15.八王子ダンジョン最深部へ
「管理事務所の方が仰っていた怪しい物陰とは、この猫のことだったのでしょうか?」
少し離れた位置にいる執行さんが首をかしげた。
視線をちらちらと私が抱っこしている猫に向けていて、随分と警戒しているように見える。
もうアンデッドではないと証明されているし、急に襲ったりはしないと思うけど……。
本当に猫が苦手らしい。
その様子に苦笑しながら答える。
「そんな気はするけどね」
「別にいますかね?」
「うーん。まだ一番下まで行ってないから、何とも言えないかなぁ」
八王子ダンジョンは、全部で地下5階層まである。
ここは地下2階。
地下3階、地下4階、地下5階と、まだ見ていない階層が3階層も残っていた。
報告では、怪しい物陰や物音があったということだけ。
具体的には分かっていないから、決めつけるわけにはいかない。
もしかしたら奥に進んでいけば、アンデッドがいる可能性も十分にありえるだろう。地下3階層以降にリザードマンアンデッド、そして最深部の主の広間にはキングリザードマンアンデッドがいても不思議ではない。
ともかく。
八王子ダンジョンの調査を命じられた以上は、最深部まで確認をしなくては。
その前に、この猫を何とかした方がしたほうがいいかも。
「みゃ~お」と三毛猫が緊張感のない鳴き声を発して、執行さんがピクッと肩を揺らした。
「その猫、どうするんですか?」
「うーん。一旦、ダンジョンの外に戻ろうか? このままだと続けられないし」
アンデッドと会敵する可能性がある以上は、このまま猫を抱っこしたまま調査を続行するのは難しい。動きにくいし、猫を巻き込んでしまう。
かといって、ここに放置するわけにもいかない。
幸いにも、ここまで何の異常もなかったし、アンデッドも出現しなかったから時間にはゆとりがある。一度、ダンジョンの外に戻るくらいの時間的な余裕はあった。
私の案に執行さんが頷いてくれる。
「分かりました。私もそれが良いと思います」
「それじゃあ、戻ろうか」
「はい」
踵を返して、ダンジョンの入り口へと戻っていく。
やっぱり魔物に出会うことはなく、異変もなく、すぐにダンジョンの外へ出ることができた。
管理事務所へ向かい、事務所の人に経緯を話す。そして三毛猫も預けて、改めて私たちは八王子ダンジョンの調査に向かった。
「……事務所の方、すごく驚いていましたね」
「そりゃあ、滅多にないことだから」
「そうなんですか?」
少し意外そうに執行さんが言う。
ダンジョンの入り口は基本的に扉や柵があるわけじゃない。
入ろうと思えば入れる状態だから、動物がダンジョンに侵入するのは良くあることと思ったのかもしれない。
「動物の侵入は年に何回かあるよ。だけど、今回みたいに奥にいたのは珍しいの」
「どうしてですか? 下の階層に続く道が分からないとか?」
「それもあるかもしれないけど、野生動物は人間には感じられない魔物の何かしら、もしくはダンジョンの何かしらを感じ取っているらしくて。中にいたとしても、入り口の近くにいることが多いし、基本はダンジョンに入ってもすぐに出て行くんだよね」
現在進行形で攻略をされている現役のダンジョンの場合は、場所にもよるけど人で溢れている。そんなところには犬も猫も寄り付かない。
私の説明を聞いて、執行さんは「なるほど」と納得していた。
「では、地下2階に猫がいたということは、このダンジョンの奥にはアンデッドはいないということでしょうか」
「そうかも。油断はできないけど」
その後、三毛猫を発見した地下2階層まで戻ってきた。
そこから改めて、地下3階、4階と丁寧に調査をして行く。
結局はアンデッドにも魔物にも、そして別の動物にも出会うことなく、私たちは最深層である地下5階にやって来た。
かつてはキングリザードマンが鎮座していたという主の広間付近に辿り着く。
渋谷ダンジョンのときは、主だったキングゴブリンのアンデッドと従っていたゴブリンがたくさん待ち構えていた。
けれど。
「……何もいませんね」
「そうだね」
そっと覗き込んだ主の広間は、キングリザードマンどころか普通のリザードマンもいない。がらんとした空間である。
十数年前に攻略されたままの姿を残した、もぬけの殻だった。
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