19.混雑
父さんの振舞ってくれたお昼ご飯を食べた後、しばらく閑古鳥が鳴く店内で白石さんと雑談に興じていたが、十四時を過ぎたあたりからお店が混雑し始めた。
「お待たせいたしました。エスプレッソとアメリカンコーヒーです」
「白石さん、そちらの商品はあちらのお客様だよ」
「はわわっ」
白石さんも予習をしてきたと言っていたが、混雑が悪化する程、さすがにミスも見え始めていた。
さすがにフロアの接客人数が足りないと思った俺は、父を呼び寄せ、接客の仕事を手伝ってもらった。
「ぐがー」
父を呼びに行った当初、彼は日経平均株価を見ずにぐっすり寝ていた。
喫茶店の開業は長年の彼の夢だった。
その夢をようやく叶えた結果、息子と息子の恋人に仕事を任せて転寝とは……中々良い身分である。
そんなわけで、接客二人。バリスタ一人体制で、営業を回した。
「はわわっ」
「はわわっ」
「白石さんはともかく、父さんまで、はわわっ、するの止めろよ」
「あれ、槇原君。注文はカフェラテだったような……?」
「はわわっ」
なるべくお客様には悟られないように、三人で、はわわっ、しながら、何とか営業を回し切った。
そして、夕方十六時くらいになると、客入りも少し落ち着きを見せ始めて……。
「ぐったり……」
俺達は各々、ぐったりしていた。
「いつもはお二人でこの人数を捌いているんですか?」
「いや、ここまでではない……」
今日の昼下がりの喫茶店の混みようは、開業後トップレベルだった。
出来ればもう二度と体験したくない人数だった。
「そういえば今日、近くの自治体でお祭りがあるみたいだよ」
父さんが言った。
「もしかしたら、それが原因かも」
「……言われてみると、浴衣を着ている客も多かった気がしますね」
「確かに。……夏祭りにはまだ少し早いでしょうに」
「まあ、もう外は暑いしねぇ。夏みたいなもんだよ」
「……白石さんに応援を頼んで正解だった」
今日の人入り具合を考えたら、二人ではお店を回すことさえ出来なかっただろう。
本当、いいタイミングで白石さんに応援を頼んだものだ。
「……そうだねぇ。白石さん、仕事ぶりもてきぱきしていてよかったしねぇ」
「あ、ありがとうございます」
「白石さん。これからも暇な時は、ウチで仕事手伝ってくれない?」
「え?」
「勿論、ちゃんとお金は出すよ?」
「駄目駄目」
俺は父さんの案を否定した。
「前にも言ったでしょ。ウチの学校は校則でアルバイト禁止なの。白石さんは風紀委員長だよ。そんな人がアルバイトしているなんて外に知れてみろ。彼女、学校に入れなくなっちゃうぞ」
「……あたしは別に、槇原君と一緒に入れるなら、学校に入れなくても」
ほら、父さんが変な焚き付け方するから、白石さんがまたアクセル踏み始めた。
「とにかくっ、駄目なものは駄目! アルバイトなんてさせられません!」
「……槇原君」
「何?」
「アルバイトは出来ませんが……こうして時々、お手伝いに来ることは全然、問題ないですよ?」
「それこそ駄目だよ」
父さんも同意なのか、頷いた。
「仕事を手伝ってもらうんだ。……報酬はキチンと払わないと」
今回は、罰ゲームという体で手伝ってもらったけれど……本当は、喫茶店という仕事の手伝いをしてもらっている以上、白石さんには仕事をした対価を受け取ってもらわないといけないのだ。
白石さんの言う通り、無報酬で仕事をしてもらうなんて絶対にいけない。
お互いのためにも。
「……じゃあ、報酬をもらえばいいわけですね?」
「でも、お金は出せないよ? アルバイトになるから」
「大丈夫です」
白石さんは微笑んだ。
「じゃあ、お手伝いの報酬は……お昼と夕食のご飯。後は、仕事がない日、槇原君がデートしてくれるという条件でどうでしょう」
……確かにそれなら、金銭のやり取りが発生しないから、アルバイトには当たらない。
金銭以外の対価も支払っているから、こちらとしても引け目は感じずに済む。
「でも、それが仕事を手伝ってもらうことへの同等の対価とは思えないけど……?」
「そんなことはないです」
白石さんは首を横に振った。
「だってあたし、槇原君達と一緒にご飯を食べたいですもの。……それに、あなたの時間も占有させてもらえる。むしろ対価としてもらいすぎなくらいです」
……まあ、物の価値を決めるのは、当人次第。
白石さんがそれで、仕事の手伝いと同等の報酬だと言うのなら……いいのかもしれない。
「わかった。……じゃあそれで、時々仕事のお手伝い、頼める?」
「はいっ! 是非!」
白石さんは笑顔で元気よく頷いた。
嬉しそうにしている彼女の姿を見ていると……さっきまで渋い顔をしていた立場の癖に、正しい判断をした気がしてくるのだから、俺も中々、現金な奴だ。
「すみません。まだお店、空いていますか?」
話が丁度まとまったタイミングで、お店の扉が開いた。
「はい。まだやって……っ!」
接客に向かった白石さんの足が止まった。
白石さんは……何故だかプルプルと震えだして、涙目でこちらに振り返った。
「あわわ」
「どしたの、白石さん」
白石さんは扉にいた人物を指さした。
そちらを見ると……。
「……あ」
高級そうなスーツを着た……威厳ある人物が立っていた。
「校長先生」
彼は、ウチの学校の校長先生だ。
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