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24.宣言

 白石さんに背中を押されて、球技大会の練習に参加出来るようになったは良いものの……俺は少しだけ迷っていた。


「飯沼君にあれだけ辛辣な態度で当たった手前、今更練習に参加させてくれとは……少し言い出しにくいな」


 それは、しょうもない自尊心的な理由での迷いだった。

 ……あの時はまさか白石さんが特別指導をなしにしてくれるとは思っていなかったから辛辣に当たったが、こんなことならもう少しどっちつかずな返答をしておくんだった。


「飯沼君、どんなことを俺に言ってくるだろう?」


 想定出来ることは……。


『うわあ、本当に来たよ』


 とか。


『あいつ、さっきあんなこと態度だった癖に、よく練習に入れてくれとか言えたよな』


 とか……。

 うむ、碌な想定が浮かばない。


 ……どうしよう、面倒だなぁ。

 せめて、明日から参加にするか?

 それなら……もう少し体裁を保てる気もする。


 そうだよ。

 そうしよう。


 ……別に、今日の練習に俺だけがサボったって……一応、白石さんとの特別指導の話もしたし。

 言い訳はいくらだってつくはずだ。


「駄目だっっっ」


 そんなことをして、もし白石さんにバレたらどうする。

 クラスメイトにどう思われようがどうでもいい。

 でも、白石さんにだけは嫌われたくない……!


「行くしかない……」


 男を見せろ、俺!

 なんて柄にもない決意を滲ませて、俺は校庭に向かった。


「うぇーいうぇーい」


 校庭では、クラスメイト達がサッカーに興じていた。

 試合形式で仲睦まじい様子だった。


 ……ただ、なんだか緊張感がない。

 それこそ、ただ遊んでいるだけに見えて仕方がない。


「あれ、槇原じゃん!」


 飯沼君が俺に気付いた。


「あ……白石さんから許可取ってきた」

「マ!? あの鬼軍曹から許可取ってきたの!? やるな、お前!」


 良かった。思ったよりもあっさり受け入れてくれた。


 ちょっと待て。

 ……鬼軍曹?

 一体、誰のことを言っているんだ?


 まさか白石さんか?


『でへへぇ』


 ……ないな。

 あのだらしない笑みを浮かべていた白石さんが鬼軍曹なんて言われているはずがない。

 

「じゃあ、お前も練習に参加するか?」

「……そうだね」


 白石さんとの約束がある手前、俺は頷くしかなかった。

 飯沼君が俺に協力的なのは少しだけ有難い。


「……なあ、ぬまっち。本当に槇原を参加させるのか?」


 ……しかし、飯沼君以外はやっぱり、俺に対して厳しい視線を向けてきていた。


 目を見ていればわかった。

 彼らは皆、等しく俺を畏怖している。


 中学時代、いじめの主犯格として実名が告発されたこの俺を。


 ……こういう時、どういう反応を示せば俺の立場が危うくなるかはわかっている。


 俺はいじめなんてしていない。

 俺は被害者だ。

 俺は……何も間違ったことはしていない。


 正しいことなのに、逆上してそう叫べば途端、俺は一気にクラスメイトから疎まれる。畏れられ、余計に教室で浮くことになる。


 だから俺は、黙って練習に参加しようと歩き出す。


 ……別にクラスメイトからどう思われようが、どうでもいい。

 白石さんとの約束を果たせれば、それでいい。


「おいおい、そんな言い方はないだろー」


 飯沼君はクラスメイトを諭すが意味がないことはわかっている。


「いいよ。とにかく優勝しよう」


 利害関係があるとわかってくれればそれでいい。

 ……俺を疎ましく思ってもらっても構わない。

 ただ、優勝という目標を共有していることをわかってもらえれば……それでいい。


「え、槇原。お前、優勝する気だったん?」


 ……しかし、思ってもみない返事が返ってきて、俺は目を丸くした。


「違うの……?」

「まあ、俺は楽しければそれでいいと思ってた」

「えっ、俺はカッコいい姿を女子に見せられればいいと思ってた」

「わかる。でもサッカー部はフォワードになっちゃ駄目ってルールらしいぞ」

「マジ? 詰んだわ。俺帰っていい?」


 思ったよりも、クラスメイト達の球技大会へかける熱意には個人差があった。


「……お前が一番やる気じゃん。槇原」


 俺はみるみる顔が熱くなっていくのがわかった。


「なんだよ。なんで優勝したいんだよ、槇原」

「……色々あるんだ」

「そっか。それなら仕方ねーな。人ってのは大概、誰しも色々あるもんだ」

「結構達観したことを言うんだね、飯沼君って」

「だろ? ようやくわかってくれたか」


 飯沼君は満面の笑みを浮かべる。

 つられて、クラスメイト達も次々に笑い声をあげ始めた。


「……よく俺にそんな笑顔を浮かべられたもんだ」


 しかし、無邪気な笑みを浮かべている皆を見ていると、邪な感情が浮かび始めていた。


「皆、怖くないのかよ。俺の中学時代の噂知ってるんだろ……?」


 自暴自棄に似た……くだらない感情だった。


「え、知ってるよ。怖い奴とクラスメイトになったって当時は思ったもんだ」

「俺は未だに怖い」

「同じく」

「は? マジかよ」


 ……俺は俯いた。



「だって槇原、何考えてるかわかんねえんだもん!」



 しかし、クラスメイトの誰かが放った言葉に、思わず顔をあげた。


「な。いっつもつまんなそうに黒板見ててさ。もっとこっちの話題に乗ってくればいいのに」

「その上、クールでカッコいいみたいなこと言われて、女子から密に注目浴びてんだ。マジ許せん」

「そのジェラシーはしょうもなさすぎるだろ。ははっ」


 ……同調するクラスメイト達。


「……中学時代のいじめの主犯格だとか言われてたんだぞ?」


 そんなクラスメイトに、一言言ってやりたくなった。


「何、お前、本当にいじめてたの?」

「……そんなこと」

「……」


「そんなことするわけないだろっ!」


 気付いたら、校庭中に響く声で叫んでいた。

 俺の叫び声は……学校中に響き渡ったのではないかと思うくらい、激しく反響した気がした。


「だろうな」


 あっけらかんと飯沼君が言った。


「……なんで」

「だってお前、クラスでいじめしてないじゃん」

「は?」

「もう六月だぞ。六月。いじめをしているなら今頃、被害を名乗り出る奴がいるはずだ。……そもそも本当にいじめをしてたのなら、お前、ウチの高校に入学できないだろ」

「それは……裏金とか色々あるでしょ」

「したの?」

「するわけないだろ!」

「どっちだよ! お前、結構面倒くさいな!」


 ……それは、どこかの誰かに似たのだ。


「……そりゃあ、お前と同じクラスになった時、最初は皆身構えたさ。やべー奴と同じクラスになったって。でもさ、一緒に学校生活送れば、いくら色眼鏡を付けててもお前がいじめをするような奴じゃないことはわかる」

「……まあ、そうだよな。こいつこの前、クラス活動の事前会議で有能ムーブかましてたし」

「そうなの? つうか槇原さ、授業態度めっちゃ真面目だよな。実は結構成績良いだろ」

「そもそも、これ言ったらやばいかもだけど……身だしなみ、どこに問題あんの?」

「つまりさ……お前は自分の悪評を自分の力で抑え込んだんだよ」


 ……飯沼君は俺の肩を叩いた。


「お前がいじめをやっていないと言えば、いじめをやってなかったんだなって皆が思う程度にはな」


 ……中学時代、実名でのいじめ主犯格との告発をされた後、当時のクラスメイトは俺を助けてくれることはなかった。

 俺はいじめなんてしていない。

 俺は何も悪くない。


 なのに、誰も助けてくれなかった。


 ……色んなものを失い、いつの間にか俺は人間不信になっていたのかもしれない。


 いつの間にか俺は、この世に生きる人間全てが、俺の敵になったんだと錯覚していたのかもしれない。


 ……でも、違ったのかもしれない。


 クラスメイトは、俺がいじめなんてするはずがないと言ってくれた。


『あなたのことを、学校で噂されているような問題児ではないと言っていました』


 白石さんとのデートの日、田所さんは俺のことを問題児ではないと言ってくれた。


『……ただ、もっと誇っていいと思いますよ?』


 いつかの身だしなみチェックの日、峰岸さんは俺の努力を称えてくれた。


 そして……。


『じゃあ、もしあなたの発言が嘘だったのなら、一緒に死んであげますね』


 そして、白石さんは……。


『槇原君が来るまでの間、あたし、いつもここを掃除していたんですよ?』


 ……白石さんは。


『でも、あたしは腹が立たないです』


 ……。


「皆、協力してほしい」


 俺は言った。


「何を?」

「球技大会、俺、優勝したんだ」

「……槇原」


 飯沼君は、ニカッと笑った。


「誰にカッコいい姿、見せたいん?」


「……白石さんだ」


 クラスメイトからひゅーっと声が上がった。


「へえ、白石さんのこと、好きなの?」


 ……そんなの。



「ああ、大好きだ」



 そんなの……聞かれるまでもないことだった。

仕事が始まる。

それはつまり、私の投稿ペースが落ちるということ。

なんとか毎日投稿は続けたいと思います。


評価、ブクマをよろしくお願いします。

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