12.狡猾な女
白石さんの狡猾さもそうだが、色々とツッコミたいことが出来てしまった。
例えば……。
テスト準備期間くらい田所さんは野球観戦に行くの控えろよ、だとか。
野球観戦後にだって勉強しようと思えば出来るだろ、だとか。
……そもそも、だ。
「……白石さん、本当にそんな提案して大丈夫?」
「へ?」
「だってさ……君の提案通りのことをするとなると、俺、田所さんと二人で野球を観に行くことになるんでしょ?」
「まあ……そうですね」
それが何か? みたいに、白石さんは可愛らしく小首を傾げた。
「……いいの?」
「何がです?」
「俺と田所さんが二人きりで野球を観に行くんだよ? 君のいない場所で、一週間毎日」
……彼女は狡猾な上に、嫉妬深く、メンタルも弱い。
そんな彼女が、俺が田所さんと二人きりで野球観戦をしに行ったとなれば……浮気だなんだと言い出さないだろうか?
……いやまあ、さすがにそこまで白石さんも考えなしではないか。
「……浮気しないって約束したじゃないですかぁ」
「すごい。一瞬で俺が悪者になった……!」
白石さん、ちゃんと考えなしな上に被害者意識も強かった。
恐ろしい子だ……。
「……大丈夫。野球観戦は行かないから安心して」
「本当ですか?」
「本当本当。三時間の内、五分くらいしか見所がないスポーツの観戦なんてタイパが悪いもん。しないよ。時間の無駄だもん! あはは!」
「……な、なにか野球に対する強い不満をため込む出来事でもあったんですか?」
……一応、白石さんへの浮気の心配は解けたようだ。
「とりあえずさ、白石さん。テスト勝負は正々堂々やろうよ。その方がきっと健全だし、お互いのためになると思うから」
「……はい。反省してます」
……本当か?
疑わしいが、まあいいか。
「じゃあ……今日は、勉強ってことでいいかな? 折角だし、一緒に勉強しようよ」
「……槇原君」
「何?」
「それ、いいですね!」
そんなわけで、なんやかんやで俺達は勉強を開始した。
思えば、白石さんと隣同士で一緒に勉強をするのは初めてな気がする。
そう考えると、少しだけ緊張するな。
「……むむむ」
緊張している俺の隣から唸り声が聞こえてきた。
よく見たら、白石さんは俺のノートを凝視していた。
……カンニング、というわけではないと思う。
「……槇原君、スラスラと問題を解いていきますね」
「まあ……そうかな?」
「そうです」
「でも、合っているかどうかはわからないし」
「見ている感じ、ちゃんと合ってます」
……そっか。
それなら……良かったのか?
これ、白石さんがまた暴走するきっかけになるのでは?
「あのあのっ! 槇原君、思い出したことがあるのですが」
「……何?」
ヤバい。
嫌な予感しかしない。
「そ、そんな身構えないでください。変なことではないです」
「本当?」
「本当です。あたし、風紀委員長ですよ? 校内で風紀を乱すような変なことを提案するわけないじゃないですか」
どの口が言ってんだ……?
「……で、思い出したことって?」
「はい。今日、まだ特別指導をしていなかったなと思って」
俺の握っているシャープペンシルの芯がポキっと折れた。
……それもまた、致し方なし。
「……今は勉強に集中しない?」
「だ、駄目です!」
「なんで……?」
「それだと……あたし、負けちゃうから」
白石さん、この期に及んでまだ俺を貶めてテスト勝負に勝つ気なのか。
「……白石さん、君はどうしてそんな勝負にこだわるんだい?」
テスト勝負は罰ゲームがあるとはいえ、そこまで過激なことは出来ないルールにしたし……それだけが理由で勝負にこだわってるとは思えない。
ただ、そうだとすると……白石さんがここまで勝負にこだわる意味が、俺にはわからなかった。
「……だって」
「……」
「だってあたし、槇原君にかっこ悪い姿ばかり見せてるじゃないですか……っ!」
……いや。
そんな、ことは……。
……………………あるけども。
「このままだといけないと思うんです」
「そうだとしても、方向性は間違ってるんじゃない……?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「槇原君」
「何?」
「特別指導です」
駄目かー。
「……それで、何するの?」
俺はため息を吐きながら尋ねた。
白石さんは、膝をポンポンと叩いた。
「え、何?」
「……膝枕、しましょう」
……えぇ?
「ひ、膝枕なら、槇原君は勉強出来なくなるし、あたしは嬉しくなるし、Win-Winだと思うんです」
「本当に? それWin-Winなの?」
「……嫌、ですか?」
「バカなこと言うな。嫌なはずないだろ!」
……はっ!
しまった。思わず男子高校生マインドが……。
俺は白石さんをちらりと見た。
彼女は……頬を染めて、俯いていた。
「……ほ、本音を言うと恥ずかしいなら、そんな提案しないでよ」
「だ、だって……」
白石さんは言い訳をしようとしたが、途端に覚悟を決めたように凛々しい顔つきになった。
「ど、どうぞ……」
「……やらなきゃ駄目?」
「嫌ですか?」
……まあ、勉強が出来なくなる点では少し嫌だけども。
本音を言えば、嫌なはずがないではないか。
「わかった」
パァッと白石さんの顔が晴れた。
「じゃあ、椅子に座ったままだと無理だと思うので、地べたに座りますか」
「あ、うん」
「さ、どうぞ」
「……じゃあ、失礼します」
俺は白石さんの方に体を倒した。
太ももに後頭部が触れた瞬間、柔らかさと弾力が同時に押し寄せ、首筋から背中へとじんわりと熱が広がっていく。
生地越しに伝わる体温は思っていた以上に高く、心臓の鼓動まで感じられそうなほど近い。
髪の毛が頬にかかり、かすかなシャンプーの匂いが呼吸に混じる。
視線を上げると、頬を染めた白石さんが、どこか落ち着かない様子で俺を見下ろしてきた。
白石さんの瞳と目が合った瞬間、逃げ場のない距離感に、意識が一気に彼女に吸い寄せられた気がした。
このまま目を閉じれば眠ってしまいそうなのに……彼女の温もりを手放すのが惜しくて、瞼を閉じることが出来なかった。
……甘い雰囲気だった。
それこそ、このまま時間が止まればいいのに、と思う程。
……でも気付いてしまった。
「白石さん、これさ……」
「……はい」
「地べたに座ったらさ、君、勉強出来なくない?」
「……あ」
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