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1.違反切符

「槇原君、止まりなさいっ!」


 まただ。

 今日も俺は、学校一校則に厳しいと言われている風紀委員長の白石さんに捕まった。


 理由はもちろん、身だしなみ違反。


 うちの高校は県内屈指の進学校。それにもかかわらず、校則は無駄に厳しい。

 買い食い禁止、バイト禁止、スマホ使用禁止……。生徒の不満は常に高めだ。


 さらに今年からは、この白石さんの提案により『風紀違反切符制度』まで始まった。


「ネクタイ。曲がってます」


 白石さんはしかめ面で首元を指した。

 

「ネクタイ? なんか変?」

「変なんてもんじゃないです。まったくもう。どうしてそういつも曲がった状態で登校してくるんですか」


 白石さんは、容姿端麗で長く艶のある黒髪から発せられる清楚なイメージ、品行方正な姿や丁寧な口調からは風紀委員長がピッタリだという印象を与えさせる。


「曲がってる……? 自分だとわからないんだけど」

「曲がってます。びっくりするぐらい曲がってます!」


 白石さんは俺に接近し、怒りながらネクタイを結びなおす。

 身だしなみチェックの度、白石さんは俺を止めては制服の着こなしの至らぬ点を指摘してくる。


「まったく。あなたは校則遵守という言葉を知らないんですか?」

「知ってる」

「本当ですか?」

「勿論だとも。ただ、これは問題ない範囲だと思っていた」

「全然アウトです」

「……他の人もこんなもんじゃない?」

「アウトです」

「あの……」

「どこからどう見てもアウトです。他人のせいにしちゃ駄目ですよ」


 他人のせいになんかしたつもりはない。

 ただ、おかしいことをおかしいと言っただけ。

 それで怒られるのだから、人生とは実に不条理だ。


「ちょっと校則、厳しすぎません?」

「……むっ」


 白石さんはムッとした様子で、ブレザーの胸ポケットから一枚の切符を手渡した。


「槇原君。聞き分けのない生徒には違反切符です」

「えぇ……?」

「オレンジです」


 ……またやられてしまった。


「放課後、指導室に来るように」


 違反切符は白、黄、オレンジ、赤の全部で四種類。

 オレンジはその中でも二番目に罪が重い色である。


「また槇原君だよ」

「今月だけで何回目? いい加減学べばいいのに……」


 背後から聞こえてくる、登校中の生徒のヒソヒソ話の通り、俺はオレンジ色の違反切符の常連犯だった。


「俺この前、白色違反切符切られた」

「マジで。なんで?」

「髪の長さで引っかかって。罰則はなかった。半年以内に白色切符五枚で反省文書くらしい」

「へー。ちなみに俺は黄色違反切符発行されて、一発で反省文書いたぜ」

「何したん」

「授業中にスマホゲーム爆音で鳴らしたぜ」

「マジか。お前、カスだな!」


 ……ちなみに、このルールが施行されて以降、オレンジ色の違反切符を発行された人間は俺しかいないらしい。


「そんなことやらかしても黄色って……オレンジ色違反のあいつがやらかしたことって何なの……?」

「さあ……? ちょっとお前、聞いてこいよ」

「無理だよ。死にたくないわ、俺」


 オレンジ色違反切符の常習犯のせいか、最近の俺は、学校内でも結構な問題児だと周囲から認識されている。

 だから……俺にも聞こえる声でヒソヒソ話をしてくる癖に、誰も俺に声をかけようとはしないのだ。


「……つうか、オレンジ色だとどんな罰則が待ってるんだ?」

「要特別指導だもんな……。殺されるんじゃね?」

「ひえっ」


 殺されたら、俺はここにいないだろ。


「……白石さん、たまには黄色切符に減刑とかしてくれない?」

「駄目です」

「どうしても?」

「どうしてもです。……罰則はちゃんと受けてください。ここであなたにだけ減刑を認めたら、特別待遇をしたことになるじゃないですか」

「……どの口が言うんだか」

「とにかくっ! ちゃんと罰は受けてください。風紀委員長としてっ! そこだけは絶対に譲れませんっ!」


 ……白石さんは清楚な見た目をしていて、風紀委員長にピッタリな女の子だ。


 ルールに厳しく、間違ったことが大嫌い。

 そして、問題児である俺に対して、臆することなく不正を糾弾出来る。


 それがきっと……我が校の生徒が抱く、白石さんへの印象だ。



 まあ、オレンジ色の違反切符を切りながら、今日の特別指導に思いを馳せ、ニヤけるのを止められない白石さんを見たら、そんな印象も変わることだろう。



 ……放課後、俺は帰りのSHRを済ませて、渋々指導室に向かった。


「……見て。槇原君よ」

「うわー。例のオレンジ違反切符常習犯?」

「そうそう。顔は結構カッコいいのにね。人は見た目じゃ判断出来ないね」

「ね」


 指導室に向かう途中、道行く生徒のヒソヒソ話が聞こえてくる。


「……はぁ」


 そして、指導室に到着すると、俺は深いため息を吐いた。


 ……これから待ち受ける特別指導は、白石さんが直々に手を下す。

 だから……正直、面倒くさくて仕方がなかった。


 とはいえ、逃げ出すと後が怖い。

 渋々俺は、扉をノックした。


「どうぞ」


 白石さんの声が室内から聞こえてきた。


「入るぞ」


 俺は少し建付けが悪くなった扉を開けた。


「……ふぐっ」


 そして、室内に入るや否や、胸元に衝撃が走る。

 まさしくこれは、特別指導の一環だった。


 ……誤解させるような意味深な表現をしてしまったが、俺は別に体罰をされるわけではない。

 我が校はこれでも一応、進学校。体罰が横行するような昭和な学校ではないのだ。


 ならば俺がされた行為は、一体何なのか。


「……えへへ」


 答えは……俺の胸に顔を押し付けている白石さんに聞きたいところだ。


「……ねえ白石さん、帰っていい?」

「駄目です」

「どうしても?」

「どうしてもです。だって今は特別指導中ですから」


 ……進学校である我が校では、本年度から風紀委員長である白石さんの提案で、毎朝の身だしなみチェックと風紀違反切符制度が導入された。

 そんな白石さんの施行したルールで、俺は罰則が二番目に重い、オレンジ色違反切符の常習犯だ。そして、俺以外のオレンジ色違反者は一人も存在しない。


 何故、俺以外のオレンジ色違反者がいないのか。

 それは……全てが口実でしかないからだ。


 一体、何の口実なのか……?


 それは、白石さんが学校内の秘匿された空間で俺に甘えるための口実。

 つまり、職権乱用である。


「えへへぇ。あとで槇原君のブレザーも貸してくださいね?」

「嫌だよ」

「駄目です」


 何故、白石さんが俺に職権乱用するのか。


「恋人のお願いを断るんですか、槇原君っ」

「……恋人って言うのも止めなさい」

「あれあれ、もしかして槇原君。恥ずかしがってるんですか?」


 それは……俺達が恋仲関係だからだ。


「まあ、こんな可愛い恋人がいたら、恥ずかしくもなっちゃいますよね!」


 ……多分、風紀委員長の模範とかけ離れたこの白石さんの姿を知っている人間は、校内でも俺一人だけだろう。

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