3.クラス活動
白石さんの挑発から一夜明け、いつも通りの時間に俺は学校へ登校していた。
「おはようございます。槇原君ストップ!」
流れるような美しい制止。
俺じゃなかったら見逃しちゃうね。
「また槇原やらかしてる」
「こわーい」
周囲もまあまあ見逃してなかった。
「今日はなんだい。白石さん」
「……」
白石さんはどうしたことか。俺に中々目を合わせようとしなかった。心なしか、頬は少し赤い。
もしかしたら、昨日のスカートの裾まくり上げの一件が、一夜明けて恥ずかしくなっているのかもしれない。
「もしかして熱でもある?」
「……な、ないです。……とりあえず、生徒手帳忘れで今日も特別指導です」
ふむ。
昨日、白石さんに生徒手帳の不携帯を指摘されたから、今日はちゃんと持ってきたんだけどな。アウトか。
まあ、今日は持っている旨を伝える選択肢もあるが、昨日はなかったんですよね、と指摘されるのが目に見えているし、ここは素直に従うか。
「わかった。ただ、今日はちょっと遅くなるかも」
「え、なんでです?」
「クラス活動決めの事前準備を放課後にする予定があるんだ。俺、一応クラス副委員長で」
「……あー、そういうことでしたか。わかりました。それなら、準備が終わるまで待ってます」
「ごめんね」
ちなみに、俺と白石さんは同学年ではあるが、クラスは一組違いだった。
だから、クラス副委員長として今学期のクラス活動を決めても、白石さんと一緒に活動出来ないことは少しだけ寂しさを覚える。
「ちょっと槇原君、ちゃんと考えてくれてるの」
……そんなわけで、放課後に開かれたクラス委員一同でのクラス活動の決め方方針会議で、俺はどうにも気だるげな態度で出席をしていた。
俺のモチベーション皆無な様子を見て、クラス委員の太田さんが苦言を呈してきた。
「ち、ちょっと太田さん。やめなよ。危ないよ」
「そうだよ。あの槇原君だよ? 怒ったらやばいよ。引火したら大炎上だよ」
太田さん以外のクラス委員は、勇猛果敢に俺に苦言を呈した太田さんの身を案じていた。
……前々から思っていたけど、このクラスの生徒って発想が狂気染みてるところがあるよな。
俺のこと劇物かなんかだと勘違いしてない?
……俺達が今決めていることは、明日の六限目のホームルームで決めることになるクラス活動についてだ。
事前にクラス委員で集まって、どのようにクラスメイトから意見を募って、活動内容を決めるか打ち合わせしておこうというものだった。
クラス活動は、一学期の間、このクラスで何かしらのタスクをこなすというもの。
二週間前にクラス委員を決めてから、この体制で臨む初陣だった。
しかし、打ち合わせ開始からおおよそ五分が経ったが、連中は俺への警戒心ばかりで件の決め事は停滞気味だ。
こんなこと、出たとこ勝負で適当に決めるのも一つの手だと思うが……生真面目な太田さんらしい判断だと思う。
俺は時計をチラリと見た。
白石さんをあまり待たせるのも悪い……というか、後が怖い。
丁寧な口調や清楚な見た目とは裏腹に、白石さんは結構嫉妬深いところがある。
そんな白石さん相手に、クラス活動のせいで特別指導を遅刻する、と言った時点で少しシットリした感情をぶつけられるのは確定なのに。長時間待たせたとなれば、もうどうなるかわかったもんじゃない。
それこそ、未だ見たことがない赤色違反切符を切るとか言い出しそう。
ちなみに赤色違反切符の罰則内容は、発案者である白石さん以外の生徒は誰一人として知らないらしい。
まあ白石さんのことだ。どうせ碌なものではないだろう。
「……槇原君、聞いていますか?」
「あ。うん。この学校の風紀は乱れてないのに、どうして風紀委員が存在するんだろうって話だったよね」
「知らないけど、君が風紀を乱しているからじゃないかしら」
え、本当にそんな話をしていたの?
ちゃんと議題を進めなよ。
「ちっがーう! もう! このクラス委員の副委員長なんだから、ちゃんと話を聞きなさいよ!」
「……ごめん」
話を聞いていなかったことは事実なので、俺は素直に頭を下げた。
「……あー。もう、あったまきた」
頭を下げたものの、太田さんの堪忍袋の緒が切れたようだ。
「もう知らない。もうあたしは知らない! ……槇原君、責任もってあなたが考えて! あなたが、次のホームルームで、どうやってクラス活動を決めるか考えて!」
……この人、ヒステリックなところがあるなぁ。
キーキー甲高い声で怒鳴りだした太田さんを見て、俺は苦笑した。
「わかった。じゃあ、提案するけどいい?」
まあ、悪いのは俺だし、ここは素直に一つ案を提案することにした。
「ふんっ。何よ。即興で適当な案出ししようったって、そうはいかないわよ」
「……あ、はい」
「もし碌な案じゃなかったら、除名だから」
「……えっ」
それはそれでありだな。
……いかんいかん。
太田さんの目が怖い。
「えーっとだね。ホームルームの時間は50分。その上でクラスメイト一人一人の意見を募っていたら、全員に遺恨なく活動内容を決めることに四苦八苦するし、まとめるのが大変だから、どうしようかって話だよね」
「……ふんっ。何よ、話聞いてるじゃない」
「まあね。で、それなら話は早い。まず最初に、クラスメイトをざっくり……そうだな。四組に分けて一学期にするクラス活動についてグループディスカッションをしてもらうってのはどうだい」
「グループディスカッション?」
「そう。持ち時間は15分。その後、各グループの代表に3分ずつ、クラス活動の活動内容とその内容をやりたい理由を述べてもらう。で、最後に所属グループ以外でやりたいクラス活動に挙手してもらう。それで、一番票が集まったグループの活動を実行する。これならある程度、遺恨なく活動方針を決められないかい?」
クラス委員一同は、すっかり俺の話に聞き入っていた。
「最初の俺達の説明に5分。その後のグループディスカッションに15分。説明3分×4グループで12分。多数決5分。これでざっくり37分。余った時間はその場に応じて臨機応変に使用する。……どうかな?」
「……何よ、ちゃんと考えているじゃない。それならそうと、そう言いなさいよ」
「……ごめんごめん」
「じゃあ、残った13分の内、最初の3分でグループ決めしてもらう?」
クラス委員の一人である田所さんが言った。
「嫌。それは駄目だ。グループの人員はこっちで決めよう」
「どうして?」
「だって、仲良い人同士でグループを組んだら、ふざけたりして話が進まなくなるかもしれないだろ? このクラスはお調子者が多いし、そういう人達は別々のグループに分けたい」
俺の脳裏に過っていたのは、授業開始のチャイムが鳴った後も教室で騒ぐクラスメイト数人の姿。
……今思ったんだけど、そういうクラスメイトの方が、俺よりよっぽど風紀乱してね?
「というわけで、今この場でグループ決めもしてしまおう。いいね?」
「うん。……ね、槇原君」
「何かな。田所さん」
「槇原君って、本当に噂に聞くような問題児なの?」
……噂を聞いたことがないから、なんとも言えないけど、多分違うと思う。
とりあえず俺は適当に苦笑しておいた。
……ただ何となく、さっきまで俺を警戒しピリピリしていたクラス委員の雰囲気が軟化した気もする。
「やばい。遅くなった」
グループ決めも終わった後、俺は廊下を走って、指導室へと急いだ。
我が校の校則的には、廊下を走ることはNGだから……この姿を白石さんに見られていたら、それをダシにまたオレンジ色の違反切符をもらいそうだ。
「ごめん。遅くなった」
指導室の扉を開けた途端、腹部に衝撃が走った。
「えへへぇ……」
俺の腹部にはだらしない笑顔で俺に抱きつく、白石さんの姿があった。
「遅かったですねぇ……」
「ごめん」
俺の胸辺りで、白石さんは顔をスリスリ、とこすりつけてくる。
「……白石さんさ、俺の胸に飛び込む度、だらしない顔になるよね」
「はい。ハッキリ言っていいですか。これ"トびます"」
「キツイって。色んな意味で」
育ちがいい癖に、白石さんは時折、ネット界隈でも底の底の住人が使うようなネットスラングを使ってくる。
彼女の行く末が少しだけ心配になるから、出来れば辞めてほしい限りだ。
「えへへぇ……しあ、わ……」
「……急に口ごもったね、白石さん」
「……槇原君。特別指導です」
「急に正気に戻るじゃん」
「……槇原君、特別指導です」
……あ。
同じことを二回言った。
これ、怒っている時のやつだ。
……え。
俺、白石さんを怒らせるようなこと、何かしたっけ?
「そこに座ってください」
「……あ、あの。白石さん」
「座ってください」
冷静な冷たい声で、白石さんは床に座るように指示してくる。
渋々、俺は床に正座した。
「……槇原君。今日の放課後、特別指導に遅刻した理由はなんでしたっけ?」
「え。明日のホームルームでクラス活動で何をするか決めるから。事前にクラス委員で進め方を打ち合わせしようってことだったけど……?」
「……そのクラス委員の中に、女子はいましたか?」
「当たり前でしょ」
「じゃあ、その打ち合わせの時、隣に座っていた人は……?」
「え……?」
……はて、誰だっけ?
『槇原君って、本当に噂に聞くような問題児なの?』
あ、田所さんだ(女子)。
……え? え、まさか……。
「……槇原君の浮気者っ!」
「さすがにそれは回避出来ないだろっ!」
白石さんは感情のままに指導室を飛び出した。
「ちょっと待って白石さん! せめて……。せめてっ! 指導室の鍵は返却してくれ!」
我が校の校則では、生徒が教室の鍵を借りる場合、借主と返却主は同じである必要があった。
中々ポイント伸びずシンドいです…。
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