第三十四話
「話がある。」
ヴァルのその真剣な眼差しはここに居る者を奮い立たせた。
「今度の戦いの話だ。」
ヴァルは話を続ける。
「俺、エリドア、リオナーの3人で『能力者』を少なくとも2人は殺さなくちゃいけない。」
「なんで『能力者』が王都に居るってわかるの?」
「勘。」
「大雑把な…」
「次が最後になる気がする。【フロストホロウ】で村に噂を流していた兵士が居たらしい。これは、王女を殺すための布石だと思う。だから、俺たちが【フロストホロウ】で戦闘しないことは向こうも分かっているはずだ。上級貴族を一人殺したところで何も変わらない。だから、戦力を王都に集めると思った。」
「なるほどね。」
「『能力者』は7人。復活していることも考えて8人ってとこか。」
「そうだな。一人当たり2,3人だな。」
「そうっすね。」
「そこで、俺の『花園』はあまり期待しないでほしい。」
「なんでっすか?」
「全員を回復している余裕がなくなってきた。」
「?」
「おそらく、回復した分だけ俺が代償を払わなくてはいけない。その代償で体にガタが来ている。」
「そうだったんすか…」
「だから、これ以上は回復できないと考えてほしい。」
「了解っす。」
「分かった。」
エリドアもリオナーも分かってくれたらしい。
「皆すまない。巻き込んで…」
「どうした?リオナーいつもより辛気臭い顔して。」
「いや、ここまで巻き込んでおいて誰かを悪役にするしか自分を抑えられなかった。その覚悟もなしに皆を巻き込んだ。その一人として謝罪させてほしい。」
「いちいち気を使うな。そんなことで。」
「…だが」
「もうないものは、無い。全員が覚悟を決めてこの戦いに身を投げた。誰にも言い訳することはできない。自分を呪うことでしか自我を保つことができない。」
「そうだな…」
「俺たちには後がない。ここの誰が死んでも俺たちが忘れずに明日へ持っていく。それだけで十分だろ。」
「そう言ってくれてありがとう。」
「ああ。」
「僕には嫁がいたんだ。」
トーマスは独り言のように話始める。
「嫁は正義感の強い人でね。いつも僕は怒られていたんだ。でも、奴隷の男の子を救えなかったあの日に、彼女は家を飛び出して少年を助けに行ったんだ。でも彼女は帰ってこなかった。」
無言でその話を聞く。暗い森の中少しの明かりだけを頼りに。
「僕は追いかけたけど彼女は見つからなかった。後日死体で見つかってね。誰の仕業か今でも分からない。僕はこの戦いで自分の過去を清算したかったのかもね。」
「ほらな。全員が自分の大切な何かをかけて戦ってる。お前らが気負う必要は何もない。」
「ありがとう。心が軽くなる。」
トーマスの話は初耳だった。だからこそ、みんなに結束力を生み出したのかもしれない。
「今日は寝ようか。僕が今晩は見張りをしておくよ。」
「分かりました。」
「ああ。」
「了解っす。」
「助かる。」
おそらく一人で居たい気分なんだろう。これ以上はここには居れない。馬車の近くで眠る。冷たい風が体温を奪い、心を温かくする。この感覚はどこでも味わえるものではないだろう。
一か月後王都へと到着する一台の馬車があった。堂々と走るその姿は誰もが視線を向けた。大通りを進むその馬車には6人の男が乗っていた。ケイル、ヴァル、トーマス、リオナー、エリドア、フェルガス。そう、僕たちの馬車だ。
リオン、アリス、エラリアは村に置いてきた。王家をまだ信じている村があったらしい。そこに3人を預け、僕らは戦いへと向かう。これが最後になることを信じて。
検問のために馬車を降りる。その堂々とした立ち姿に誰もが鼻で笑うかもしれない。罵声を浴びせるかもしれない。軽蔑の眼差しを向けるかもしれない。でも覚悟を持ったその目を笑うことはしないだろう。
「貴様ら!止まれ!」
兵士が近づいてくる。
「『焔』」
暑い太陽の下で炎をまき散らす。もちろん攻撃は当てない。目くらましで王都へと侵入する。
「各々やることをしろ。集合場所に来なかった奴は死んだとみなす。」
アイコンタクトを交わし別れる。全員で王宮を目指す。
3階層を突破し、2階層へと走る。追手がどんどん多くなっていく。無駄な殺生はしない。先日決めたことだ。逃げ続ける。『能力』を温存しておく必要もあったからだ。
「止まれ!貴様ら!」
屈強な男たちが立ちふさがるが無視する。2階層を抜け、1階層へと到着する。待ち受けていたのは獣のような耳を生やした女性だった。
「ここまで規則を破るとはいけない子ね!」
「私がやろう。」
フェルガスが前に出る。
「あいつ…『能力者』だぞ。大丈夫か?」
「時間を稼ぐくらいできるさ。ここでセラフィナ様を救えなかった罪滅ぼしがしたい。」
「…分かった。」
「行け。」
フェルガスを置いて走り始める。
「こっちが近道だ。」
地理を把握しているリオナーが先導してくれる。
「行ってしまうの?悪い子たちね!でもいいわ。ここはあなたの顔を立ててあげる。私はゼクス。よろしくね。」
「フェルガス。行くぞ。」
後ろから声が聞こえる。やまびこのように心に反射する。これが彼との最後になるかもしれない。
振り返るなんて無粋なことはしない。そう決めたから。




