7.攻略完了
「――これで最後っと」
足元に転がっているゴブリンの頭と胴体に治癒魔法をかける。
白い光に包まれたゴブリンがじわじわと光に溶けるみたいに消えていく。完全に消え去って、私は大きく息を吐き出した。
「お、終わった……」
キングゴブリンを倒した後に、ゴブリンたちを10体以上は倒した気がする。
そのせいで達成感はあるけど、それ以上に疲労困憊になっていた。
こんなに治癒魔法を短時間にたくさん使う経験は初めてだ。
流石に身体がだるいというか、重たい感じがする。
でも、私以上に執行さんの方が大変だったはずだ。
何故なら、執行さんがゴブリンを倒していく速度に、私が治癒魔法でトドメを刺す速度が追いつかないからだ。執行さんはあっという間にゴブリンたちをなぎ倒してしまったが、私の治癒魔法によるトドメがどうしても時間がかかってしまう。
私がゴブリン2体を葬った頃には、執行さんが倒したゴブリンたちが再び動き出してしまったのだ。その都度、執行さんには動き出したゴブリンを倒してもらった。
結果として、執行さんには実際の数の4、5倍の仕事をさせてしまった気がする。
執行さんは息も乱れず、涼しい顔でいたけど……。
だから、私一人が弱音を吐くわけにもいかない。迷宮保安官としての立場もあるし、虚勢でも元気であるように見せなくては。
今日は家に帰ったら速攻で寝よう。そうしよう。
そんなことを思っていると、少し離れたところで周囲を見ていた執行さんが戻ってきた。
「お疲れ様です」
「お疲れさ――」
こちらに歩いてきた執行さんの顔を見て、私は目を大きくさせた。
「執行さん!?」
「はい?」
こてり、と可愛らしい擬音が聞こえそうな感じで執行さんが首をかしげる。
その綺麗な顔に小さいながらも切り傷ができていた。少し血も滲んでいる。
どうやら本人は気づいていないらしい。
「顔に傷が」
「え?」
私の指摘で、執行さんがほっぺたに手で触れる。
「あぁ、何かが少し当たったのかもしれません」
「こっち来て」
「は、はい」
少し怪訝そうにしながらも、執行さんが私の前に立った。
こうして真正面で向き合って立つと改めて感じる。
……背、高っ!
私が155センチだから、15センチくらい高いかもしれない。
本当にモデルさんみたいだ。
それに近くで見ると本当に顔が可愛い。もはや神々しい。同じ人間とは思えなかった。
じっと私が見惚れたみたいに見つめていたからだろう。執行さんが不思議そうに眉を寄せる。
「佐々貴さん?」
「あっ、ごめんね。すぐ治癒魔法を使うから」
「ですが……わざわざ治していただくほどの傷では」
「いいから。傷の跡が残ったらどうするの」
「どうもしません」
「するよ!」
なんで私の方が動揺しているのだろうか。
いや、逆に執行さんはどうして顔に傷が残っても「どうでもいい」という風なスタンスでいるのだろうか。自分がどんな顔をしているのか分かっているのだろうか?
「兎に角、治すからちょっと屈んでもらっていい?」
「はい」
言われるがまま、執行さんは少し前かがみになって目を閉じた。
その雪肌と言える綺麗な肌に手を添える。
そして私は気づいてしまった。
……なんかこれ、今からキスするみたいじゃない?
いや、しないけど! 一体、何を考えているんだ私は。
「あ、あの」
「ごめん! すぐするから」
頭を振って邪念を振り払って、改めて執行さんと向かい合う。
傷の傍に手を添えて、治癒魔法を使用する。じんわりと柔らかな白く淡い光が発生して、私の指先から執行さんの傷を包み込んだ。
仄かな温かさを感じながら、作業を続けていく。
光の粒子に包まれた執行さんの傷は、少しずつ消しゴムをかけられるみたいに消えてなくなっていった。
「これで良し。跡にもなってない」
いくら治癒魔法と言っても、その力は絶対じゃない。
ゲームみたいに何でも元通りに出来るわけではないのだ。傷によっては跡が残ってしまう場合や、怪我の程度によっては応急処置程度にしかならない場合も往々にしてある。
掠り傷だったとはいえ、それでも綺麗に治って良かった。
ほっと一安心だ。
だけど、執行さんは綺麗に治った頬を抑えて、何やら考え込むような顔をしていた。
「…………」
「まだ痛む?」
「あ、いえ、そうではなくて」
小さく首を振る執行さん。
その表情は僅かではあるけど、困惑の色が見て取れた。
「誰かに、こんなに心配をしてもらったのは初めてだったので不思議な感じで……」
「そうなの?」
「はい。ですから、嬉しかったです。ありがとうございます」
執行さんは少しだけ口の端を上げて、ふわりと微笑んだ。
初めて見る執行さんの笑顔。
破顔って感じではないけど、それでも確かに笑っている。私に。
その様子は一輪の花が可憐に咲くようだった。
見惚れるとかではない。なんかもう、心臓が止まるかと思った……。
「ど、どうかしましたか……?」
「いや、いやいや、なんでもない」
ぶんぶんと首を振って誤魔化す。
「え、えっと。帰ろうか?」
「そうですね」
こくりと頷く執行さんの表情は、普段の凛とした顔に戻っていた。
それでも心なしかダンジョンに入った頃よりも柔らかくなったように見える。
きっと私は、彼女の笑顔を金輪際忘れることはないのだろう。
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