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2.スカート

 俺の恋人である白石さくらさんは、見た目の清楚さや成績優良者であることを考慮して、高校二年生にして風紀委員の長を務めている。

 そんな彼女の朝は早い。

 本年度から彼女の提案で施工された風紀委員による正門前での身だしなみチェックのため、他の生徒より早く学校に登校する必要があるからである。


『じゃあ槇原君、あたしそろそろ行ってきますね』

「あい……」


 そして、そんな彼女のモーニングコールに起こされる俺の朝も同様に早い。

 白石さんと交際して以降、俺の生活は健康優良児待ったなし状態だ。グローバル進出している大企業の一人娘で育ちの良い白石さんは、夜更かしと寝坊にとにかくうるさいのだ。


「おはようございますー」


 いつも通り授業が始まる十五分前くらいに、俺は学校へ登校した。

 今朝も正門前で、風紀委員による身だしなみチェックが行われていた。


「白石さん、今日も凄い綺麗だなー」

「なー。何とか付き合えないかなー」


 近くを歩く生徒から、そんな声が聞こえてきた。

 ……色々あって、俺と白石さんの交際は周囲には隠している。

 故に白石さんは、男子高校生の性欲のはけ口として依然として確固たる地位を築き上げていた。


 まあそんなことはともかく、今日こそ彼女の目を盗んで正門を抜けてやる。


「槇原君、ステイ」


 そんな俺の願いは、あっさりと打ち砕かれた。

 白石さんにあーだこーだ言われて、俺は今日もオレンジ色の違反切符を発行された。


「……はぁ」


 俺はため息を吐いて肩を落とした。

 今日も駄目だった。


 正直、毎日毎日理由を付けてオレンジ色の違反切符を発行するのは勘弁してほしいと思っていた。

 いやまあ、白石さんとイチャイチャしたくないわけじゃないんだけどね……?

 オレンジ色の違反切符を白石さんから渡される時の、近くを歩く学生達が見せる俺を蔑むような目が辛いのだ。


「原田さん、ちょっと」

「あ、はい。なんでしょう。白石先輩」


 凹みながら正門を潜ろうとしたら、白石さんが一人の生徒に声をかけているところを見かけた。


「スカート丈。少し短くないかしら……?」

「……えっと、そ、そうですかね?」

「ちょっとごめんね」


 白石さんはどこからか定規を取り出し、原田さんの足に当てていた。


「1センチ短いわね」

「えっ、1センチだけですか?」

「1センチでも、違反は違反です。明日からはキチンと直してね」

「……はい。ごめんなさい」


 原田さんという生徒は少しだけ凹んでいた。

 スカート丈が校則から一センチ短いだけで違反にするというのは、違反切符を発行された側の立場からしたら厳しい判定だと少し文句を言いたくなるところもあるだろう。


 ただ風紀委員側としては、校則遵守という意味でも一貫した姿勢を示しており、正しい判断だと言わざるを得ない。


「白石さん、一つ質問いい?」


 しかし放課後、いつも通り指導室に呼び出された俺はどうしても言いたいことを白石さんに言うことにした。


「何? あたしのこと好きって話? そうですよね? その話ですよね?」

「……いやその、好きは好きです」

「えへへ。意味深な言い方ですね。嬉しいです」


 本当に嬉しがってます?


「……えぇと、白石さん、今朝さ、一年の女の子のスカート丈が短いって言ってたよね」

「そうですね。それがどうしましたか?」


 俺はチラリと視線を落とした。


「……白石さん、スカート丈短くない?」

「短くないですよ?」


 ……即答だった。


「……ほら、もし君のスカート丈が校則違反だったさ。違反切符を切った原田さんに示しがつかないだろう? そうなったらまずいなと思って」

「だから、短くないですよ?」


 白石さんは続けた。


「槇原君。生徒手帳を持ってますか?」

「いや、勿論持ってない」

「……生徒手帳は常備することが校則になってます。だから明日も忘れてください。その件で違反切符切りますねっ」

「わかった。今度からちゃんと持ち歩く」


 いかんいかん。話が逸れた。


「……で。なんだっけ?」

「はい。生徒手帳に記載された校則には、スカート丈は膝上5センチと定められています。あたしの今日のスカート丈はぴったり5センチ。だから校則違反じゃないんです」

「……え。でも昇降口の掲示板に貼られたポスターでは、スカート丈は膝上3センチじゃなかった……?」

「うふふ。槇原君、気付いてしまいましたか」


 白石さんの態度を見るに、俺の質問は織り込み済みだったらしい。


「それは、表記ブレです」

「表記ブレ……?」

「はい。掲示板に貼られたポスターの校則は、1999年に発行された生徒手帳の校則をベースにデザインだけを変更して毎年貼替がされています。それに対して生徒手帳の校則は、2012年頃に生徒会と学校側の協議の末に新たに制定された校則なんですね。だから、資料ごとに記載されている校則内容に微妙な表記のブレがあるんです」

「……ふむふむ」

「つまり、あたしのスカート丈は校則違反じゃないんです。最新の生徒手帳の校則ベースで判定していますので」


 ……なるほど。

 つまり、今の白石さんのスカート丈は、風紀委員長として校則を熟知しているからこそ出来た抜け道というわけだ。


 ……本当、中々ずる賢いな、この子は。


「……ちなみにさ、昇降口の掲示板に貼られる校則のポスターって毎年風紀委員が貼り出ししてる物だよね?」

「はい。つまり、校則に微妙な表記ブレがある理由は、先代の風紀委員達の怠慢ですね」

「じゃあ今年度の風紀委員長さん、来年度からはちゃんと改訂しなよ……?」


 白石さんはてへぺろ、とでも言うかのように、舌をペロッと出してこつんと頭を叩いた。

 ……一々、仕草が可愛いな、俺の恋人は。


「それより槇原君、尋ねてもいいですか?」

「何?」

「槇原君は、どうして今日のあたしのスカート丈が校則より短いかもと思ったんですか? というか、どうして短くしたことに気付いたんですか?」


 ……ぎくっ。


「ねえねえ、槇原君。どうしてですか?」


 ……白石さんは、何か思い当たる節があるのか。卑しいくらいにニヤニヤしていた。


「そ、それは……」

「それはー?」

「……俺達、恋人だからねっ!」

「……」

「恋人の変化には目ざとくなるさ。当然だよ。恋人だからなっ! がははっ!」

「……槇原君、前に髪切った時、全然気づいてくれませんでしたよね」


 ……過去の失態を引き合いに出すのは、ずるいじゃん。

 あの時、白石さんに機嫌を直してもらうの、凄い大変だったな。それこそ、思い出したくないくらい。


「……そうですか。よくわかりました」


 白石さんは納得げだった。


「槇原君って、太ももフェチなんですね」

「……なんでそうなる」

「じゃあ、そろそろ今日の特別指導を始めますか」


 俺の恋人は、人の話を中々聞かないところがある。


「今日の特別指導は、君の煩悩を取り払うことを目的にしようと思います」


 そんなことを宣い出した白石さんは……何故だか妖艶な笑みを浮かべて、ヒラヒラしているスカートの裾を鷲掴みにした。


「ちょちょちょっと!」


 途端、俺の顔は熱くなった。

 今なら顔面温度だけでやかんの中の水も沸騰させられる気がした。

 それくらい顔が熱くなるのも仕方がない。


 何故なら白石さんは……まるで俺を挑発するかの如く、スカートの裾をジリジリと捲り始めたのだから。


 ついに俺の恋人は、痴女になってしまったようだ……っ!

 脳内で悪口を吐くものの、口からは悪口は出てこない。

 悪口を言うと、白石さんがスカートの裾捲りをやめてしまうかもしれない。

 いや、やめさせるべきだと言うことはわかっている。

 その証拠に、僅かにある俺のジェントルマンの心が止めさせるんだ、と脳内に直接囁きかけてくる。


 ……え、ジェントルマンの心は僅かにしかないのかって?

 そりゃあそうだろ(笑)。

 こっちは男子高校生だぞ?


 ……ジリジリと、白石さんのスカートの裾が上がっていく。

 日焼けなど知らなそうな白石さんの純白の太ももが……。

 そして、その先の絶対領域が……もう少しで見えそうで、俺は彼女の下半身から目を離せなかった。


「……なんちゃって」


 白石さんはスカートの裾から手を離した。

 ヒラリ、とスカートは宙を舞い、元の位置に戻ってきた。


「……もしかして槇原君、期待しちゃいました?」

「……」

「あ、あれ……? 槇原君? どうしましたか?」


 さっきまでの挑発的な態度はどこへやら、白石さんは困ったように俺の顔を覗いてきた。


 ……そんな彼女に、これだけは言ってやりたい。


 ……期待しちゃいました。

 心の底から、期待しちゃいました。


「なんで辞めちゃうんだよ……」

「えっ!?」


 途端、今度は白石さんの顔が真っ赤に染まっていた。

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