第二十話
・ヴァル視点
父に連れられ、部屋に入る。トーマスを護衛として連れてきてよかった。
「どうぞ。」
使用人に飲み物を置かれる。トーマスも座り、父を見る。
「どうした、今日は。」
「分かってんだろ?」
苛立ちながらそう答える。
「分からないな。」
「あ?」
「そう怒るな。ただイラついていても何も解決しない。教えてやったろ。」
「そうかよ。じゃあ。」
剣を取りだし、首元に向ける。
「答えろ。シルヴィアを巻き込んだやつは誰だ。」
「シルヴィア?ああ、お前と出て行った使用人か。」
「答えろ。首がつながっている間に。」
トーマスは何もせず、紅茶を飲んでいる。
「何を言っているのか分からない。」
「あぁ?そんな訳ねぇだろ。シルヴィアはエルトリアの家紋が入った手紙を受け取った、これに当主のあんたが噛んでないわけないだろ。」
剣をさらに押し付け、首から血が出る。
「そうか。何かあったのだな。」
「しらを切っても無駄だ。あんたの首をシルヴィアの墓の前に飾ってやる。」
「殺したければ殺せ。」
「そうか。」
手に力を込め、首に押し込もうとするがトーマスに止められた。
「もうやめなよ。」
「なんで!?」
「今ので分からないほど君は馬鹿じゃない。」
「あぁ!?」
「僕は君たちの事情を多少理解しているだけで、本質的な部分はまったくだ。だから静観を貫こうとしたけど、これは見逃せない。」
「…分かった。」
剣を鞘に戻す。
「申し訳ない御仁。親子の話に首を出すべきではなかったかな。」
「いや、助かる。これで寿命が延びた。」
「ならよかった。」
トーマスは座りなおす。
「じゃあ、誰がシルヴィアに手紙を出したんだ?」
「手紙とはなんだ?」
「第二王子暗殺命令についてだ!」
「なんだ?それは。」
「なんで当主のてめぇが何も知らねぇんだよ!」
沸点を超え、机を殴るようにして立ち上がる。
「てめぇの言った使用人は駒だって発言忘れたわけじゃねえぞ!」
「そうか。」
「さっきから他人事みたいに!」
「落ち着きなよ。ヴァル。怒りをぶつけるだけなら今日は帰ろう。」
「クソ!」
椅子に座りなおす。
「誰だ、手紙を出したのは?」
「分からない。家紋が本当に手紙に着いていたのかい?」
「ああ、そう聞いてる。」
「そうか。家紋付きの手紙を出せるのはこの家では複数人いる。もちろん、当主に黙って使うのは禁止事項だが。」
「誰だ?」
「血縁者…今では妻と、お前の兄だけだ。」
「そうか、邪魔したな。」
立ち上がって部屋を出ようとする。
「もういいのか?」
「黙れ。」
トーマスと部屋を出る。使用人に母の場所を聞き部屋を訪れる。
「そうだ。ヴァル。」
「なんだ。」
「剣を預かるよ。」
「は?なんでだよ!?」
「さっきみたいに感情で動くならそれはいらない。」
「何言ってんのか分かんねぇんだけど!」
「君は身内を、家族を殺しに来たのかい?」
「それは…」
「違うだろ。真実を探りに来たのなら僕は協力する。でも、人殺しに来たのなら協力しない。それに、どんな事情があれ子供は親を怨めない。」
「…分かった。」
剣をトーマスに渡して部屋に入る。
「あら、帰ったのね。」
「ああ。」
「座りなさい。その方は?」
「仲間だ。」
「そう。」
椅子に座る。
「怒っているみたいね。」
「シルヴィアへの手紙、あんたか?」
「手紙?」
「ああ、中身はある人物への暗殺命令。知ってるのか?」
「いいえ…そんなことは知らないわ。」
「そうか。」
立ち上がり、兄を探しに行くことにした。
「そうだ、お母さんお菓子作りを始めたのよ。一口でいいから食べてみない?」
「いらねえ」
「でも…」
「いらねぇっていってんだr」
トーマスから殴られ、地面に転がる。
「何してる!」
「申し訳ない、婦人。手荒な真似を許していただきたい。」
「いえ…」
母も困っている様子だ。それより泣きそうな声だった。
「ヴァル。さっきも言ったけど僕はこの家を知らない。過去に何があったなんてさっぱりだ。でも今は違う。最愛の人をなくしても一人で立ち上がり、みんなをまとめてくれる。頼もしいよ。でも、そんな君らしくないじゃないか。」
トーマスは近づいて、倒れている俺のもとでしゃがむ。
「親について嫌なことがあっただろう。許せとは言わない。清算しろとは言わない。ただ、今は向き合ってもいいんじゃない?」
「俺は…」
「分かってる。家庭の事情なんて複雑なものだ。でも、それを言い訳にいつまでも逃げるんじゃなくて、立ち向かわなくては、君は子供のままだ。言葉にせず根に持つだけでは成長とは言えない。」
妙に重い言葉だった。拳も重かった。何よりこの状況を見ているトーマスが一番痛そうだった。
立ち上がり、母の顔を見る。久しぶりの顔だ。昔はどんな顔だっただろうか。思い出せない。その程度の関係だったのかもしれない。毎日顔を見るはずなのに覚えていない。
「悪かった、母さん…」
「いえ、いいの、、、よ」
母は涙を流しながら、寄ってくる。
「あなたにとっては辛い日々だったかもしれないけど、私にとっては楽しい14年だった。私の胸の愛情をあなたに届けられていなかったのね。ごめんなさい。」
母は泣きながら俺を抱きしめた。
「いや、俺が受け取らなかったんだ。自分が正しいと思いたかったから。正しさのまま戦うのが楽だったから。ごめん母さん。」
「あなたが、無事で帰って来てくれてうれしい。。。」
「ごめん母さん。俺がもっと素直に甘えていればよかった。」
「いいのよ、、、受け取らせられなかった私が悪かったわ」
母のお菓子を食べる。冷えているのに暖かくて、しょっぱいはずなのに甘い。そんなクッキーを食べた。紅茶も飲む。トーマスは気を遣って外で待っている。
「どんな冒険をしてきたの?」
「ごめん母さん。これから兄さんに会ってくるからそのあとにする。」
「そう、、、」
「お菓子作っといて。」
「分かったわ。」
母は涙を流しながら承諾してくれた。
そうか、俺はシルヴィアが羨ましかったんだ。両親から期待され、まっすぐに愛情を受け取れている彼女が羨ましかったんだ。だから、どんな事情であれ手紙を受け取った彼女に幸せになってほしかったんだ。
部屋の前で待っていたトーマスに声をかける。
「もういいのかい?」
「ああ、悪かった。」
「事情も知らないのに首を突っ込んでごめんね。」
「いや、助かった。ありがとう。」
「素直な君は良いね。」
「馬鹿にしてんのか?」
「そうじゃないよ。素直なことが子供のようだと言われるかもしれないけど、大人にとっては素直になれることが一番成長を実感できるものだよ。」
「そうか…」
「次に行こうか。」
「ああ。」
兄の部屋に行く前に、ふと思った。手紙にはシルヴィアの母名前が書いてあったらしい。それなら最初からシルヴィアの母に会いに行けばよかったんだ。
シルヴィアの母の場所を聞き、そこへ向かう。ドアを開けると兄とシルヴィアの両親が居た。
「やあ、ヴァル。」
「兄貴、こんなところで茶会か?」
「そうだよ。久しぶりに会ったのに随分なけんか腰じゃないか。」
「お前だな、シルヴィアに手紙を出したのは。」
「そうだよ。ここに彼女がいないということは失敗か。」
「失敗だと…!」
「そんなに睨むなよ。たかが使用人が一人死んだだけだろ。」
「あ!?」
剣を抜こうとしたが、ないことを思い出す。
「てめぇが巻き込んだせいで人が一人死んでんだぞ!」
「分かってるよ。次はもっと優秀な人間に任せることにする。」
「なんだと!」
「さっきから何を怒っている?」
「てめぇ!」
兄に覆いかぶさり、殴ろうとする。トーマスに止められると思ったが、見ているだけらしい。
「どうした?殴らないのか?」
「クソ!」
兄を寝かせたまま立ち上がり、椅子に座る。
「なんでだ?」
「何が?」
「なんでこんなことした?」
「分かっているだろ?」
「説明しろ!」
「そんなに怒らないでよ。兄弟じゃないか。」
「早く!」
「分かった。このタイミングで第一王子に恩を売りたいと思う貴族は大量にいる。その流行に乗っただけだ。」
「それになんでシルヴィアを噛ませた!」
「リスクが低いし、もううちの使用人じゃないから痛くないからさ。」
頭を抱える。これが嫌だった。貴族らしく、非道であれ。何度このセリフを聞いたかわからない。権力にひれ伏し、地位にしがみつく。そうやって代々家を守ってきた。この思想が嫌いだった。
「なんでそんなに睨むのか分からないけど、困っているならだれか連れて行っても構わない。」
「なんでだ…」
「?」
「なんでシルヴィアの両親は聞いてるだけで何も答えようとしない!」
「お言葉ですが、娘はこのエルトリアのための道具でございます。このようなことがあってもわが家は干渉しません。」
「なに?」
「そもそも、出て行った子など知りません。」
「なんだと…。自分の子供が死んでいるんだぞ!もっとあるだろ!」
「彼女もこのような最期を迎えることができて幸せでしょう。」
狂ってる。どいつもこいつも。シルヴィアも居場所がなかったんだな。
「やっぱり、帰ってくるんじゃなかった。」
「そうだよ。今更何しに帰ってきた。当主の座でも狙っているのか?」
「は?」
「当主になりたいからこんな程度のことで家に帰ってきたんだろ!」
「意味がわかんねぇ。」
「お前はいつだってなんだってできた!だからこのタイミングで帰ってこれば当主になれると思ったんだろ!」
「そんなわけねぇだろ!もう勘当されてそんな関係ねぇよ!」
「それは違う!父さんはお前が帰ってくることを信じて家に名を残している!俺なんかよりもお前の方が当主にふさわしいってな!」
「は!?なんだそれ!」
「お前のせいで俺は当主に選ばれない!だから消そうと思った!」
「何言って…」
「だから暗殺命令を出した!お前が死ねば俺が当主になれるからな!」
「さっきから何言って…」
「お前が死ねば、第一王子にも恩を売れてこの家も安泰だったのに!」
「まさか…お前!」
暗殺命令は第二王子へ向けてではなく、俺を暗殺する命令だったのか…。
「なんで父さんは俺を信じてくれない…。俺の方が家のことを思ってるのに!」
呆気に取られて何も言えない。そんなことのために彼女を巻き込んだ。当主なんてくだらないために。
父が部屋に入ってくる。廊下で話を聞いていたのか。神妙な顔で話し始める。




