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第五話

 運がいいことに、宿舎までの道のりで誰にも会わなかった。宿舎も静まりかえっていた。自室へと移動しドアを開ける。

「どこでも自由に使っていいよ。お腹すいた?果物とパンくらいならあるけど…」

「…うん」

 彼女は果物を手に取ってそういった。ある程度信用してくれたのだろうか、口数が増えてきた気がする。

「お風呂は夜中使えないからごめんね」

「…うん」

「ベッドで寝るといいよ。僕は朝まで帰れないから」

 お腹がすいていたのか立ちながら無言で果物をかじっている。

「ごめんね。まだ仕事があるから。僕はもう行くね。」

 果物をかじりながら静かにうなずく。彼女を部屋に置いて、持ち場へと走る。自分の巡回ルートにトーマスがいたことを確認する。

「どこへ行っていたの?随分ルートから外れていたようだけど。」

「すみません。道を間違えて戻るのが遅れてしまいまして。」

「良いよ。初日だしね。はいこれ、防寒着。少しは温まるよ。」

「ありがとうございます。」

 少女のことは隠しておいた。軍に行くのを怖がっている様子だったし。トーマスと二人で夜の街の巡回を続ける。明かりがなく、会話も少ない、暗くて寂しい道筋を。

 昼頃日勤者と交代だ。この半日勤務は慣れているとはいえ、知らない土地でやるにはもう少し慣れが必要だ。自分が思っているより疲労感が強く、すぐにでもベッドに飛び込みたい。

 本部から少し離れたお店で食べ物をある程度買ってから帰ることにした。

「家には何もないし、僕がいない間も好き勝手食べられるくらいあった方がいいよな」

 そんな独り言をしていると、人ごみからある人物の顔をみた。向こうもこちらに気が付いたようで人を押しのけながらこちらへ来る。

「おはよう、いやこんにちは。かな、ケイルさん」

「ヴァルさん!奇遇ですねこんなところで会うなんて。」

「いえ。実は少し探していたところなんですよ。昨晩何かあったんじゃないですか?」

 背筋がぞっとする。何かを問いただす冷たい声色だ。

「何かって何ですか?」

「昨晩届くはずだった、ある者が来なかったので」

 そう言われ、昨晩部屋に連れ帰った女の子の顔が思い浮かんだ。

「ある物ってなんだ。兵士が一般人に仕事上のことをペラペラ言うわけがないだろう。」

 若干苛立ちつつそう返した。どいつもこいつも人を何だと思っているんだ。

「そうですか。今はそれでいいでしょう。また、うちに寄ってくださいね。必ず。」

 そう言い残してどこかへ行った。この街で初めて知り合いになった人物が悪人だとは誰が想像できようか。すぐに部屋に帰り、扉を開けると銀髪の少女が立ち尽くしていた。

「どうしたの?そんなところに立って…」

 よく見ると昨日と同じところに立っている。それどころか歩いた形跡がない。

「何してるの!?今までずっと立ってたの!?」

 思わず声を荒げてしまった。少女は突然の声に驚いて、震えていた。

「ごめん。いろいろあって疲れてて、その、申し訳ない。」

「…うん」

「ごめんね、どうしてベッドに行かなかったの?」

「…命令」

「命令?」

「されなかったから…」

「なっ」

 絶句した。そんな環境で生活を強いられていたことに。疲れなんて吹き飛ぶくらい驚いた。この子は、思った以上に深刻なのかもしれない。

「急には無理かもしれないけど、ここでは好きにくつろいでくれていいよ。寝たいなら寝ればいいし。お腹がすいたならご飯を食べればいい。」

「それは…」

「いいよ。何も言わなくて。ご飯食べよう。お腹すいたでしょ?」

「うん」

 少女を席に座らせて僕は立ってご飯を食べる。最初椅子に座ることを拒否されたが、「いいから、いいから」と無理やり座らせた。

「名前聞いてなかったね。なんて呼べばいい?」

「…アリス。」

「良い名前だね。よろしくアリス。僕はケイル。」

 昨晩は果物とパンが家に置いてあったので食事には困らないと思っていたが、ずっと扉の前で立っていて何も食べていなかったため、相当お腹がすいているのだろ。がっついている。

 よく見るとすごくかわいい。髪はぼさぼさだか、手入れすればきれいな髪になるだろうし。昨日はぱっと見で成人と判断したがこう見ると自分と変わらないくらいなんじゃないかと思う。

「あまり言いたくないならいいんだけど、どこから来たの」

 正直かなり言葉を選んだが、ちょっとストレートすぎたかな。

「ごめん。あんまり思い出したくないよね。ごめん。」

 食事が終わったところで。

「お風呂は…どうしよう。共同の風呂しかないんだよね…。あんまり人に見られたくないでしょ?」

「…うん」

「どうしようかな」

 宿舎には、個人用の風呂がない。このまま寝かせてもいいけど、体ぐらいすっきりさせたいだろうし。扉がノックされ、開かれる。そこには班長ロイク・バルディンが立っていた。

「どうしましたか?」

「急な招集だ。すぐに来い。どうしたその娘は?」

「ええっと…妹です」

「そうか。すぐ支度しろよ。」

「あの、」

「なんだ?」

「妹がお風呂に入りたいそうなんですけど。」

「?入れば良いだろ。どうして俺に声をかける?」

「一人じゃ不安みたいで…」

「何言ってる、どう見たって成人じゃないか」

「田舎の生まれでして…」

「…わかった。手の空いている奴に頼んでおくから早く来い。それとお前もシャワーぐらい浴びろ。」

 班長は部屋から出て行った。

「多分女の人が来るはずだから、その人にいろいろ聞いて。僕は少し出かけてくるけど、部屋に戻ったらベッドで休んでね。」

 アリスは首を縦に振った。

「じゃあ、僕は行ってくるから。」

 部屋を後にして、風呂場に向かい、シャワーと着替えを済ませて招集へと向かった。しかし、班長以外の姿が見えない。

「来たか。こっちだ」

 言われるがままについて行くとそこは2階層と3階層の門の前だった。

「ここから先は自分で行け。」

「どこへ行けばよろしいのですか?」

「まず、2階層にある警備隊の本部に行ってこい。」

「分かりました。妹をよろしくお願いします。」

「ああ」

 そこで別れて、本部へと向かう。流石は貴族が住まう2階層だ。3階層とは街のきれいさからして違う。そして、一つ一つの家がでかい。

 本部へと到着して、班長を名乗る男性と会った。

「君がケイルか」

「はい。3階層警備隊東地区第1班のケイルです。お呼びでしょうか?」

「正確には俺じゃないんだけどな。これかぶって」

 前が見えないヘルメットを渡された。

「これは?」

「いいから早く。係りの者が君を連れていく。」

「分かりました…」

 まさか、何かやらかしたのだろうか?思い当たる節が昨日の一件しかない。どうしよう。首が飛ぶのかもしかして。両脇に人が付き、逃げられない状況が完成する。そこから少し歩き、見張りが交代する。また歩き出す。かなりの距離を歩かされた感覚がある。

「よし。被り物をとって良いぞ。帰りも同じような感じだから勝手に帰るなよ。」

「はい。分かりました…」

 どうやら帰りが保証されているらしい。

 大きな中庭のようだ。中庭の真ん中には屋根がある柱だけの建物があり、テーブルと椅子が配置されている。そこには4人の男女が座っているようだ。遠目では誰か判別できない。近づいていくとそこへ座っている人物を認識することができた。

「なっ!?」

 第二王子と第三王女。それぞれの側近。この4名がいた。建物の前で跪く。

「招集に応じて参上しました。ケイルと申します。私に何か、御用でしょうか?」

 王子の方が最初に反応した。現国王の子供はみなまだ若い。最年長が19歳だ。目の前にいる第二王子は17歳で、第三王女は15歳。金髪で豪華な服を着ている。側近は二人、かなり強そうだ。赤髪と黒髪の側近、一般兵では買うことができない、高そうな鎧を着ている。

「端的に話そう。君僕の駒になってよ。」

「駒でございますか?具体的には…」

「そうだな…作戦会議をするには人数が足りない。まずは数人連れてきてほしい」

「どなたをお連れしましょうか?」

「さあ?私にも分からん。でも今後重要な人物になる」

「はあ。しかしどのような御仁かをおしゃっていただかないとわかりかねます」

「そうだな。この手紙を見て、意味が分かる者を連れてこい。」

 封筒に入った手紙を渡される。

「かしこまりました。このケイルにお任せください。」

「よし。確認しておくぞ。貴様『能力者』か?」

「は?能力?」

 何の話だ?能力…?

「いや、今は良い。手紙の件頼んだぞ。」

「は!必ず!」

「兵隊さんをこんな間近で見るなんて初めてね。」

 王女は特に用事があるわけではないらしい。

「いつも何をしていらっしゃるの?」

「はい。3階層の警備をしております。」

 王女は目を輝かせながら質問してくる。

「その剣を持たせて頂戴!」

「いいですが…」

 護衛の二人に目を合わせると肩をすくめたので了解を得たということにしておこう。

剣を鞘から出し、王女へと渡す。

「どうぞ」

「まあ!すごい!誰も持たせてくれないから!優しいのね!ケイル」

 刀身を見て感動しているようだ。

「姫そろそろ…」

 護衛の一人が声をかける。

「もう?しょうがないわね。はい」

 剣を戻されたので、鞘にしまう。

「妹が失礼したな。要件は以上だ。」

「かしこまりました。失礼します。」

「ケイルと言ったか。いい報告を期待している。」

 僕は深々と頭を下げて帰路につく。


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