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第三十一話

・ヴァル視点


 目の前の獣のような男は、信じられない速度と力で圧倒してきた。ロイクが死んで生き返って。マルリックが死んで生き返って。俺が死んで生き返って。何度斬られたかわからない。『能力』の内容が把握できない。純粋な力負け。

 人間の背丈ほどの大剣を棒みたいに振り回す。こちらの剣はすべて折られた。アハトはもうここにはいない。『花園』がなければ戦いにすらなっていなかっただろう。

 壁に押し付けられる。壁をぶち抜き、正面まで持っていかれる。エリドアと目が合った。


・エリドア視点


「て…た…」

 飛んできたヴァルが何かをしゃべっている。その口の動きから「撤退」と読み取ることができた。

「『遅延』」

 力いっぱい『能力』を発動する。

 周囲が完全に静止する。孤独の世界が広がる。ヴァル、トーマス、リオナーを館の外へと運ぶ。

 静止した世界が動き出すと、獣のような男がこちらに振り向く。

「待て。ツヴァイ。それらは私の獲物だ。」

「黙れ。」

 フュンフとツヴァイが喧嘩を始める。

「『花園』」

 4人とも回復する。

「一回戻るぞ。これは勝てそうもない!」

「私はケイルを回収しに行く。」

「エリドアはロイクとマルリックを拾いに行け。」

 トーマスはリオナーと。ヴァルは馬車を回収しに行く。

「『遅延』」

 『能力』も限界に近い。いつまで静止を維持できるかわからない。穴の開いた広間を見渡すとロイクとマルリックが倒れていた。担いで馬車まで走る。

「待て。ここで貴様らは死ぬんだ。」

 ツヴァイが追いかけてくる。咄嗟に剣を投げるが弾き飛ばされる。やばい!ここで殺される!

「『花園』」

 ツヴァイの攻撃を捨て身で助けてくれた。なんだ、あのヴァルの身体能力は…。見たこともないスピードだった。しかも剣に素手で応戦している。

「早く行け!」

 その言葉を聞いて走り出す。馬車に乗り込み馬を動かす。馬車んなんて動かしたことないのに…。ヴァルも飛び乗ってくる。

「もっと早く!」

「無理っすよ!動かしたこともないっすから!」

「どけ!俺がやる!」

 手綱を強引に奪わる。ここまで焦っているヴァルは初めて見る。馬は走り続ける。敗走の明日まで。


・リオナー視点


 裏路地に到着するとリオンがまだ居てくれた。

「あ、お兄ちゃん。」

「すまない。あまり時間がない。ケイルはどこだ?」

「こっちだよ。」

 ケイルが眠っているところに案内される。トーマスがケイルを担ぐ。

「リオン。君も来てほしい。」

「僕も?なんで?」

「早く来い!」

 思った以上の声があたりに響く。

「リオン。姉に会わせてやる。」

「…分かった。」

「行くぞ。トーマス。」

「そうだね。」

 集合地点の門まで走る。追っては来てないようだ。馬車を発見する。ケイルを中に投げ込み、リオンを中に入れ、2人で周囲の確認をする。

 拠点の家に着いたのは、朝方のことだった。疲労がピークに達している。どこでも寝られる気がする。

「大丈夫か?誰も来ていないな。」

「問題ない。それより中の人間は無事か?」

「分からん。」

 馬車の中を確認すると2体の死体があった。ロイクとマルリックだ。

「そんな…」

 死体の横でケイルが眠っている。眠っているというより意識がない。ただ、肉体だけが存在しているような人形だ。

「ケイルは大丈夫なのか?」

「何とも言えんな…。」

「分かった。中の4人を連れてこい。【フロストホロウ】に行くぞ。」

「【ルメレイン】はどうする?」

「もう、後回しだ。ルシアスを回収しに行く。」

「分かった。」

 4人を呼びに行く。セラフィナ様が迎えてくれた。

「リオナー!大丈夫でしたか?」

「セラフィナ様危ないですからあまり、最初に応対しないでください。」

「そう?私は大丈夫よ!」

「そうですか…。ここを一度離れます。すぐに馬車に乗ってください。」

「分かったわ。」

 セラフィナ様を馬車へ案内して、他も呼びに行く。

「アリスはどこだ?」

「アリスは急に眠ってしまってベッドに運んだわよ。」

「すぐに連れてこい。出発するぞ。」

 アリスを一目見たときにケイルとほぼ同じ状態だと思った。眠っているわけではない。意識がない人形のようだと。

「全員乗ったな行くぞ!フェルガス運転を頼む。」

「了解した。」

 フェルガスが馬車を操縦する。流石に眠い。一度目をつむると夢に意識が侵食された。


・ケイル視点


 どこだろうここは。暗い夜道に居る気がする。でも見覚えがない建物ばかりだ。地面も石でも土でもない。光っているあれはなんだ?

「ここに魂が迷い込むとはね。驚きだよ。」

 金髪の幼女が話しかけてくる。

「お前は何がしたいんだよ」

「僕はただの管理人だからね。世界には干渉できない。結果は君たちにゆだねるよ。失敗しても怒らないし失望もしない。僕は何もしないけど、他の管理人はどう思うかな。」

「管理人とはなんだ?」

「だから、すべては最期のお楽しみだって。死ぬまで分からない。楽しみじゃない?」

 なんなんだ、こいつは。会うたびにすごくイラつく。

「ここではね。ある男性が事故にあったんだ。男性は仕事から帰る途中で車にはねられて今は入院中。」

「くるま…?」

「そっか。君はまだピースを持っていないんだった。ごめん。便利な乗り物だよ。便利で、誰でも殺すことができる殺傷能力を持っているただの乗り物だよ。」

「は?」

「今の君には理解できないだろうね。僕はすべてを話すつもりはない。こうして『権限』を使っている間にも『犠牲』が生まれてしまうからね。君を回収しなくては。」

「何をいt…」

 手のひらを僕に向けるとどんどん地面から遠くなる感覚が全身に走る。言葉が音に出ない。

「じゃあね。いつでも君たちを助けるよ。僕のシナリオが完成するまで。待っているよ。君が正面から僕に会いに来るのを。」


 目を開けるとアリスの寝顔が視界に入ってきた。ここは馬車の中か?横にはロイクとマルリックが居る。様子がおかしい。顔が青白く、息をしていない。

「起きたか。ケイル。」

 ヴァルに声をかけられる。

「何があったの?」

 その真剣なまなざしに質問するしかなかった。

「俺たちは完敗した。向こうの『能力者』に」

「そんな…」

「二人は戦死した。ロイク・バルディンとマルリック先生は息を引き取った。」

「なっ」

「俺たちは【フロストホロウ】に向かう。今は体を休めとけ。」

 淡々と事実を並べるヴァルが少し怖くなった。ヴァルも顔色が悪い。膝の上で眠っているアリスの頭をなでる。フェルガスとヴァル以外は寝ているようだ。

「今日はここで休憩しよう。馬も限界だ。」

「そうだな。見張りを交代でするぞ。ケイル、俺と来い。」

「分かった。」

 二人で周囲を探索して、倒れている大木に座る。

「大丈夫?」

「何がだ?」

「顔色悪いよ。」

「問題ない。」

「ほんとに?」

「大丈夫だって!」

 驚いた。急に大きな声で言葉を出すから。

「ごめん。」

「いや、俺も悪かった。」

 疲れている様子なのにそこに追い打ちをかけてしまったらしい。しばらく静寂が流れる。

「横良いかな?」

 静けさを振り払ったのはトーマスだった。

「どうぞ。」

「ああ。」

 トーマスはヴァルと対面に座る。

「いつから?」

「?」

「は?」

「いつからだい?そんな体になったのは?」

「?」

「なんだよ。説教かよ。おっさんは二言目には説教だよな。これだからおっさんは。」

「いつもみたいにふざけている質問じゃないよ。」

「…別に。なにもねぇよ。」

「そうなんだ。じゃあ、僕の見間違いかな。いつもより動きにキレがないように見えたのは。」

「…」

「ヴァル。あまりいいことじゃない。隠し事をするのは。」

「ヴァルどうかしたの?」

「少し疲れているだけだ。」

「疲れているだけでそんなに顔色が変わるのかい?」

「分かったよ…。なんだか体がだるいんだ。これでいいかよ。」

「いつから?」

「森で御親兵に奇襲された時からだよ。」

「やっぱり、不調だったんだ。」

「なんだよ、寝れば回復するような体調不良だ。心配するな。」

「いや。君は気づいているんだろ。その体が『花園』に侵食されているのを。」

「…」

「僕たちは即死してもおかしくない傷を何度も浴びてきた。その代償は君の体で償わなくてはならないんじゃない?」

「そんな…」

「はっきりとは言えない。でも、なんだか歳を取っている気分だ。」

「そうだろうね。だって、君からは初めて会ったときの若々しさがない。どこか老人に似たものを感じる。」

「ヴァル…一回戦いから離れた方が…」

「ふざけんな!ここまで来て辞められるわけないだろ!」

「そうだろうね。君だったらそういうと思ったよ。だから、この話はここだけの秘密にしよう。」

「でも、ヴァルが。」

「分かっているけど。ヴァルが居なくなったら次の戦いで全滅する。間違いなく。」

「それは…」

「ヴァル。戦場で死んでくれないか?」

 重く、冷たく、鋭い、お願いだった。

「ああ。元々そのつもりだ。ここで抜けるわけにはいかねぇ。」

「ありがとう。」

 ここだけの密会は終了した。大きな秘密を胸に残して。


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