9.狂気
『入れました』
『そっか。すぐ戻る。田所さんはどうだった?』
白石さんから連絡を受け取った時、俺は謝罪の意を込めてプリンを購入するため、購入者の列に並んでいた。
「プリン二つ」
無事、プリンの購入を終えた俺は、急いで先程白石さんと別れたお店に戻った。
「すみません。待ち合わせをしているのですが」
店内に漂う八角の匂い。
壁には飾られた赤い布に金の龍が刺繍された飾り物。
如何にもな中華料理屋をしばらくうろついて、俺はようやく白石さんを見つけた。
「ごめん。遅くなった」
「いえ、大丈夫です」
白石さんは難しい顔で見ていたメニューを机に置いた。
「槇原君、その手のものは?」
「プリン。美味しそうだったからさ」
田所さんの相手をさせてしまったことの謝罪は、気にしてなさそうだし、口にしなかった。
「後でどっかで食べよう」
「ありがとうございます」
ポワポワした平和な時間だった。
お昼ご飯を決めた俺達は、店員に注文を済ませて、しばらく料理が出てくるのを待った。
「そういえば、田所さんとは何かあった?」
ふと俺は、先程送ったメッセージの返事がなかったことを思い出した。
「……あはは。ちゃんと田所さんに見つかっちゃいました」
「本当? ……俺と来ていたことは、バレなかった?」
「それは……多分大丈夫です」
「そっか。良かった」
……良かったと言いつつ、白石さんの言い方に含みがあることに気が付いた。
何があったのか、念のために教えてもらいたいところだが……白石さんの様子を見るに、話す気はあまりなさそうだ。
……ここは探りを入れてみるか。
「田所さんは、この後やっぱり、野球を見に行くんだって?」
「え? ああ、そうみたいです」
白石さんは引きつった笑みを浮かべた。
「……田所さん、何故か相手チームのマスコットの人形さんを引きずってました」
「何してんの、彼女……?」
関西の特定のチームのファンがやっている光景は、画像とかでよく見たことがあるが……関東のチームでもそんな野蛮なことをしている人がいるのか。
「いえ、そういうことをするのは、自分くらいだって……田所さん言ってました」
「そう?」
「はい。すごい得意げに語っていて……正気を疑いました」
田所さんに容赦ないな、白石さん。
「……」
「それはなんだか、申し訳なかったね。俺が残れば良かったかな?」
「……」
「白石さん?」
唐突に白石さんが黙りこくってしまい、俺は少し心配した。
一体、田所さんと何を会話したというのか……?
「……あの、槇原君」
「お待たせしましたー」
ようやく白石さんが語りだそうとしたタイミングで、変に訛った日本語を喋る店員が、料理を運んできた。
変な空気の中、俺達はお昼ご飯を食べ始めた。
……これは話が流れてしまったかな?
「あの、槇原君。一つ質問してもいいですか?」
「何?」
どうやら話をしてくれる気らしい。
「槇原君は……田所さんとどういう関係なんですか?」
……?
どういう関係、とは……?
普通にただのクラスメイトなんだけど……?
「田所さんに言われたんです」
「余計なことを?」
「はい」
白石さんは頷いた。辛辣だ。
「……田所さん、槇原君に違反切符を切るのをやめるように言っていました」
「ふむ。それは余計なことではないねぇ」
「あなたのことを、学校で噂されているような問題児ではないと言っていました」
「なるほど。それも余計なことではないねぇ」
「……意外だったんです。あなたのことを真っ当に評価している学生がいるだなんて」
……ここまで全て、一切余計なことを言っていないんだが。まあいいか。
「……そっか。俺と田所さんの関係かー。……ただのクラスメイトだよ?」
一応、特別な関係かどうか考えてみたのだが、全然ただのクラスメイトだ。それ以上に表現する適切な言葉がない。
「嘘ですよ」
しかし、白石さんは納得出来ないご様子だ。
「嘘です……」
「いやいや、本当だよ。俺、君に嘘つかないよ?」
「嘘……」
何をそこまで、白石さんは頑なになっているんだろう。
「だって……」
「だって?」
「だって、この前喧嘩した時、槇原君から嗅いだ女の人の匂いと、さっき田所さんから漂う匂いが同じだったんですもの」
犬かよ。
「……あー、そうか。そういえば田所さんと俺、クラス委員だった。確かに喧嘩した日、俺達は隣同士に座って打ち合わせをしていたよ」
「どうしてそれを先に言ってくれなかったんですかぁ……」
うわ面倒くさ。
「ごめん。普通に忘れていたんだ」
「……本当ですか?」
「本当だよ。ただの打ち合わせだったんだよ? 普通に忘れちゃうよ」
「浮気じゃないんですか?」
……俺の恋人は本当に、嫉妬深くて面倒くさいなぁ。
「違う。それだけはハッキリしてる」
「……」
「信じられない?」
「信じたい……気持ちはあります」
でも、疑心暗鬼な部分はある、と。
「わかった。じゃあもし嘘だったら、俺のこと殺していいよ」
「……いいんですか?」
「うん」
頷いてから思ったが……ここは普通、殺すなんてそんな……とか言って臆する場面では?
殺してもいいと言い切れるだけの覚悟を見せただけで、浮気なんてしていないと納得してもらえると思ったのに、まさか念押しされるとは。
……もしかして俺、今、生殺与奪の権を他人に握らせてしまった?
白石さん、時々……結構な頻度で暴走するし、クレイジーな部分があるし、余計なこと言っちゃった?
「……わかりました」
俺は今、軽い後悔に襲われていた。
「じゃあ、もしあなたの発言が嘘だったのなら、一緒に死んであげますね」
……しかし、何故か白石さんも覚悟を見せてくれたから、後悔なんてどっかに行ってしまった。
「……じゃあ、君を死なせないように、浮気は絶対にしないよ」
彼女の見せる強い覚悟。執着。暴走。
それらは時々、一般市民でしかない俺には重荷だし、引く時もある。
……だけど、一人の少女にそこまで思われているという事実は、率直に嬉しい。
そんな彼女を死なせるようなことは……悲しませるようなことは、絶対にしてはいけないな。
「……これからもよろしくね、白石さん」
「……はい」
かくして、俺達のGW初日デートは、互いへの気持ちを再確認して終了した。
2章終了です
主人公も言っていますが、このヒロインは中々クレイジー
作者目線はこういうクレイジーなキャラは好き。クレイジーは安全圏から見ている分には面白いよね。
評価、ブクマ、感想よろしくお願いします