6.密室へ誘う女
「あのあの、槇原君槇原君。ちょっといいですか?」
「何かな、白石さん」
「あの……その、何か言うことを忘れていませんか?」
言うこと?
親御さんへの挨拶のことばかりが頭にあって、すっかり忘れていたが……デートの場所の話だろうか?
「デートの話じゃないですよ?」
違った。
先読みしてくれてありがとう。
……はて、しかしデートの話でないとしたら、言うこととは一体なんだろう?
口をぽかんと開けて悩む俺に対して、白石さんはスカートを強調するかのように体を動かした。
「……ああ」
白石さんの本日の恰好は、ブラウスに、スリット付きのロングデニムスカート。
「うん。とても似合っていますよ」
俺は素直に白石さんの恰好を褒めた。
しかし白石さんは、何故か俯いた。
「……なんだか取って付けたような感じがあります」
どうやら褒めるのが遅れたせいで不信感を与えたようだ。
いやはや、女性を褒めるのは、生物と同じで鮮度が命だな。
「そんなことはないよ?」
「それじゃあ、どこがどう似合っているか教えてください」
「そうだねぇ。……まずは白色のブラウスと黒色のデニムスカートというモノトーン基調の格好だね。モノトーン基調な恰好は大人っぽい反面、地味っぽい雰囲気を与えがちだけど、スリット付きのデニムにするなど、工夫を加えることでそのイメージを払拭している。スリット付きスカートというのもグッドだね。ロングだから、君の細くて長い脚が本来は隠れてしまうところを、スリットを付けることで回避している。チラリと見える脚は煽情的な感じもあって、思わず目が行ってしまう。ブラウスも……」
「な、長い! 長すぎて読者置いてけぼりですよっ。槇原君!」
あら不思議。
白石さんの恰好に対する熱い思いを語ったら、白石さんの顔が熱い感じになっていました。
「……わ、わかりました。そこまで褒めてくれているとは思っていませんでした。ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそありがとう」
お礼を言い合った俺達は、ようやく今日のデートをどうするか、と言う話を始めた。
まあ正直、駅前に集合してから始める話ではない気がしている。
「それで、白石さんは今日、どこか行きたい場所ある?」
「……ふふふ」
「急に笑い出してどうしたの?」
「うふふ。槇原君、一応あたし、車の中で考えてきました。今日、どこで何をするか」
「本当? ごめんね。一人で考えさせてしまって」
「いえいえ。槇原君にはいつもデート場所を考えてもらっていたので。これくらいお安い御用です」
……白石さんはデートをする時、特別行きたい場所はないといつも言っていた。
そんな彼女が、こうして行きたい場所を提案してくれるのは、交際を始めてから多分初めてだ。
正直、嬉しかった。
白石さんは元々、引っ込み思案なところがあったから……少しだけ打ち解けることが出来た証拠であると感じたから。
「……それで、今日はどこで何をしたいの?」
だから、白石さんが余程変な場所に行きたいと言わない限り、オッケーと返事をするつもりだった。
「……そうですね。あそこに行きたいですっ!」
白石さんが指をさした場所は……。
「なんとっ! 休憩利用だと4,000円で済むそうです!」
「絶対ダメだろ」
……所謂、大人が利用するホテルで、俺は深いため息を吐いた。
「えー……リーズナブルなのに」
……もしかして白石さん、あそこがどういうホテルか知らないのか?
そうかも。
彼女、大企業の社長令嬢だし。
「……今日はやめよう。行くなら、また今度」
「……残念です。わかりました」
ふぅ。何とか穏便に済ませることが出来た。
「他に行きたい場所はある?」
「そうですねぇ。じゃあ、ネットカフェに行きたいです」
「……他には?」
「カラオケですかね」
密室空間しか挙げないじゃん。
さっきからこの人、密室空間にしか行きたがらないじゃん。
どんだけ密室空間に行きたいの、この子……。
「……とりあえず、横浜にでも行こうか。今日は天気も良くて、散歩日和だし」
「……」
「白石さん? ダメかな?」
「……槇原君、これ」
「……うぇぇ」
白石さんは俺にオレンジ色の忌々しい違反切符を手渡した。
「なんで? 今は学校休みだけど……?」
「……実はたくさん作りすぎて、指導室に余りまくっている状況なんです」
「だから?」
「だから、私生活でも導入しようかなと思って」
「思わないでくれる?」
「えへへ。そんなに褒めないでください……」
どこが褒めてるねん。
この子は本当に、定期的に大暴走するな……。
「で、今回はどんな特別指導を? 言っておくけど、いくらこれを渡されても密室空間へは行かないよ」
「……そうですね。なら、私生活では趣向を変えようと思います」
最早、特別指導のことを趣向とか言い出してるもん。
「私生活では、オレンジ色の違反切符が五枚溜まったら、赤色の違反切符に格上げしようと思います」
「うわ出た。謎に包まれた赤色違反切符」
ルールが施行された時、存在していることは知っているが……未だ誰一人として発行されたことがない、謎の違反切符。
それが、白石さんが今チラ見せした赤色の違反切符だった。正直、現物を見たのは初めてだった。
「……前々から気になってたんだけど、赤色違反切符の罰則内容って何なの?」
初めて現物を見たついでに、前々から気になっていたことを尋ねてみることにした。
「わかりませんか?」
白石さんの声のトーンは、先程と比較して少し低くなっていた。
「ハレンチです」
「……は、はれんち?」
「そう。ハレンチです」
意味がわからず、俺はぽかんと口を開けていた。
「赤色違反切符を出したら、ハレンチなことをします」
「……世が世なら、君の行為は性的暴行だとネットで批判されていただろうね」
白石さんはぷくっと頬を膨らませた。
「むー。二枚目出しますよ?」
「ごめんごめん。とりあえず落ち着こうか」
「……わかりました」
「……とりあえずさ、今日はまだそういうのはやめようよ」
本当、白石さんは暴走するとすぐに俺を挑発するんだから。
ちょっとはこっちの身にもなってほしい。
こっちは男子高校生だぞ?
煩悩を抑え込むのだって限界があるんだ。
「……それじゃあ、今日は横浜ですか?」
「そうしよう。散歩したり、ショッピングとかで楽しもう?」
「……わかりました。今日はそれで勘弁してあげます」
そうしてくれると助かります。
なんとか白石さんの説得に成功したようで、俺はホッと安堵した。
「……槇原君、ごめんなさい。あたし多分、また暴走してしまいましたね」
「いいよ」
……もう慣れたし。
「それじゃあ今日は楽しもうか」
「はい」
「じゃあとりあえず……このオレンジ色の違反切符は返すよ」
「あ、それは大丈夫です」
「え」
「五枚溜めたら、ハレンチなことしましょうね」
……どうやら彼女、まだ暴走しているようだ。




