【その13:ひざのせスロウリィ】
魔王が私の前で床に拳を叩きつけている。
大人、という表現が正しいのかわからないけれど、大の大人がここまで悔しがる姿を見るのは初めてだ。
しかもその理由が、飼い猫が膝に乗ってくれないから、なんて。
相手は魔王なのだけど、私はついくすりと笑ってしまった。魔王はそんなこと気づきもせずになおも悔しがっている。
「あの……魔王、ぬこさんが膝に乗らないって、普段どんなふうにしているんですか?」
「おおお……お? それは当然、常にぬこに近寄って、いつ膝に乗ってきても良いように準備しておるが?」
それが何か? みたいな顔で私を見るけれど、原因がひとつはっきりした。
「個体差もありますけど、基本的に猫は、動きの激しい相手を嫌がります。えーっと、確か言ってましたよね? ブラッシングをするために自分から近づいてくるって」
「うむ。そうである」
「その時はぬこさんに自分から近づいていないのでは?」
「む。確かに。朝はぬこも忙しい。我は邪魔せぬようにしていた」
「それですよ。猫に好かれるのはあまり動かない方です。静かにしていれば、ぬこちゃんの方から近づいてきます」
「なんと!?」
もぞもぞと起き上がった魔王は、少し迷ったのち、そのままその場所であぐらをかく。めちゃくちゃそわそわしているのが微笑ましい。
私は膝で丸くなっているぬこさんを軽く抱き上げる。
「ぬにゃっ」
と抗議の声を上げるぬこさんへ、
「ほら、あちらにご主人が待ってますよ」
と水を向ける。ぬこさんは何度か私と魔王を見比べてから、やれやれといったふうで魔王の方へと向かい、そのまま魔王の膝にぽんと飛び乗ると丸くなった。なかなか賢い子だ。
「……!? ……! ……!!」
震えながらオロオロする魔王。私から静かにしていればと言われたので、喋って良いのかわからない様子。
「……大きな声を出さなければ大丈夫ですよ」
「そ、そうか……。しかしぬこがこれほど簡単に我の膝に……」
「良かったですね」
「うむ。感謝しよう」
純粋に嬉しそうな魔王を見て、私は少し、戸惑う。
これが私を騙すための演技だとしたら大したものだけど、とてもそうは見えない。やはり本当に、魔王は侵略なんて望んではないない?
「ぬこさんはまだ若い個体のようですね」
「そうなのか? いや、それよりもなぜ、お主がここにおるのだ? 大人しく帰れと警告したはずであるが」
「あ、そうでした。いくつか貴方に伝えておく必要があったのです」
「なんだ? また懲りずに勇者どもがやってくるのか?」
「違います。むしろ、しばらくはやってこないかもしれません。少なくとも、魔法陣を使っては」
「ほお。では、人間領の魔法陣を破壊したか?」
「いいえ。ここにある魔法陣とのアクセス先を、私の私室に移しました。今後、私以外が出入りすることはできないでしょう」
「ぬ? なぜそのような事を?」
「理由は二つあります。一つはあのままアクセス状態を残して、何かの拍子に魔法が発動しては危険です。なので、根本的な対処をしたのです」
「ふむ。勇者どもが利用しなければ、我はなんでもかまわぬ。で、もう一つは?」
「それはもちろん、私が貴方を見極めるためです」
「むう。面倒であるな。まだ疑っておるのであるか?」
「それは当然です。ですが、貴方の言葉を否定するほどの材料もない」
大司教様の態度や、行方不明になった神官。私たちの側にも腑に落ちない部分がある。
「確かにお主には多少の借りがあるが、我の私室にこう気軽に出入りされてものう……」
「王都に貴方が来るときは、私の私室にも入るのです。お互い様ではないですか」
「それはお主の勝手な……いや、待て。なら一つ取引といこうではないか」
「なんですか? 国の情報を流せ、みたいなのはお断りします」
「違う違う。我が頼みたいのは……」
魔王の提案したそれは、意外なような、らしいような案だった。




