29.連戦を終えて
刀を鞘に納めた執行さんの元へ、私は大慌てで駆け寄った。
「執行さん、大丈夫!?」
「……はい」
小さく頷いた執行さん。
だけど、その顔には疲労の色が見えていた。
「佐々貴さんが助けてくれたおかげです」
「いやいや! 助けてもらったのは私の方だから!」
ミノタウロスアンデッドを倒した後、私はそれで終わったと完全に油断していた。
執行さんのおかげで、私は無傷で済んだのだ。
もし、二人ともがミノタウロスの出現に気付かずに。
そして狙われたのが私だったとしたら。
考えただけでも肝が冷える。
執行さんの反応と、強さがあったからこそ乗り越えられたように思う。
と、執行さんが顔をわずかにしかめた。
「痛っ……」
「どこが痛む!? そこを重点的に治癒する」
「ぜ、全身です」
「全身!」
大きな反応をしてしまったけど、よくよく考えたら当然だった。
正面で受けてはいけないと言われているミノタウロスの攻撃を、執行さんは真正面から受け止めたのだ。魔法の力で刀や身体を強化していたとしても、身体への負担はとんでもなかったはずだ。
戦闘中はハイになっていて気づかなかったのかもしれない。
今になって、じわじわと痛みが出て来たのだろう。
執行さんに治癒魔法を使うため、両手の手のひらを向ける。
手のひらから淡く白い光が生じて、次いで執行さんの身体も白い光に包み込まれる。
「気休め程度だけど、やらないよりマシだと思うから」
「ありがとうございます」
この場合は外傷というよりは内傷。
筋肉とか、骨とか、関節とか。そのあたりがダメージを追っているんだと思う。
目に見えない部分なので、イマイチ治りが実感できない。
でも、執行さんの顔が少し和らいみたい。少しほっとした。
「あの、佐々貴さん」
「んー?」
「力ってまだ残ってるんですか?」
「全然大丈夫。心配いらないよ」
「そうですか」
「うん」
……嘘だ。
めちゃくちゃ見栄を張った。
正直言うと、いつ魔力が尽きて治癒魔法が使えなくなってもおかしくない状態だ。
気を抜いたら「ぜぇぜぇ」って、肩で息をしてしまいそう……。
でも。
だからといって、執行さんに我慢をさせるわけにもいかない。
少しでも使えるのなら出し惜しみをする意味はない。
応急処置が終わるまでは、なんとか治癒魔法を使うことができた。
「早いところ管理事務所に戻ろう。できるだけ魔物は避けて」
「そうですね」
「歩ける? 肩貸すよ」
「ありがとうございます」
と、執行さんが近づいてきて、ふと思い出す。
「……あっ」
「?」
私、臭くね?
ミノタウロスアンデッドにトドメを刺すとき、治癒魔法を今までにないくらい高出力で使っていたから汗をびっしょりとかいていた。
迷宮内が涼しいこともあって、今は乾いている。でも、汗だくだったのは事実だ。
「あー……」
やべー、どうしよう。
肩を貸すということは身体は密着する。
汗だくだった人の肩を借りるのは普通に嫌だよね……。
ていうか、執行さんに対する何かしらのハラスメントになるのでは?
ぐるぐると頭の中で思案していると、執行さんが首をかしげた。
「どうかしましたか?」
「いや、肩貸すって言ったんだけどさ……。私、さっきすごく汗かいたんだよね……」
「それがどうかしましたか?」
「だから、その……汚いっていうかさ」
「そんなことは別に気にしませんが……」
そう言って、執行さんは自分の身体に視線を落とした。
「むしろ、私の方が汚れているので……申し訳ないです」
「いやいや! それは仕方ないよ」
ダンジョンに入っているのだから、土や泥、砂ぼこり、場合によっては血が付着するのは当然のことだ。綺麗なままで戻ってくる人の方が珍しい。
それに執行さんの場合は魔物と戦って、私を守ってくれたからこその汚れでもある。
執行さんが謝る必要なんて、どこにもない。
「……でしたら、私も気にしませんから。佐々貴さんも気にされないでください」
「そ、そう?」
「はい。肩、お借りします」
「う、うん。どうぞ」
失礼します、と執行さんが身体を寄せてくる。
その瞬間。ふわりといい香りがした。
え?
なんであれだけ戦った後なのにこんなにいい匂いが? 私はたぶん臭いのに。
「……佐々貴さん?」
「うわ!? な、ななななに!?」
「い、いえ……。行きましょう」
「あ、そうだね! 行こう行こう」
不審そうに見つめてくる執行さんの視線には、一旦気が付いていないふりをして。
誤魔化すために努めて明るく笑いながら、柏ダンジョンの主の広間を後にするのだった。
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