11.戦線布告
しばらくして、白石さんがようやく離れてくれた。
俺の胸から顔を離した白石さんは……どこか満足げだった。
「槇原君、そろそろ中間テストですね」
……それはあまりに唐突な真面目な話だった。
「そうだね」
「テスト勉強は順調ですか?」
「家の仕事の手伝いもあるから……まあ、ぼちぼちかなぁ」
「そうですか。今年は負けません」
去年、俺は中間テスト二回、期末テスト三回をこなした中で、五回のテスト全てで学年一位を獲得した。
ちなみに白石さんはずっと二位だった。
だから、彼女はことテストにおいては前々から、俺に対抗心を燃やしていた。
「頑張ってね」
「……むー」
白石さんは膨れた。
無邪気な反応だが、俺にこの顔を見せるため、この教室を独占する算段を立てる狡猾さを持ち合わせていると思うと、なんだか少し思うところはある。
まあそんなこと一旦おいておいて、一体、何が不満だと言うのだろうか。
「どうしたの?」
「なんだか張り合いがなくてつまらないです」
「張り合い?」
多分、テストのことだろう。
「去年一年間、誰にもトップを譲らなかったんですから、槇原君はもっと自分の成果を誇るべきです」
「……あの結果はたまたまだよ。だから、偉そうには出来ないかな」
そもそもテストでの学年一位なんて、この学校内という狭いコミュニティ内で一番点数を取っただけのことではないか。
世界規模に目を向ければ、俺より賢い人はごまんといるし、俺よりテストの点が取れずとも成功している人だってごまんといる。
たかだか一年間学年一位をキープしただけで、有頂天になっている場合ではないだろう。
「……槇原君はもう少し自己主張してもいいと思います」
「しているつもりなんだけどなぁ」
おどけてみるも、白石さんは納得いっていない様子だ。
「……よし、決めました」
「何を?」
「槇原君、勝負しましょう」
「え、ヤダ」
「学年一位をかけた勝負です!」
……相変わらず、俺の恋人は、一度暴走すると人の話を一切聞かない。
「……わかった」
こうなったら、彼女は俺がうんと言うまで駄々をこねるだろう。
渋々、俺は了承をした。
まあ、彼女と勝負に興じるのも、楽しいことは楽しいし。
「次の中間テスト、一位になった方が勝者ってことでいいかな?」
「はい!」
白石さんは満面の笑みで頷いた。
「それじゃあ、負けた方は罰ゲームを受けるということでいいですね?」
「よくないです」
それは聞いてない。
何を当たり前だろ、みたいな雰囲気を醸し出して言っているんだ、この子は。
「……ただの勝負じゃ自尊心しか満たされないじゃないですかぁ」
「十分だろ。他に何を求めてるの?」
「そりゃあ……こ、これ以上は言えないですよ」
うわっ。
これ絶対また暴走しているやつじゃん。
絶対、『ハレンチなことです』とか言うやつじゃん。
「……ハレンチなことです」
白石さんは、頬を染めながら、どこか満足げに言ってきた。
「それはさすがに駄目だ」
「えー……」
「せめて……ハレンチ以外で、勝った方が一日、相手の言うことを聞くってのはどうかな」
「いいですねっ!」
……まあ、俺が勝ったら、一日ウチの仕事の手伝いでもしてもらおうかな。
こんな可愛い子が手伝ってくれるとか商売繫盛間違いなしだー、とか言って、父さんも喜びそうだし。
「……じゃあ、お互い頑張りましょう」
「そうだね」
……まあ、仮に今回の勝負で勝ったとしても。
俺が白石さんに対して威張り散らすことはありえないし。
俺が学校の生徒に学年一位だと主張することもありえないし。
皆の俺を見る目が変わるわけでもない。
結局何も……何も変わらない。
ただ、少しだけ学校側からの俺の評価が上がるだけ……。
……ただ、頑張ろう。
折角白石さんが俺に勝負を申し込んでくれたんだ。
彼女の熱意に応えるため。
彼女との名勝負を演じるため。
……彼女の恋人として相応しい男になるため。
正々堂々、白石さんに勝負を挑んで、勝ってみせよう。
「それじゃあ……とりあえず、あの、槇原君?」
「ん?」
「槇原君は、テスト準備期間中、田所さんと野球を見てきたらどうでしょう?」
……うん?
「こ、この前あたし、田所さんに野球に一緒に行こうって誘われたんです。田所さん、誰かと一緒に野球を見に行きたいそうでっ。槇原君、それに名乗りをあげたらどうかなー? なんてっ!」
ううん……?
「彼女、シーズンシート持っているみたいで、テスト準備期間も当然野球を見に行くそうでっ! 丁度その時期、本拠地で六連戦があるみたいで。試合時間は大体、18~21時くらいみたいで……」
……はぁ。
「あっ、勿論、一番勉強が捗る時間に勉強出来なくなるから、そういう提案をしているわけじゃないんですよ!??」
「……そっか」
「はい。そうなんです! だからどうでしょう?」
……まあ、とりあえずわかったことは。
「白石さん、全然正々堂々戦う気ないじゃんっ!!!」
「ひぅっ……」
「自分が頑張る方向じゃなくて俺を貶める方向で勝つ気じゃん! お互い頑張りましょうって口だけじゃん!」
「そ、それはそのぉ……」
びっくりした。
本当にびっくりした。
……前々からちょいちょい思っていたが、本当にびっくりした。
俺の恋人、ちょっと狡猾すぎやしないだろうか?