第十九話
・アリス視点
好きな彼と一晩を過ごした。シルヴィアが死んでから怖くなったのだ。いつ彼が戻らない人になっても後悔しないように積極的に、逃げられないように迫ってみた。彼は優しいから断らないだろうと思った。最初にやんわり断られから嫌われているのかと思ったけど、単に行為の経験がないだけで緊張しているようだった。今までの無理やりな行為と違って純粋にうれしかった。
目が覚めるとケイルも起きていた。目が合った。彼は赤面してあまり落ち着かない様子だった。顔を上げてそっとキスをする。思考が止まったようなおもしろい顔をして抱き着かれた。多分顔を見られたくないのだろう。初めて聞く彼の心臓の音はとても速かった。
・ケイル視点
アリスの顔が直視できない。恥ずかしさからなのかわからないがアリスの顔を見ると緊張する。
「おはよう」
「お、おはゆうございます。」
変な噛み方をしてなおかつ敬語になってしまった。
「お、起きよっか。」
「うん」
昨日まで何とも思わなかった彼女が急に愛おしく感じる。顔が見れないほどに。外の空気を吸いに行く。緊張をほぐして普段通りに接しないと彼女に失礼だと思ったからだ。いくら深呼吸しても昨日の彼女が頭から離れない。
外で息をしているとヴァルも建物から出てきた。
「おはよう。」
「ああ。どうした?」
「な、なにが?」
「いつもと様子が違うぞ。」
「い、いや、べ、別に。」
「噛みすぎだろ。なんか、緊張してんのか?」
「そんなんじゃないって!」
「お、おう」
朝食を買いに行く。この時間ならパン屋くらいしかやっていないだろう。ヴァルと二人で買いに行く。アリスは遠慮したのか部屋に残った。
「で?どうしたんだよ」
「なにが!」
ヴァルはニヤニヤとしながら聞いてくる。おそらく気づいているのだろう。
「い、良いだろ、なんでも。」
「確かにな。別に何も悪くないしな。」
「そ、そうだよ。何も変じゃない!」
「お前…初めてだったのか?」
「なっ!」
「悪かったって。ちょっとからかっただけだろ?」
「それは…」
「まあ、人間みな通る道だって。」
「そ、そう?」
「そうだよ。俺もエリドアもトーマスもみんな通ってきたんだから。」
「ヴァルはどんな感じだった?」
「俺?」
「感想を聞かせてよ。」
「ここのパン屋が絶品なんだよ。朝食はここにしよう。」
「おい!」
ヴァルはお店の中に入っていってしまう。追いかけるように店に入る。適当にパンを買って宿に戻る。
「今日からどうするの?」
「とりあえず、貴族の家を訪問してこの街の御親兵打倒を目指す。」
「貴族ね。」
「どうせ分かってんだろ?」
「大体察しがつくよ。エルトリア家。ヴァルの産まれた家でしょ?」
「ああ。今日はそこに寄ってくる。お前らは好きにしてろよ。」
「分かった。」
「アリスのこと頑張れよ。」
「頑張るって…。」
「いや、マジな話。ここで手順を失敗すると相手は嫌われたんじゃないかって勘違いするぞ。」
「わ、分かった。」
「気を使って、朝食も部屋別ってことにしてやるから。」
「頑張るわ。」
宿に到着して、部屋に戻る。ドアがこんなにも重かったことがあるだろうか。いつもどんな挨拶をしていただろうか。当たり前のことが思い出せなくなる。
「ただぃまぁ。」
「…おかえり。どうしたの?」
「い、え、な、なにが?」
「しゃべり方…。」
「普通だよ!普通!」
「そう…」
まずい。この流れを何とか修正しなければ!
「今日何もすることがないみたいなんだけど、どこかに行かない?」
「うん。行く。」
「そ、そう!どこに行こうか!?」
「私ここへ来るの初めてだから分からない。」
「そ、そうだよね!適当に歩こうか!」
「大丈夫?」
「え、な、ど、どうして?」
「落ち着きがない感じ。」
「そ、そんなことないよ!」
「そう?」
「そうだよ!別に大丈夫だよ!」
なんでこんなに緊張するのだろうか。毎日見ていたはずの彼女が可愛く見えて仕方がない。直視できない。部屋の中心に入れない。
「座ったら?」
「し、失礼します。」
右手と右足を同時に出して歩き出す。アリスの対面に座る。
「パン買ってきたよ。何食べたい?」
「これが良い。」
「昨日は何も食べなかったから、お腹すいてるでしょ?」
「うん」
パンをかじるが味を感じない。
「おいしいね。ヴァルのおすすめのお店らしいよ。」
「…うん。」
「街並みもきれいだし、海まで行けるらしいよ。海にでも行ってみよか!」
頑張ってハイテンションを演じるがいつもこんな感じだったか思い出せない。
「…やっぱり、嫌だった?」
一番恐れてた質問が飛んでくる。
「そ、それは…。違うよ。変に意識しちゃって緊張してるんだ。ごめん。」
「そうなの?」
「うん。異性に言い寄られたことがなかったから、その、なんというか…」
「分かった。」
「分かってくれた?」
「うん。嫌われたわけじゃないならいいの。なんか、うれしい。」
食事を済ませ、外に出る。王都ほどではないが、にぎわっている。
「海へはこっちから行けるみたいだよ。」
海の方向へと歩いていく。
「この街は静かでいいね。」
「うん。王都みたいに忙しない感じがない。」
誰も急いでいる者がいない。都市というより田舎という印象を受ける。外見だけが立派で、中身は粗末な感じがする。それもそうだ、ここの住民のほとんどは漁師であるからだ。
海に到着する。始めて海を見る。生臭いにおいにべたべたする風、何もかもが新鮮で気持ちがいい。この水の上に陸地が浮いているのが信じられない。
「絶景だね。」
「うん。どこまで広がっているんだろう。」
「どうだろう?意外に狭かったりしてね。」
「そうかもね。」
「ここでは海鮮が食べれるらしいよ。お店がいっぱいあるみたい。」
「そうなんだ。ここが良い。」
「分かった。」
選んだ店は海が見えるいいお店だ。適当に数品頼んで料理を待つ。
「いいね、静かで。」
「うん。この街好き。」
「ここで家でも建てようかな。」
「一緒に住む。」
「え?」
「一緒に住む。」
「良いけど…」
「ダメなの?」
「一緒に住んでくれるの?」
「うん。一緒に住む。」
「そっか…。うれしいよそう言ってくれて。」
「ほんと?」
「うん。違う人のところに行かれたら、その、なんというか、悲しいと思う。」
「そっか。」
何とも言えない空気の中料理が来る。
「この後はどこか行きたいところある?」
「もう少しここでゆっくりしたい」
「そうだね。のんびりしよう。」
食後に海岸の浜辺に出る。砂の上に座り、海を見る。砂は暖かく、日差しは明るい。戦いなんて忘れてここで座っていたい。立って走りたくない。そんな気がしてくる。
「この匂い安心する。」
「そう?」
「うん。ケイルみたいな匂いする。」
「僕ってこんなに生臭いの…?」
「そうじゃなくて。誰にでも風を吹いて、見上げるとなんでも包んでくれそうな空間が広がってる感じ。」
「そうなんだ。」
「うん。」
「他の都市では村まで行かないと海が見られないからね。」
「うん。綺麗。海の中でも花は咲くのかな?」
「花?」
「土の上では当たり前に咲いてるけど水の中ではどうなんだろう?」
「さぁ?わかんないな…」
「水の中でも当たり前に咲ける花は綺麗だろうね。」
「そうかな?」
「そうだよ。きっと。」
海を後にして、宿に帰る。その道中で食べ物を買って宿内で夕食を済ませることにする。ヴァルは今頃うまくいっているだろうか?
・ヴァル視点
朝、ケイルの様子が少し違った。いつものような能天気なアホ面ではなく、何かを必死に考えている顔だった。アリスの様子を見るにそういうことなんだろう。男女の関係に口を出すわけにはいかないが、先輩としてアドバイスをしてやった。俺もシルヴィアと最初の時はこんな感じだったと考えると恥ずかしい。
トーマスを連れて、ある貴族の屋敷に向かう。エルトリア家。俺の産まれた家だ。実家に帰ることになるとは思わなかった。こんな形で。
3年では何も変わらない。14歳で家を飛び出し、勝手に帰ってくる。建物だけではなく人もそんなに変わらないだろう。
門に近づくと使用人が気づいて、急いで中に入っていった。使用人が帰ってくる。
「おかえりなさい。ぼっちゃん。」
「ぼっちゃんはやめてくれよ。もう俺は…」
「そんなことありません。私共は、ぼっちゃんが帰ってくる日を待っておりました。」
「父さんに会える?」
「はい。旦那様は中で待っております。」
中に入る。懐かしいとは思いたくない。こんなところ。人を見下し、蔑み、自己だけを肯定する。そんな家が大嫌いだ。
「帰ったのか、ヴァルセリオン。」
「ああ」
「父に向ってなんだその口の利き方は。」
「もう、勘当されたと思ってた。」
「ふん。相変わらず相性が悪いな。」
「そうかよ。なんで俺が帰ってきたか分かってるよな?」
「少し話そう。こっちへ来い。」
話をしよう。楽しかった過去ではなく、無慈悲な今を。




