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第四十一話

中村悠馬なかむら ゆうま視点


 いつの間にか眠っていたらしい。最近机の上で寝る習慣がついてきたのがよくないな。

「また、こんなところで寝て!」

「おはよう。玲奈。」

「おはようじゃないでしょ!」

 体を起こす。よく見るとここは家じゃない。会社だ。

「今何時?」

「10時。」

「そっか。」

「どこ行くの?」

「シャワー浴びてくるよ。」

 ここは僕が立ち上げた会社だ。小さなオフィスには僕と彼女。加藤玲奈しかいない。

 正直、オフィスを借りる必要はなかった。母が、格好がつかないからとオフィスを借りるように言ってきたので借りることにしただけだ。

 起きてもまだ眠い。電話がかかってくる。母からだ。

「もしもし。」

『もしもし?悠馬?どうして昨日は電話しなかったのよ!』

 いつものように怒鳴り散らす。

「昨日はちょっと疲れてて。」

『そんな言い訳はいいわ!』

「ごめんなさい。」

『まあ、いいわ。元気にしてるの?』

「相変わらず元気だよ。」

『そう。ならいいのよ。今日は帰れるの?』

「帰れると思うよ。」

『今日良い娘を紹介してあげるから。18時には帰ってきなさい。』

「分かった。」

 僕は、いくつになっても母の言いなりだった。仕事は会社を立ち上げないと認めないと言われるし。毎日電話を3回はしなくちゃいけないし。一人暮らしも許可されていない。ついには結婚相手にまで口を出すらしい。

 なんだ、この人形みたいな生活は。母は僕のことを花だと思っているんだ。自分が居なくては咲くことができない花。だから、いつまでも愛でている感じを出す。

「さっぱりした?」

「大分ね。」

「よかったね。はい、これ今日のスケジュール。」

「ありがと」

 加藤玲奈。彼女とは家が近所だったから昔から知っている。母は僕が彼女と仕事をしていることを知らない。友人関係がなくなっていく中、彼女とはずっと友達だった。だから、会社を立ち上げる時には声をかけた。二つ返事で了承してくれたので雇うことにした。

「今日は早く帰らなきゃ。」

「どうしたの?」

「母さんが今日は18時に帰って来いって。」

「厳しいわね。」

「ほんとにね。」

 急いでやらなくてはいけない仕事を片付ける。二人しかいないオフィスにはキーボードの音が響くだけだ。

「疲れた…。」

「大丈夫?」

「何とか大丈夫…。」

「最近ため息が多いよ。」

「そうかな?」

「いつもため息ばっか。何かあったの?」

「母さんが、結婚相手を紹介してくるんだよ。今日会うので3人目。」

「何それ。」

「ほんと変わってるよ、うちの母親。」

「そうだね…」

「結婚相手は母さんが気に入った子から選ぶんだ。僕の意見は関係ない。なのになんで僕が同席しなきゃいけないんだろうね。」

「悠馬はそれでいいの?」

「何が?」

「いつも母親に縛られて。」

「もう、慣れたから…」

「そっか…。そうなんだ…。」

 嘘だ。こんなことをされて慣れるわけがない。給料だって母が管理して。休みも母が管理して。休日は家から出してもらえなくて。こんな生活はいつまで続くんだろう。早く楽になりたい…。

「結婚したくないの?」

「ん?」

「結婚。」

「できたらしたいけど…。」

「なら、私は?」

「は?」

「私は候補に入らないの?」

「な、なに?」

「私はお嫁さん候補に入れてくれないの?」

「そ、それは…」

 母が許さないから。なんて言いかけてやめた。どこかで自分から、行動しないといけない時が来るのかな…。

「ねぇ、悠馬。」

「なに?」

「どうなのって。」

「だから、それは…」

「お母さん?」

「そう…。絶対許さないし…。僕と結婚するよりいい人いっぱいいるよ。ほら、玲奈はモテるからさ。」

「悠馬はどう思うの?」

「僕?」

「私のこと。」

 ずっと好きでした。なんて言えればいいのにな。言葉に出そうとすると母の顔が頭によぎる。こんなに自分の気持ちを制限されていたのか。

「どうなのって。」

「今日はよくしゃべるね。」

「そう?私はおしゃべりな方だよ。」

「ご飯にしよう。」

「その前に答えて。」

「どうして、そんなにこだわるの?」

「悠馬が取られるから。」

「い、いや…」

「悠馬は?」

「え?」

「私が他の人に取られたらどう思うの?」

「僕は…嫌だ…」

「よく言えました。」

「そんな子供みたいに…」

「ほらお義母さんに電話、電話。」

「でも…」

「はい」

「え…」

 もうすでに電話をかけていた。

『もしもし?悠馬?』

「も、もしもし…。」

『今日は連絡が早いじゃない。良い兆候だわ。どうしたの?』

「ぼ、僕…」

『なに?』

「あの、、、」

 玲奈と目が合った。やさしい顔色に、きれいな茶髪、その女性らしい仕草に惚れていた。僕が一人になっても声をかけ続けてくれた聖人でもあった。

「僕、好きな子ができた。」

『は?何言っているの!』

 電話越しの怒鳴り声は頭に響く。

『母さんが決めてあげるって言ってるじゃない!なんで分からないのよ!あなたには人を見る目がないから!母さんが決めてあげてるんでしょ!昔からそう!近所の女みたいなやつでしょ!絶対に認めせんからね!』

 ここまで言われて、自分の中で一歩踏み出さなければいけないと何かが叫んだ。

「僕…俺、結婚するから。」

『何馬鹿な事言ってるの!』

「もう、家にも帰らない。」

『何を言ってるの!母さんはあなたのことを想っt』

 電話を切った。何度もかけなおしてくるので連絡先を消して。

 この気持ちはなんだろう。スカッとしているような。ムズムズしているような。何とも言えない開放感が自分に纏っているような気がする。

「ご飯食べに行こう。」

「仕事は良いの?」

「今日は休みにする。お腹が空いたからね。行くよ、俺のお嫁さん。」

「うん…!」

 彼女の手を引いて、昼間の空気を吸いに行く。暖かい風が新しい生活の背中を押してくれる。

 母と言う名の花瓶から飛び出した花は、どこまでも遠くまで飛んでいく。咲く場所を自分で選ぶ花は誰よりもきれいに咲くことができるだろう。ここからのやり直しに俺は素直に期待する。


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