第三十二話
旅の途中でアリスがようやく目を覚ます。
「おはよう。大丈夫?」
「うん。寝てたの?」
「長い間ね。」
「そっか。大丈夫だった?」
「大丈夫…ではなかったかな。」
「…そっか。」
アリスも周りの空気を察したらしい。死体は流石に馬車の中には入れておけないので埋葬した。アリスが一人の人物に目を向ける。リオン。彼女の弟だ。
「…お姉ちゃん!」
リオンの目には涙が溜まり、そのまま床へと落下する。
「リオン!?」
驚きの再開に目を見開いている。リオンはアリスの方へ駆け寄り体にしがみつくように抱き着いた。
「会いたかった…!」
「私も、リオン」
姉弟の感動の再開に感動する。僕も弟が生きていたらこんな感じの空気を流せただろか。二人は会話をする今までの語られなかった家族の話を。
【フロストホロウ】は雪が年中降り注ぎ、冷たい風が旅人を迎える寒い場所だ。作物も十分に育たないその場所は酪農が盛んにおこなわれている。寒さの中でも動物は元気に今日も荒野を駆ける。氷が取れる唯一の地域でもある。この氷は王都でも見ることができる。
馬車は都市には入らず、村に泊めてもらうことにした。指名手配中にも関わらず快く宿泊を承諾してくれた。
「ルシアスを迎えに行くぞ。」
「どこへ?」
「上級貴族、アルヴァロス邸だ。」
「でも、こんな状況で上級貴族に会いに行ったら戦闘になるよ。」
「最小の人数で迎えに行く。俺とエリドアで迎えに行く。」
「分かったっす。」
「分かった。」
「私は食料を買いにく。長旅で、もう何もない。」
「そうだな。頼んだ。」
ヴァルとエリドアはアルヴァロス邸へ。リオナーとトーマス、僕は買い出しへ。フェルガス、エラリア、リオン、アリス、セラフィナは居残りだ。
・ヴァル視点
寒い。この地域の人間はよくこんな寒さの中で生活できるな。着込んでも着込んでも冷気が体温を奪っていく。
顔を目立たない程度に隠し、都市部へと入っていく。エリドアには何かあったらすぐに俺を担いで逃げるように言ってある。この前もエリドアが居なかったら全滅していた。また助けられてばかりだな。
上級貴族の館に行く前にある、広場に出た。大きなオブジェが立っている広間には多くの人間が集まっていた。賑わうその中心には一つの生首があった。その首の人物には見覚えがあった。ルシアス・アルカンシア。第二王子である。
「なんだと…」
もう血は固まり、いつか見たきれいな金髪も汚れてかつての上品さがない。いつも謝ってばかりの王子はどこにもいない。
「これ、なんの集まりなんだ?」
近くの男に話しかける。エリドアは絶句して動けなくなっている。
「ん?あいつは地方の貧民を奴隷にしていた悪い王族なんだよ。こうなって当然さ!この前路地裏で殺されているのが見つかってな。おそらく、貧民が殺したんだろうさ。だから、ここに上級貴族様がここに飾ってくださったのさ。もう人さらいの悪魔はいないってな」
そういうことか。あの噂を出したのは生かし続けるわけではなく誰かに始末させるいつもりだったのか。
「なんだ?兄ちゃん。あいつに恨みでもあったのか?」
「そんなところだ。よかったな悪魔が居なくなって。」
「ほんとだよな。死んだ程度じゃ納得できないやつも多いだろうがな。」
「ああ。そうだな。」
ここを離れる。気分が悪いのか、『花園』の影響で体調が悪いのかよくわからない。最近何かあっても動じなくなってきた。これも老けている証拠なのか…。咳をする。血の付いた咳を。
家に戻ると、中は騒がしくしていた。ドアを開けるとそこにはセラフィナが血を出しながら倒れていた。
・セラフィナ視点
暇になった…。リオナーが出かけると言うから「ついて行く」って言ったら「ダメです!」と怒られた。もっと構ってほしい。彼はいつでも厳しい。でもそれが良いなって思った。私は産まれたときから権力があったから他人に厳しくすると誰の首が飛ぶかわからない。だから何か小言を言われたとしてもニコニコ笑ってごまかしていた。
そんな中、彼だけが叱ってくれた。私だけじゃなく、私に小言を言ってくる人たちにも。だから素直にいつでも甘えた。でも最近はそんなにしゃべっていない気がする。忙しそうだから。本当はもっとお話をしたいけど邪魔をしてはいけないと思っている。もうすぐ兄さまも帰ってくる。だから大丈夫。リオナーと話をする機会くらい回ってくる。
暇を謳歌しているときに、背中から痛みが入ってきた。振り向くとそこには、この村の村長が立っていた。血走ったその目には私しかとらえていなかった。
激痛の中床に倒れ込む。硬い床に眠ることは辛いはずなのに、どこか心地が良い。
音が後から聞こえてくる。誰かが何かを話している。リオナーはまだ帰ってこないのかな…。
・ヴァル視点
「おい!何してる!」
村長が拘束されていた。アリスとフェルガスが血の付いた床に対して何か言っている。
「村長がセラフィナ様を刺したんだ…。」
フェルガスが震える声でしゃべっている。
「王家の人間がわしの娘を奴隷にしたんじゃ!」
そうか…。どこに行っても救いがないな…。
「村長を離してやれ。」
「なぜです!あなたはこの状況で何を言っているのですか!?」
「リオナーたちが帰ってき次第ここを出る。」
「何を言っているのかわかりません!」
「後で話す。今はしゃべるな。」
「な!?」
フェルガスが激昂する理由も分かる。でも、ここで反撃すれば何も知らない人を傷つけることになる。
「村長、あんたの目的は達成できただろ。ここを出ていけ。」
殺気のこもった声に驚いた村長が逃げるように走っていく。
「何を考えている!」
フェルガスに胸倉をつかまれる。
「セラフィナ様が殺されたんだぞ!目の前で!私の目の前で!」
「それを防ぐのがお前の仕事だったはずだ。それをできなかった自分を呪え。」
「…」
正論には誰も言い返せない。フェルガスは悪くない。こんな状況まで追い込まれているとは知らなかった。俺たちに居場所なんてなかったんだ。安住できる地域なんてなかったんだ。安心する寝床なんてなかったんだ。
「しばらく外に居る。馬車を準備しろ。」
「…分かった。」
納得していないフェルガスを横目に家を出る。しばらく歩いたところに村長の家があった。そこを訪問する。
「邪魔するぞ。」
「な、なんじゃ!」
「別に何もしねぇよ。」
床に座る。
「奴隷の噂、どこで聞いた?」
「そ、それは教えてもらったんじゃ!」
「へぇ、誰から?」
「なぜ、悪魔のようなお前たちに教えなければならんのじゃ!悪いのはお前らの方じゃろ!」
「そりゃそうだ。」
「っ!馬鹿にしておるのか!」
「そんなつもりで来たわけじゃない。ただ、情報が欲しいだけだ。」
「…ある日、兵士が訪ねてきたんじゃ。その兵士に言われた…」
「そうか、助かる。」
村長の家を出る。咳込む。喉に何かが詰まっているのか…。手のひらを見ると血がべっとりとついていた。
「もう、ダメかもな…。」
誰も聞いていない独り言をささやく。セラフィナが死んで悲しくなかったわけじゃない。でも、このまま行くと誰もが目的を忘れそうだったから。死者に同情するとそのチームは崩壊する。復讐を目的とするとそのチームは崩壊する。快楽のまま行動するとそのチームは崩壊する。
今まで積み立てたものを俺たちが否定するわけにはいかない。フェルガスやリオナーは怒るだろがしょうがない。割り切ってもらうしかない。そろそろ買い出し担当が帰ってくる頃か。嫌な役ばかりさせられるな。
シルヴィアに一目でいいから会いたい。声が聞きたい。体温を感じたい。誰でもない彼女の笑顔を見ることができたなら俺はもう一度立ち上がれる気がする。
誰もいない道を一人で歩く。周囲には誰もいない。動物の泣き声だけが空間に広がる。
「しょうがないだろ…。クソ…。」
誰にしゃべっているかわからない。言い訳をしたかった。俺にだって救えなかった者が居るのに、自分の番になった瞬間、俺に刃を立てるんじゃねえよ。言い訳だらけのこのチームは誰が支えるのだろうか…。




