第三十三話
・ケイル視点
家に帰るとお通夜モードだった。あんなに再開を喜んでいたアリスとリオンに笑顔はない。フェルガスもここにはいないようだ。エリドアとエラリアは放心状態と言ったところか。
「?」
「セラフィナ様…?」
床に転がっているセラフィナを発見したリオナーが一言目を発する。
「セラフィナ様!どうしたんです!」
その目には光がなかった。死んでいる。トーマスも場を理解しているようだ。
「誰か説明できる人は居る?」
「村長がセラフィナを…」
エラリアが、か細い声で軽く説明した。その瞬間とんでもない殺気をリオナーが出した。
「どこに居る…」
「リオナー?」
「そのジジイはどこに居る!」
「落ち着きなよ。ヴァルはどこ?フェルガスも見当たらないけど。」
「2人は出て行ったわよ。フェルガスは馬車を手配してくれるみたい。」
「そうか。ありがとう。リオナーにお茶を出してあげて。」
トーマスはすごく冷静だ。怖いくらいに。
「わ、分かったわ。」
エラリアが厨房へと走っていく。
「何…言ってる?」
「喉、乾いたでしょ?」
「は?」
「あんなに歩いたから喉乾いているでしょ?」
「お前…死人が出ているんだぞ!なんでそんなに冷静なんだよ!セラフィナ様は戦闘員じゃないからか!?」
「君は身内に被害が出た瞬間声を荒げるタイプかい?」
「はぁ!?」
「ヴァルはシルヴィアを失った。」
「それは…」
「エリドアはサリナを失った。」
「…」
「ケイルは帰る家族を失った。」
「…。」
「アリスは心を失った。」
「…。」
「リオンは姉を失うところだった。」
「…。」
「ロイクやマルリックは命を失った。」
「…。」
「エラリアは帰る故郷を失った。」
「…。」
「僕たちは仲間を失っている。そんな中でも必死に前だけを見続けて歩いてきた。そんな中自分だけが被害者の皮を被り、周りを復讐のために振り回すのかい?」
「それは…」
「辛いのは分かってる。でも、村長を殺したところで何かが変わるのかい?この状況が一変するのかい?鬱憤が晴れるのかい?そうじゃないだろ。なんで全員が大切な人を失ってまでここまで来たのかを忘れないでほしい。誰もが輝く明日を見たいからだよ。奴隷反対運動にかかわった理由を忘れないでほしい。」
「…。」
「喉乾いたでしょ?ゆっくりと飲みなよ。そして、落ち着いて。」
「…分かった。」
エラリアが飲み物を人数分運んできてくれる。全員が飲み物を飲んで一息つく。
「すまない。皆を巻き込んだ一人なのに、こういう覚悟すらできていなかった。悪かった。」
「僕こそごめんね。きつい言葉を言ったね。」
「いや、冷静になれた。助かる。」
「良いんだ。年長者の役目は嫌われることだからね。」
フェルガスが乱暴にドアを開ける。
「馬車の用意ができた。ヴァルはどこだ?」
「ここだ。フェルガス。」
外から声が聞こえる。
「出発するんだろ?もう行けるぞ。」
「分かった。全員荷物をまとめろ。出発するぞ。」
先ほどついたばかりなのにすぐに行くということで片づけるほどの物はない。馬車に乗り込む。フェルガスとヴァルは喧嘩ムードだ。
「どこへ行く?」
「王都だ。やっぱり、王様を殺すことが一番早い。失うものもないしな。」
「分かった。」
馬車は走り始める。ここまでの惨劇を目の前にするとアリスのことが心配でしょうがない。いつか別れの時が来るのだろうか。静かに目をつむる。
・リオナー視点
正直全然考えていなかった。自分が居ればセラフィナ様を守れると考えていた。だって自分には『能力』があるから。でも前の戦いでも全然ついていけなかった。初めての『能力』戦でも自分は優良だと思っていた。でも足を引っ張ることしかできなかった。
なんだろう。とても眠い。今にも夢の中に引っ張られそうだ。いつの間にか眠ってしまう。
そうだった。自分は家柄に恵まれていた。父は誰でも知っている会社の社長だった。母は若いころアイドルをしていた。だから、周りからはちやほやされていた。でもいつも嫌いな言葉があった。
「良いよな。そんな家庭に産まれて。」
この言葉はよく聞いた。言ってくる奴は様々だった。良い奴の冗談。悪い奴の意地悪。感心のない奴の暴言。これに対して僕はいつもニコニコ応対するしかなかった。だって、別に僕がすごいわけじゃない。両親がこれまで頑張ってきただけなのになんで僕がそんな皮肉みたいなことを言われなくちゃいけないんだ。
いつもこんなことを思っていた。少しでも目立つと言われる。少しでもいい評価を貰うと言われる。少しでも友人関係を築くと言われる。どうすればよかったのか。
大学を卒業して地元を出れば関係なくなると思っていた。思いたかった。でも父は自分の会社に息子を入れたかったらしい。勝手に面接の時間を取らされて、すぐに内定が決まった。周りから祝福された。ニコニコ笑うしかなかった。
就職先でもいつも陰口が横行していた。笑うしかなかった。笑う時間が嫌いだった。ニコニコしなくてもいいところに連れて行ってほしかった。
紐を買うまで時間はいらなかった。輪を作り、そこへ首を入れる。
空間に意識が出る。4つの椅子が並び、3人の女性が座る。セラフィナ様、シルヴィア、サリナ。一つの空席には誰も座らない。
「3人目。」
金髪の幼女が姿を現す。
「?」
「ふふふ。やっぱりこの順番だったんだね。」
やけに上機嫌だ。
「誰だ?」
「僕?そんなことよりも目の前の彼女との再会を喜んだら?」
「答えになっていないぞ。」
「答えなんていらないでしょ?」
「何?」
「じゃあ、なんて答えれば満足するのかな?」
「それは」
「正体を知ったところで君たちに歩みを止めることは許されないんだよ?なのになんでここに来た人は、みんな開口一番僕のことを聞くのかな。」
「…何が目的なんだ?」
「映画…公開初日に映画を見た人がネットで内容をネタバレしちゃうことがあるでしょ?」
「?」
「今そんな気分。」
「は?」
「答えを言いたくてしょうがない気分だよ。僕のシナリオはほとんど完成しているから。言ってしまおうかな…。でもなぁ~。」
「なんなんだ…」
「ごめんね。一人で盛り上がってしまった。謝るよ。君とはしなければいけない会話が無くて助かるよ。」
「な」
声が出ない。なんだこの感覚は。
「じゃあね。ヒントをあげるよ。」
「僕は誰を地獄に落としても君を救って見せる。」
「これくらいしか今は言いたくない。」
「頑張ってね、ここでみんなに会えることを楽しみにしているから。」
薄れゆく景色の中で誰かがしゃべっている。
目が覚めると馬車は走っていた。もう日も昇っている。
「今日は遅いな。リオナー。」
「今日は熟睡できたみたいだ。」
全然熟睡なんてできていない。夢を見ていたはずだ。何も記憶にないのにしっかりと感覚だけ覚えている。何か重大な何かを忘れている。忘れてはいけない何かを。手放してはいけない記憶を。
・ケイル視点
いつも通り夜は交代の見張りだ。あまりみんな眠れていない。緊張からなのか、居場所がない恐怖からなのか。もう、どこに居ても安全とは言い難い。
「横良いかな?」
トーマスが話かけてくる。
「オイラもいいっすか?」
続いてエリドアも加わる。
「どうぞ。」
2人は座る。森の中は月の見えない暗闇で支配されていた。
「次が最後になりそうだね。」
「どうしてですか?」
「王様を殺しに行くんだよ?最後になってほしいよ。」
「そうですね。」
「次は負けないっす。」
「頼むよ。君たちが勝利の鍵だからね。」
「了解っす。」
みんなどこか表情が暗い。それもそうだ敗走に続き、王子・王女の脱落。これ以上ないバッドニュースがこの場がよぎっている。
「そういえばアリスとはどうなの?」
「どうって…」
「やっぱりこういう話は本人からしか聞けないからね。」
「きもいぞ。おっさん。」
「ヴァル!」
「こんなところで恋バナか?」
ヴァルが歩いてくる。リオナーを連れて。疲れた顔で。老け顔と言い換えてもいい。どうやら真剣な目つきのように感じる。




