第四話
後ろから近付いてきたのは銀髪の少女。僕は剣の柄から手を離す。明かりを向けてみると、髪はぼさぼさで、服もボロボロだ。このあたりでここまで貧困そうな家庭はあるはずないんだが…。身長は僕の胸くらいで多分そんなに年齢差はないだろう。
「どうかしましたか?大丈夫ですか?」
明るく声をかける。でもどうしてそんなに怯えた目を向けるのだろう。彼女は何も口にしない。
「道に迷いましたか?」
彼女は何も答えない。
「僕は警備隊のケイルです。お嬢さんお名前は?」
彼女は何も答えない。いや、警備隊という名前を出した瞬間怯えた目は、敵意に代わり、体を震わせている。最大限の抵抗と言ったところか。
「ええと…大丈夫です!僕が家まで送りますから。どこから来ましたか?」
質問ではなく尋問と思っているのだろうか。どう頑張ってもこれ以上言葉の引き出しが出てこない。すると後ろから声をかけられる。
「ああ~こんなところにいたのか~」
暗くてあまり見えないが男性の声だ。嫌に不気味で、これ以上聞いていたくない。そんな声色だった。
「この方の保護者ですか?」
「そうなんですよ~。いや~見つかってよかった。さあ、帰ろか~」
彼女は僕がしゃべりかけていた時よりも震えがひどくなり、その目は絶望を見ていた。妙に思った僕は男に問いただすことにした。彼女を自分の背中に隠すように立った。
「怯えているようですが、本当に保護者の方ですか?」
「なんですか~。いやですね~。さっき叱ったのがよくないのかな」
「尋常じゃないくらい震えていますけど?」
「そりゃ~こんな夜中に、そんな恰好でいれば誰だって寒いですよ~」
改めてみると、体中傷だらけでやせ細っている。確かに寒そうな格好だが、震えの原因は別にありそうだ。
「あまり信用できないので、一度本部でお話を聞いてからでもよろしいですか?」
「いや~困ったねぇ~。そっか、そっか。あんまり手荒な真似はしたくないんだけど。」
男はいつの間にか剣を鞘から出していた。その姿を見たときに、僕では勝てないと悟った。
「なんの真似ですか?」
「お兄さんさ、舐めているんじゃない?人のこと。すぐその子を渡してれば何もしなかったのに。弱いくせにさぁ。」
鞘から刀身を出し、構える。
「最後の警告です。剣を収めて下さい。今収めてくれれば見なかったことにします。」
「お前…むかつくな」
相手の殺気が全身を包む。やばい。多分勝てる、勝てない関係なく、勝負にならないかもしれない。それほど実力差を感じる。援軍を待つか…どうする!?僕がびびっているのを感じてか彼女は僕の服の裾をぎゅっと握って
「たすけて…」
耳を澄まさないと聞き取れないくらいか細い声だった。その目にはかすかに希望を見ていたのかもしれない。僕は邪念を振り払い。
「この子がこんなんになるまで何をしたんだ」
「ああ、もういいか~。その子はねとある御仁の奴隷なんだよ~」
「どれい…?なんだ、それは!?」
「人間を家畜みたいに金で取引される物だよ」
「なんだ、それ…人をなんだと思っているんだ!」
「こっちからも一言、言わせてくれよ。ガキ。てめぇみたいな世間知らずがいちいち口を出すんじゃねぇよ」
怒りがふつふつと湧いてきて、体温が熱くなってくる。人を売買するなんて許されるわけがない。この子も散々ひどいことをされてきたんだろな。
「ぶっ殺してやる!!」
自分から出たのは思えない言葉に若干驚きつつ、でもそれが今の自分のすべてだった。
「いい度胸だよ。このガキ。年季の違いを見せてやる。」
『どうしたい?』
空耳かと思った。でも空耳にしてははっきりと、少女が発したにしてはかすかな、人間離れした声だった。でも自然と自分がしたいことが声に出ていた。当たり前のように。誰かとしゃべっている感覚で。
『殺せ』
こちらに向かって突進してきた男は一瞬でつぶれた。いや、何かに押しつぶされた。目の前で木っ端みじんになった。自分でも何が起こったかわからない。
「なんだ今の…?」
少女の安全確認をするために後ろを振り向く、すると足が地面から外れて、いきなり膝が地面に吸い込まれるように落ちて、四つん這いになった。
「…?」
「だい…ぶ」
少女が何かをしゃべっている。でもはっきりとは聞こえない。すぐに立ち上がろうとしてもなぜか力がはいらない。目から水が流れていく感覚が頬を伝う。地面に水滴が垂れるとそれは真っ赤な赤色をしていた。
「なっ…」
言葉も出ない。鼻からも赤い液体が流れ出ていて、気分も悪い。急に吐き気を催し、何かを吐き出す。それは真っ赤な物体だった。それを見た瞬間、目の前がぐらぐらと揺れ始め、体を支えている四肢が、がくがくと震え始めた。どんどん口の中ら赤い物体が出てくる。お腹がへこんでいくのを感じる。心配している少女が体に触ったのかついに四肢が限界を迎え、地面へと転がった。
目の前が真っ黒な空間に変わった。目の前には4つの椅子が並んでいるだけ。椅子の向こう側から誰か歩いてくる。
「やあ。大丈夫?」
それは金髪の幼女だった。でも、どこか人間ではないような気配がする。そういえばさっきまで体を支えることすらできなかった手足が元に戻っている。体の不調もそうだ。元の元気な姿を取り戻している。
「大丈夫そうだね。よかった。間に合って。」
「どういう意味だ。」
「そのままの意味だよ。まさか君だけ失敗していたとはね。誤算だった。申し訳なく思うよ。」
「は?もっと詳しく説明してくれよ!」
「気が立っているね。無理もない。さっき本当に死にかけたのだから。でも、ごめんね。すべてを説明している時間はないみたい。僕も力を完全に使えるあけではないからね。」
次の言葉を発しようとしたが、それは声に出ていなかった。
「もう限界みたいだね。これだけは伝えておくね。応援してる。僕の元まで必ず来られるように。」
目の前は真っ暗な空間ではなく、夜の街だ。もう全身の倦怠感も痛みも何もない。体を起こし、お腹を触る。
「何もなかったみたいだ…。そうだ!女の子は!?」
少女はわけが分からないみたいな顔できょとんとしていた。僕の横で座っていたらしい。
「大丈夫?けがはなかった?」
「…うん」
「よかった。ごめんね。怖かったよね。ええと…帰れる場所がないんだっけ?どこか行けるあてはある?」
少女は首を横に振る。
「そっか…僕にも頼れる相手がいないからな…。一回本部に戻ってどうするか決めてもらおう」
立ち上がろうとした瞬間、服を握られて少女が首を横にさっきよりも強く振った。目には涙が溜まっている。
「そうだね。あんなに怖い思いしたら不安だよね…。じゃあ、僕の家に泊まる?」
少女はつかんでいた僕の服を離し、何も言わずに立ち上がった。それを見て僕も立ち上がった。
「じゃあ行こっか。」
自分が座っていた場所を見るとそこはただの道になっていた。赤い水たまりもなくただ誰かが座っていただろう跡が残っているだけ。その代わり少女を狙っていた男の血しぶきが広がっていた。