第三話
国王軍の集団式が始まった。周りを見渡してみると20代後半から30代前半ばかりといったところか。自分が17歳であることを考えるとお兄さん、お姉さんばかりだ。この前自分のことをもう子供じゃないと言ったことが恥ずかしく感じる。
来賓としてお見えになっているのが、王と2人の王子、1人の王女。それと、各部隊の隊長、重要機関の役員。流石は軍のイベントだ、この錚々たるメンツに驚くべきではないのだろう。王、ロゼリウス・アルカンシアは前に立って話し始める。
「この国が建国してから300年いまだに遥か東の大陸に住まう〈魔王〉を討伐できないでいる!この由々しき事態に貴君らの力を借りたい!ここにいるみな、一丸となってこの国を支えていこうではないか!みなに期待している。」
式は午前中のうちに終わりそれぞれ班ごとに分かれていった。
〈魔王〉東の大陸に住んでいると言う最強の生物だ。建国300年の【アルカンシア】が毎年数百人の討伐隊を送り込んでも、帰還したものは一人としてない。誰も帰って来ていないのだから、情報がほとんどない。大体の場所はわかるのに大陸の大きさは分からない。これがこの国が抱える大きな問題だ。今はこちらに攻めてきていないけれど、いつ向こうから攻め込んできてもおかしくない。誰もがおびえながら生活をしなければならない。
僕は警備隊のグループについて行った。20人ほどが今年警備隊に配属されたらしい。最年少である僕をちらちらみて小声で何か話している者、睨めつけてくる者、反応は様々だ。机と椅子が並べられた教室のような場所に案内されると正面の壇上に40歳くらいの女性が立っていた。
「私は国王軍警備隊東地区隊長のセリーヌ・アルテミスだ。君たちを歓迎する。」
姓があるということは貴族出身なのだろう。確かに気品がありながらも堂々としているその立ち振る舞いは貴族出の女性としてではなく隊長として相当尊敬を集めそうだ。
「まず3つの班に分ける。それぞれ交代で朝と夜の警備を受け持ってもらう。休日と勤務日の日程はそれぞれの班長にもらうように」
1班50人程度だ。僕は第1班に選ばれた。班長の名前はロイク・バルディン。こちらも貴族出身者だ。流石は王都。貴族出身ばかりだ。また部屋分けが行われ僕らはそのままこの部屋を使うことになった。
「第1班班長のロイク・バルディンだ。今日から一緒にやっていくことになる。よろしく頼む。さっそくで、申し訳ないが今日の出勤は夜勤だ。もう出勤時刻まで時間がない。そのためこの場は解散とし、今晩詳しいことは話そうと思う。」
ということで解散だ。今日夜勤なのは驚いたが【ルメレイン】でも夜勤はやっていたし、特に問題はない。宿舎に戻って仮眠をとろうと立ち上がろうとすると、横に座っていた男性が話しかけてきた。
「よう、久しぶりだな。ケイル」
「フィンさん!?転属だったんですか?」
「ああ、俺も今日からお前と一緒の職場だよ。なんだよ!せっかく上に行けたと思ったのに!」
「そう言わずに一緒に頑張りましょうよ」
「さすがにあれこれ教えてた後輩が同期だとな…なんとも言えないものがある」
「フィンさんはずっと地元で頑張っていくタイプだと思ってました。」
「なんつうこと言うんだこの若造。せっかく王都へ行ける機会がきたんだから行くにい決まってんだろ。今年王都へ来た連中のなかで最年少だからって調子に乗るなよ!」
「冗談ですって。また憧れの先輩と一緒に働けて光栄です!」
「まあ、分かればいいんだよ」
このちょろい先輩は【ルメレイン】でお世話になった先輩の一人だ。12歳で国王軍【ルメルイン】支部でいろいろと気にかけてくれた。歳は僕の10個上で人間関係が上手で剣術も人に教えられるレベルなので結構周りからは尊敬されていた。
「もう寝る時間も無くなってきたし早く宿舎に行こうぜ」
「そうですね、一緒の宿舎ですか?」
「多分一緒だろ」
二人で宿舎へと向かった。その間いろいろ話を聞かせてもらった。今年【ルメレイン】から配属になった人数とか、僕らが配属になった第1班の班長は優しいとか、そんな他愛ないことだ。宿舎に到着するとそれぞれ自室へと帰り仮眠する。
夜集合時間に警備隊基地の広場に集められた。基地は地方より大きくそしてきれいだ。相当手入れされているのだろう。全員が集まったところで、班長が前に立って話し始めた。
「班長のロイク・バルディンだ。今日から新人が8名入る。ここでの自己紹介は省くが仲良くしてやってくれ。以前話をした8名は今日から新人と巡回をしてもらう。」
拍子抜けするほどにあっけなく終わった。てっきり前に並べられて激励があると思っていたけど。僕は先輩に連れられて東側の2階層と3階層の門周辺からスタートだ。
警備隊は朝と夜の2交代で一日中街を見守る。3階層は四方にある4つの門周辺にそれぞれ警備隊の基地があり、不審な者はまず王都には入れない。しかも、それぞれ50人程度の人数、3階層だけでも約200人が常時監視している。これが王都は最も安全と言われる所以だ。
「今日から一緒に回るトーマス。よろしく。」
「はい!よろしくおねがいします!」
「元気良いね。じゃあ、行こうか。」
少しやる気がなさそうな先輩だ。痩せ気味で、身長が高い。使い古されたそれぞれの小物を見るとかなり長い間この仕事をしてきたのだろう。ぱっと見班長よりも年上に見える。
二人で歩き始める。静かで冷たい街中を。人はほとんどいない。ところどころ明かりがついている家がある。夜中まで仕事とは流石だ。トーマスは無言だ。二人の持っている明かりだけが暖かい。
「……」
「トーマス先輩の、出身はどこなのですか?」
「僕は【フロストホロウ】だよ。もう何年も帰ってないけどね」
「そうなのですね。寂しいですか?」
「そうでもないさ。もう両親とも死んでいるし。帰る理由がないだけ。」
「すみません、余計なこと聞いて」
「別にいいよ。こっちこそ悪いね。あまり口が上手じゃなくて。おしゃべりは苦手なんだ。君がせっかく話題を振ってくれたのに。」
「いえ、僕も話題を考えるべきでした。申し訳ありません。」
「いいさ。夜は長い。もっと話題をくれればたくさん話せるよ。僕みたいなおじさんの話でよければね。」
「とんでもない。年長者の話は面白いですから。いろいろ聞いて勉強します。」
「君は良い子だね。礼儀正しいし。普通こんなやる気のない先輩につかされたらショックじゃない?」
「そんなことないです!」
「それはよかった。僕もこんな若い子と話すのは久しぶりだから緊張してる。すごいね、その若さで王都にまで来られるなんて。」
「運が良くて、たまたま成績が良かっただけなんですけどね」
「運だけでここまで来られるほど軍は楽じゃないのは、王都にいる全員が分かってる。だからすごいよ。」
「そこまで褒められると…ありがとうございます」
「剣術もすごいらしいね。ここには支部一人一人の情報が集まってくるからね。君の話も聞いたよ。【ルメレイン】では負け知らず。学校では先生を負かしたそうじゃないか。天才だね。」
「そこまでじゃないですよ。最後の最後に先生が負けてくれただけです。」
「謙遜もしすぎると嫌味に聞こえるよ。でも、本当にすごい。君はどんどん上に行っちゃうんだろうね。僕とは違って…」
「何かあったのですか?」
「いや。僕も一応地方では頑張っていてね。王都に来たときは近衛を目指して頑張ってきた。でも、現実は厳しいね。挫折だよ。みんな僕より家柄もいいし、優秀だ。それで、心が折れちゃってね。今じゃここにいるのもおこがましいくらいさ。」
「それは…」
「ごめん。暗い話になったね。今夜は冷える。巡回の道は覚えている?」
「はい。暗記してきましたし、地図も持っています。」
「いいね。僕は一回宿舎に戻って防寒着を持ってくるよ。君も寒いだろう。すぐに戻ってくるから。」
「わかりました。ありがとうございます。」
するとトーマスは宿舎の方へ歩いて行った。明かりを揺らしながら。少し泣きそうな顔で。彼も誇りを持ってこの仕事をやってきたはずだ。それがこんな若造に追いつかれたのがショックだったんだろう。
国王軍はいくつかの部隊がある。その中でも警備隊は最も人数が多く、人気職だ。それはもし、昇進し続ければ王の側近まで行けるからだ。地方で産まれた者は地元で働く。そこで実績を積み、王都の本部から実績が認められ王都から声がかけられれば異動だ。もちろん地方でどんどん昇進していく者もいる。その場合上級貴族の側近または別の部隊の隊長になったりする。
そのため警備隊は昇進すればするほど将来的なキャリアが広がっていく。地方でも、王都でも。王都の場合は部隊の重要機関に配属できるので安泰だ。だから、王都を希望する者は大勢いる。
静かな街中は妙に落ち着く。昼間はあんなに人であふれていたのにみんなどこへ消えてしまったのだろう。何かが近づいてくる気配がした。すぐに剣の柄を持ち戦闘態勢をとる。
そこへ現れたのは銀髪の少女だった。