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7.横浜

 電車に揺られること数十分。俺達は目的地である横浜に到着した。


「降りる駅は横浜駅じゃないんですね」

「そうだね。横浜駅は混むから」


 ただし、横浜と一口に言っても……俺達が電車を降りた駅は石川町駅。巨大ターミナル駅である横浜駅からは数駅離れた駅である。


「この駅からだと近くに商店街があったり、ちょっと歩けば、中華街。更には山下公園もあったりする。結構便利な駅なんだ」

「そうなんですね」

「うん」


 俺は頷いた。


「というわけで、昼にもまだちょっと早いし、フランス山にでも行ってみようか」

「フランス山? 山下公園とかじゃなくてですか?」

「うん。山下公園はほら……有名観光地だから、距離があるとはいえ、誰と鉢合わせするかわからないし」


 脳裏を過る、白石さんの家庭事情。


「その点、フランス山は桜木町とか山下公園に人を取られて、そっちに比べたら空いているんだ。それだけじゃなく、小高い丘になっているから、景色もいいよ」

「へえ、そうなんですね」


 白石さんは驚いた様子だった。


「槇原君、なんだかお詳しいですね」

「まあね」


 ……なんか白石さんに凄い見られている気がする。


「何?」

「もしかして、中学時代の恋人とよく来られたとか?」

「違う。恋人なんていなかったから。だから、ポケットにあるオレンジ色の違反切符をちらつかせるのを辞めてくれ」


 電車移動を挟んでも、白石さんはフルスロットルのままのようだ。


「じゃあ、どうしてそんなにお詳しいんですか?」

「……昔、俺、この辺に住んでいたんだよ」

「……そうだったんですね」

「うん。ここから南の方に住宅街があってね。昔はその辺に住んでたんだ」


 ……目を潰れば、あの日の懐かしい思い出の数々が蘇ってくる。

 

「それより、早くフランス山に行こうよ。きっと良い景色が見れるよ」

「……はいっ」


 俺達は数分の散歩の後、フランス山に到着した。数十年前までここはフランス軍の駐留地だったらしく、フランス領事館なんかもあったらしい。

 しかし今ではここも、港が見える静かな公園だ。


「うわあ、綺麗」

「そうでしょ?」


 展望台から見える景色を堪能していると、浜風から伝ってきた潮の香りが鼻孔をくすぐった気がした。


「よし、それじゃあお昼ご飯を食べに行こうか」

「はい。そうですね」

「中華街が近いし、行ってみようか」

「はいっ」


 しばらく歩き、中華街へ続く赤い門をくぐった瞬間、空気が変わったことがわかった。

 香辛料と油の匂い、頭上に連なる提灯、客引きの声が四方八方から飛んでくる。


「わあ……匂いだけでお腹空きますね」

「まあ、中華街だしね」

「でも、人が多すぎて、ちょっと歩くのが大変ですね……」

「そうだね」


 はぐれるといけない。

 気付いたら俺は、白石さんの手を握っていた。


「……その、はぐれるとまずいからね」


 掌が緊張で汗ばみ出していることがわかった。


「そ、そうですね……」


 しかし、白石さんが手を握り返してくれて……緊張は吹き飛び、妙な満足感に包まれた。


「……こうして人の目がある場所で手を繋ぐの、なんだか恥ずかしいですね」

「そうだねぇ」

「あたし、なんだか変な気持ちになりそうです」

「そっか。ちょっと黙ってよっか」


 白石さんはまだ暴走しているようだ。


「……あ、あのお店、すごい混んでますね」

「うん。前に行ったことあるけど、すごい美味しいんだ。価格も結構リーズナブルだよ」

「へぇ……じゃあ、今日はあそこにしませんか?」

「うん。そうしようか」


 リーズナブルなお店を提案してくれたのは、懐事情の乏しい俺にしたら有難い提案だ。


「結構安いんですね」


 まあ、白石さん的にはとてもお安い値段感覚みたいだが……。

 お店に並ぶ列は長かったものの、回転率が高いのか、進みは早い。


「……ん? げ」


 そんな中、俺は少し前に並ぶ人に見覚えがあることに気が付いた。


「どうかしましたか? 槇原君」

「クラスメイトがいる……」

「……え」


 そろそろ入店しそうな客の中にいたのは、この前、俺達が喧嘩する原因を作った田所さん。

 青色の帽子。

 縦じまのユニフォーム。

 丁度、この辺にはプロ野球の球場があることを考えると……今日は試合観戦予定なんだろう。


「……ど、どうしましょう?」

「……向こうはスマホに夢中みたいだし、何とかなると思う」


 というか、そう願いたい。

 田所さんは店員に呼ばれて、お店の中へ消えていった。


 入店待ちの列の人数を見る感じ、彼女が退店する頃に、俺達が入店する頃合いな気がする。

 つまり、入り口前で鉢合わせになりそうだ。


「……入店ギリギリになったら、一旦俺、どっか行くよ」

「え?」

「鉢合わせになるとまずいから。だから、席取りしててもらえる?」

「……わかりました」


 白石さんは少し不服そうだった。

 ……もしかして俺が席取り、彼女に一旦抜けてもらった方が良かったかな?


「そろそろだ。ちょっとお土産見てくる」

「はい」


 自動ドアの前まで来て、俺は一旦列から抜けた。


「あれー? 白石さんじゃん!」

「あ、えぇと……田所さん。こんにちは」


 背後から白石さんと田所さんの話声が聞こえてきた。

 ほっ、グッドタイミングで難を逃れられたみたいだ。


「……え、白石さん、もしかして中華街に一人で来たの? なんか意外」

「え? えぇと……? えへへ」


 ……うん。白石さん、なんとか頑張ってくれ。

 俺はお土産屋に足を運んだ。

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