26.ご立腹
球技大会翌日。
いつも通りの時間、俺は白石さんのモーニングコールで目を覚ました。
少しの間、彼女と他愛もない会話をして、電話をし終えた後は、軽く朝食を食べて家を出た。
昨日の球技大会で頑張ったせいか、今日は少しだけ体の節々が痛い。
所謂、筋肉痛ってやつだ。
……でも、筋肉痛になるくらい頑張ったおかげで白石さんとの約束を果たせたと考えれば、この痛みもたまには悪くない。
「見て見て。槇原君だよ」
学校最寄りの駅で電車を降りると、近くからそんな声が聞こえてきた。
声がした方を振り返ると、俺と同じ学校の制服を着た女子二人が、俺を見ていた。
目が合った途端、女子は俺から目を逸らして、駆け足でその場を離れて行った。
きゃーきゃー、と黄色い声をあげる女子達を見て、何が起きたのかわからない俺は、その場で一人佇み、首を傾げた。
「おはようございます」
正門前、風紀委員の人達が、いつも通りに元気よく身だしなみチェックをしている。
前までなら、ここを通る時は人目を憚りながら歩いたものだが……最近では止められること自体が減ったので、大手を振って歩くことが出来ている。
「見てみて」
「槇原君だ……」
しかし、今日は最寄り駅で電車を降りた時から、違和感を覚えずにはいられない。
道行く女子達が、どうにも俺を好奇の視線で覗いてくるのだ。
一体何なんだ?
言いたいことがあるならハッキリ言ってきてほしい。
「槇原君? ちょっといいですか?」
そんな俺の念が通じた相手は、俺の恋人である白石さん。
白石さんは不気味なくらいの満面な笑みだった。
「おはよう白石さん、体は大丈夫?」
「そ、その話はさっき電話で……はっ」
俺達が朝、学校を出る前に電話しあっていることは、勿論この学校の生徒で知っている人はいない。
うっかり俺達の関係を暴露しそうになった白石さんは、口を塞いで俺を睨んだ。
……自爆なのに睨むのはおかしくない?
「もうっ、違反切符切りますよ?」
「そろそろ職権乱用を隠さなくなってきたね、君」
「……むー!」
今日の白石さんは、なんだかすごく反抗的だ。
朝、電話で話している時はこんなんではなかったのに。
電話を切って、身だしなみチェックを始めるまでの間に、何か不機嫌になる出来事でもあったのだろうか?
「槇原君、とりあえず……昨日、無断で備品を使いましたね?」
「え、何の話?」
まさか、証拠改ざん?
「忘れたとは言わせません。あたし、その現場に立ち会っていたので」
白石さんが立ち会っていた……?
昨日、球技大会が開催されていた中で、俺と白石さんが出会った場所と言えば……。
サッカー決勝戦が行われた校庭。
後は……保健室?
保健室……。
備品……。
未だに少し痛む、昨日負傷した膝……。
「まさか絆創膏のことを備品と言い張ってるんじゃなかろうな?」
「アウトです。槇原君、アウトですっ!」
……そろそろ暴論がすぎるな、この子。
いや、結構前からか……。
「はい。違反切符です! 口答えも込みでオレンジです!」
「はいはい。じゃあ、今日も特別指導よろしくね」
「むー! よろしくお願いします! 放課後、指導室で待ってますね!」
人目も憚らず、白石さんは語気を荒げて言ってきた。
……白石さん、相当お冠のようだ。
俺に向けて怒りをぶつけているようだし、彼女が今、怒っているのは俺のせいなのだろう。
しかし、心当たりがまるでない。
……まあ、放課後で二人きりになった場で、ゆっくり聞いてみればいいか。
「じゃあ、またあとで」
俺は教室へ向かった。