は新たな勇者一行が我担当地に迷い込んだのですが、一人を残して逃げてしまいまして……」
「ふむ。それで」
「其奴を人質にしているのですが、その処分についてご判断を伺いたく」
そのような話、魔王様に聞くまでもまい。ベリアルは横から口を挟む。
「適当に拷問して、必要な情報を引き出して殺せばよかろう」
「は、しかしどうやら、その者は正確には勇者パーティーではなく、案内役であっただけとか」
「案内役?」
「前線近くの嫌がる地元の人間を、無理やり連れてきたようで」
「なんだそれは。それでは勇者ではなくただの無法者ではないか」
呆れた話だ。魔王様に倒されすぎて、勇者の質も下がってきたのか。
「勇者パーティーならともかく、流石に哀れなという気持ちもあり……」
そのようなことを口にする配下に、魔王様が鼻白む。
「ならば逃せばよかろう」
「よろしいのですか?」
「かまわぬ。放ったところで我にはなんの影響もない。むしろ、その勇者の非道ぶりを人間どもに知らしめてやれば、我の手間がひとつ減ろうと言うものぞ」
「なるほど! さすが魔王様にございます!」
「よしでは、今度こそ他にはないな。では解散せよ」
魔王様の宣言で会議は終わり。魔王様が立ち上がると、さっとマントを翻した。
そこで俺は、マントに付着する無数の毛のようなものに気づく。何か、獣の。
「魔王様、マントに何か……」
「む? ああ、これか。気にするな」
気にするなと言われても、気になる。魔王様のマントにはびっしりとその毛がまとわりついているのだ。触れることすら困難とされる魔王様のマントに、である。
まさか。
俺はとある可能性に思い当たった。
魔王領内でも、強力すぎる力を持ち、魔王様に従わぬような魔族が稀にいる。例えば古の獣なども。
もしや、魔王様は密かに、付き従わぬものたちを支配下に置こうとしておられるのではないか。
それならば最近の疑問点が説明できる。部屋に篭りがちだと思っていたのは、我々に悟られるように、密かに各地を飛び回っていたから。
時折見せる上の空の様子は、それらの強敵に対する対策を講じていたから。
そしてマントの獣の毛。あれは激闘の証なのではなかろうか。
しかし、なぜ秘密にしておられるのか。
はっ! そうか! 魔王様はそれらを隠し戦力として確保しておくのではないか? 我々にも明かさぬ最強の秘密部隊。なんと恐ろしいことをお考えになるのか。
ならば、今はいたずらに追求するべきではない。魔王様のお考えを信じて、ついてゆくのみだ。
「……さすがでございますな。魔王様」
「む? ん? ともかく我はゆく。あとは任せたぞ」
「はっ! お気をつけて!」
ベリアルは深い敬意を込めて、去り行く魔王様に頭を下げだ。
◇◇◇
我は部屋に戻ると、小さく息を吐いた。
危ないところであった。まさか、ぬこの毛にベリアルが気づくとは。出がけに気づいたが、手で払ったくらいでは簡単に取れなかったのである。
人間界に良い道具はないものか。今度ルラがきたら聞いてみよう。
そのように考えながら、マントを所定の場所にかける。するとぬこがやってきて、するりとマントを咥えて落とした。
「これ、ぬこよ!」
我が注意するも、ぬこはお構いなしだ。しばらくマントを揉んだり引っ張ったりしたのち、納得する形になったのだろう、マントの真ん中でみょーんと伸びる。
……なるほど。朝、マントが奇妙な状態で毛まみれになっていたのは、このような事情であったか。
「全く。ぬこはやんちゃである」
我はマントの奪取は諦め、ぬこをのんびり眺め始めた。




