14.執行さんの弱点
八王子ダンジョンの1階層と地下1階層には特に異常はなく、私たちは順調にダンジョン内を巡っていた。
地下二階層に来ても異変は見当たらない。
「……ここも静かだね」
思わず、そうつぶやく。
独りごとのような小さな声だったけど、私と執行さんの足音以外には何も聞こえない静かな空間だから、はっきりと聞こえた。
……嵐の前の静けさってやつなのかな?
先日、キングゴブリンアンデッドを倒した渋谷ダンジョンと同じだ。
攻略済みのダンジョンらしく、魔物の気配のしない静かな雰囲気のダンジョン。
それこそ、津守さんや管理事務所の人が、犬や猫が迷い込んだのを勘違いして大袈裟に捉えていると疑いたくなるほどに。
だけど、途中でゴブリンアンデッドが出現したのだ。
だから油断はできない。
ここ八王子ダンジョンは、全部で地下5階層で構成されている。
主に出現していたのは、リザードマンという二足歩行のトカゲを模した魔物だ。
トカゲと言っても全長は2m以上あって、日本にいるトカゲではなくコモドオオトカゲに近い。頑丈な皮膚と鋭利な牙と爪を持っていて、その強さはゴブリン以上だ。
そして、このダンジョンの最深部である地下5階には、主であるキングリザードマンという魔物が鎮座していた。
映像でその姿を見たことがあるけど、それは最早トカゲなどではなく、ドラゴンと言ったほうがいい。だって火を吐いていた。火を吐くトカゲがいては堪らない。
だから、このダンジョンにアンデッドが出現するとしたらリザードマンとキングリザードマンになるだろう。
アンデッドも同じように火を吐くことができるのだろうか?
だとしたら立ち回りを考えた方が良いかもしれない。
なんて思っていると。
「――佐々貴さん、止まってください」
前を歩いていた執行さんが足を止めた。
「どうしたの?」
「何か来ます。下がってください」
執行さんが抜刀して、前を見据える。
私は執行さんから少し距離を取って、いつでも治癒魔法を使用できるように待機した。
執行さんが刀を構えた、その数秒後。
前方から、軽快に地面を蹴る足音が聞こえてきた。
人間の足音ではない。そりゃそうだ、今、このダンジョンに入っている人間は私と執行さんだけ。
というか、人だけではなくて、本来ならば魔物も存在していないはずなのだ。
……やっぱりアンデッドがいたのか。
そして、警戒する私たちの前に現れたのは――。
「――え、猫!?」
三毛猫だった。
俊敏に走ってきたかと思うと、私たちの前でピタリと立ち止まる。それから緊迫した空気を弛緩させるかのように「みゃお」と鳴いた。
そ、そんなことある?
正直なところ、ゴブリンアンデッドが出てきた時よりも困惑していた。
「佐々貴さん。アンデッドでしょうか?」
「違うと思うけど……」
「ただの猫ってことですか?」
「うーん」
だって、誰がどう見ても普通の三毛猫だ。
一応、猫の姿をした魔物も何種類か存在はする。だけど、そいつらは身体がずんぐりと大きくて、全然可愛くない。猫の片隅にも置けない生き物だ。
対して、目の前にいる猫はまさに猫。
ディスイズ猫。
これが猫でなければ、何が猫なのか。
迷宮保安官で、生まれながらに猫派でもある私が言うのだから間違いない。
まさか、ここで伏線を回収することになるとは。
本当に猫が迷い込んでいるとは思っていなかった。
だけど、執行さんは未だに警戒をしているらしい。
刀を構えたままだった。
「佐々貴さん。治癒魔法をお願いしても良いですか?」
「あ、そうだね。一応やっとこうか」
アンデッドなら消滅してしまうが、普通の猫だったら無害だ。
明らかにただの猫ではあるけど、ダンジョンで遭遇しているわけだし、念には念を入れたほうがいいだろう。
「斬りますか?」
「いやいやいや! ダメに決まってるでしょ!?」
たしかにアンデッドの可能性もあるけど、猫である可能性もあるのだ。
「普通にこのまま使うよ」
「そうですか。でも、万が一がありますから、私の後ろから使ってください」
「分かった」
「襲ってきたら斬ります」
「……う、うん」
執行さんの背中に隠れるようにして、三毛猫に近づいていく。
お願いだから動かないでね、と念じながら移動して、治癒魔法の届く距離にまでたどり着いた。
「じゃあ、行くよ?」
「はい。お願いします」
三毛猫に右手を掲げると、治癒魔法を受けたその身体が淡い白色に包まれた。
この猫がアンデッドならば、身体が光の砂に変化して段々と崩れていくはずだ。
…………。
「…………これは猫かな?」
「そう、みたいですね」
三毛猫の毛艶が治癒魔法によってピカピカになっていた。
これで迷い込んだ猫だと証明されたわけだ。
とりあえず、保護した方が良いだろう。このまま放置するわけにもいかない。
私が確保しようと近づいても、三毛猫はピクリとも動かない。
どうやら随分と人慣れしているらしい。
簡単に抱っこさせてくれた。
「よーしよしよし。可愛いねぇ」
撫でると嬉しそうに、人懐っこい声で鳴いてくれた。
「執行さんも撫でる?」
「ひっ」
「えっ?」
執行さんの顔がめちゃくちゃ引きつっていた。
ここから導き出される答えは一つである。
「もしかして、猫、苦手だったりする?」
「……少し」
「そうだったんだ。ごめんね」
「いえ……わたしの方こそ、その、すみません」
執行さんに、まさかこんな弱点があったなんて。
ていうか、執行さんもけっこう猫っぽいかも? と思ったけど、それは黙っておくのだった。
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