第十八話
王子と王女が席に座る。
「今後について話がしたい。」
「そうだな。俺たちも今その話をしていたところだ。」
意外にピリついた空気は流れない。怖いくらいにいつも通りだ。
「私たちは奴隷の解放に尽力したのちに王都に帰る。君たちはどうする?」
「俺たちは【ニクスポート】へ向かうつもりだ。」
「なるほど。」
王子も何か察したようだ。
「まだ決まっていないのは、ケイルとアリスとトーマスだ。こいつらはお前の移行で判断するらしい。」
「そうか。私は王位戦のため王都に戻る。もう少し貴族の中に仲間を増やしておきたいが仕方ない。このまま王位戦に入る。」
「そうですか。じゃあ、僕はヴァルについて行きます。」
トーマスはヴァルとともに行くらしい。
「僕もヴァルについて行きます。」
「アリス君は?」
「…ケイルと一緒。」
「今後については各々に任せる。それと、これを君たちに。」
袋を置かれた。中にはお金が入っていた。
「今回の報酬だ。こんな形になり申し訳ないが受け取ってほしい。」
王子は立ち上がる。
「達者でな。」
帰っていく。
「待て。」
ヴァルが静止させる。
「また、会おう。」
「そういってくれて助かる。」
王子たちは帰っていく。ヴァルは負い目を感じている王子を元気づけたかったのだろう。
「荷物をまとめろ。また長旅が始まるからな。」
【ニクスポート】までは3週間ほどかかる。今まででは短い方ではある。
荷物をまとめて外に出る。馬車は王子が手配してくれたらしい。今回は一台だけで行く。全員が乗り込み、馬車は走り出す。
「馬車の中で自己紹介しない?」
提案してみる。
「?なんのだ?」
「ほら、生い立ちとかさ。」
「別に良いが、どうした急に。」
「シルヴィアみたいに何も知らないのは、なんか寂しいなと思って。」
「まあ、確かに。」
誰かが陰で泣くことになるのは避けたいと思った。
「構わないよ。」
「良いわよ。」
「…うん」
全員から同意を得た。
「じゃあ、言い出した僕から。僕は、【ルメルイン】の都市で産まれて、そのまま都市の学校に6歳で入学して12歳で卒業。そこから5年間【ルメレイン】の国王軍に入って、17歳で王都に行った。これくらいかな。」
「薄いな。」
「ヴァルの発言は悪口でできてるの?」
「じゃあ、次は僕かな。僕は【フロストホロウ】の出身で、学校は行ってない。都市周辺の村の産まれでね。作物の世話をしながら凍月の道場に通ってた。20歳の時に国王軍から声をかけられてね。そこで入ったんだ。32歳の時に王都に配属が決まって、そこから王都での生活。35歳の時かな、両親が流行り病で死んだ。その次の年に奴隷の男の子を道で保護してね。数日匿った後に見つかってそのまま僕がいない間に連れてかれちゃった。結果、減給と一生昇進できなくなっちゃった。そのあとは何もなくて、43歳でケイルと会った。こんな感じかな。」
「壮絶だ…!」
「おい!僕と反応が違いすぎるよ!」
「しょうがない。薄すぎる人生が悪い。」
「このっ!」
「次は私でいいかしら?私は、【フロストホロウ】の村出身の道場で産まれたわ。道場では毎日修行ばかりで退屈。エリドアも同じ道場の門下生だったわ。15歳のある夜男たちに襲われて、連れていかれそうになったことがあったの。その時にエリドアが助けてくれて、気が付いたら男の死体が3つと気を失ったエリドアが道で倒れていたわ。ここに居たら危ないと思って、エリドアと村を出たの。村を出て何をしたらいいのかわからないときにヴァルとシルヴィアに会って家を貸してもらったの。そこから2年一緒に生活して、私は17歳。エリドアは16歳よ。」
「連れていかれそうになった?」
「そうね。いきなりだったから私にもわからないけど。」
「おそらく奴隷商人だろうね。田舎の村ではよくあることだよ。誰も見ていないし、軍もあまり口を出さない。格好の獲物だよ。」
「そんな…」
「そこで連れてかれてたら、サリナは今頃…。」
「怖い推察しないでよ!」
「エリドアには何があった?」
「分からないの。全然。」
「そうか。エリドアの『能力』と何か関係がありそうだな。」
「次はアリスだよ。」
「私は…やっぱり…」
「良いよ、言いたくないことも多いだろうし。気にしないで。」
「そうだよ。あまり思い出さない方が良い。」
「そうね。」
「そうだな。」
全員特に気にせずにアリスの話はなくなった。
「俺はシルヴィアの話があったから良いだろ。」
「まあ」
「そうだね。」
「そうね。」
誰も突っ込むものはいなかった。あまり掘り返さない方が良いだろう。本人も頑張って元気にふるまっているだろうし。
3週間後【ニクスポート】についた。馬車の中での時間はやっぱり慣れない。ついてすぐに宿へ向かった。
【ニクスポート】。王都から見て、東に位置する。漁業が盛んで、村の大半は農家ではなく漁師だ。作物は他の都市に頼り切りなのに、この国の水産のほとんどを支えている。暖かく気持ちのいい風がこの地方を走っている。過ごしやすいこの地方は誰よりも愛される地として、今日も人々が横断する。
「ここが一番いいだろ!」
宿はヴァルが見つけてくれた。やはり、地元なため地理には詳しいようだ。
「部屋は2つでいいか。」
「そうだね。」
宿屋の中に入る。
「いらっしゃいませ。」
「2部屋貸してください。」
「かしこまりました。申し訳ありません。大部屋の空きがないので小さな部屋でも構いませんか?」
「はい。大丈夫です。」
2人用の部屋を3つ借りることにしたらしい。
「何泊されますか?」
「1週間でお願いします。」
「かしこまりました。こちらがカギです。」
2階の角から3つ借りることができた。結構な高級店に見える。
「ここなら安全だろ。」
「安全?」
「ああ、あんまり下手なところに泊まると後々面倒だからな。」
「そうなんだ。」
「そのうち分かる。」
部屋割りは、トーマスとヴァル。僕とアリス。サリナとエリドアだ。部屋に入るとベッドが二つ。荷物を置いて息をつく。
「さすがに疲れたね。」
「うん。馬車はそんなに好きじゃない。」
「だよね。都市間の間を好き勝手行けるとはいえ、慣れるにはもっと時間がいるね。」
今日はもう解散になったので少し早いが寝ることにする。
「僕は寝るけど、アリスはどうする?」
「私も寝る。」
ベッドに入ると、アリスが一緒のベッドに入ってきた。
「何してるの?」
「…ちょっとだけ」
「そう…」
困惑しつつ反対方向を向く。
「…腕」
「?」
「腕貸して。」
「腕?」
「枕無いから。」
「あ、え、うん」
アリスが寝ている方向に体を向け、腕を広げる。そこにアリスの頭が乗る。
「どうしたの?」
「前に話してた、過去の話。」
「…無理に話さなくてもいいよ。」
「今話す。」
「そ、そう?」
「うん。もっと抱きしめて。」
「え、あ、は、はい」
アリスの背中に腕を回し、そっと体を寄せる。
「もっと。」
「もっと?でも、」
「もっと!」
「は、はい」
先ほどよりも強く引き寄せる。一人用のベッドに二人寝ているはずなのに一人分の面積しか使ってないような寝方だ。
「私の両親はひどかった。何かあるとすぐに暴力をするし、暴言も絶えなかった。私と弟はいつも恐怖で体を寄せ合ってた。けど、私が10歳の時に両親が急に優しくなって、次の日に売られたの。」
アリスは泣いているような声で細々と言う。
「そこで初めて王都に行って、王宮での生活が始まった。そこでは昼間は倒れるまで働かされて夜は男の人と寝かされたの。寝る時間なんてなかったけど前の生活よりは、マシだって。弟もどこかで頑張ってるんだって自分に言い聞かせて希望も見えない毎日を走ってきた。7年たったある日にいきなり男の人に連れ出されて王宮の外へ出た。ここをまっすぐ行った花屋にこの手紙を見せなさいって言われて夜中に走った。追ってが来るのも遅くなかった。必死になって走ったらケイルに会った。産まれて初めて優しい人に出会った。初めて自分を人間扱いしてくれる人に会った。初めて帰りたいって思える場所を作ってくれる人に会った。これが私のすべて。」
「そう…なんだ。」
「だから私はいつか弟を迎えに行きたいの。」
「弟さんはどこにいるの?」
「私は東から運ばれてきたらしいからそこにいると思う。」
「東!?僕と同じ地域じゃん。」
「そう。私は地域の名前とか分からないから。」
「きっと迎えに行けるよ。これが終わったらすぐにでも行こう?すぐに会えるよ。」
「うん!」
この話が聞けて良かったと思う反面、彼女が悲しい顔をしたのを見逃さなかった。自ら話したとは言え下手に聞くべきではなかったのかもしれない。
「ほら今日はもう寝よう?」
腕をどかそうとするが、アリスが離してくれない。
「私ケイルのこと好き。」
「は?」
「私ケイルのこと好き。」
「え、な、は?」
思考が止まる。
「ちょっと待って。どうしたの急に」
「急じゃないもん。」
「こんな態勢でそんなこと言ったらよくないよ。僕だって男の子なんだよ?」
「いいよ。」
「冗談でもそういうこと言うのはよくないよ。」
「…冗談じゃないもん」
「だかr」
アリスが急に上を向き、口を自分の口でふさいできた。
「今まで好きでもない人としてきたから上書きしてほしい…」
「いや、ちょっ、な、え、うん、は?」
もう一度口づけされて抵抗できなくなる。
「私のこと嫌い?」
「そ、それは、ぼ、僕こういう経験ないから…」
「大丈夫。」
「そ、そう?」
「うん」
「じゃ、じゃあ」
初めてのことはなんだって緊張する。正直もっと大人がする行為だと思っていたから目の前の光景が信じられなかった。
気が付いたら朝になっていた。横には全裸のアリスが寝ている。僕も全裸だ。
やってしまった…。旅の疲れがよくなかったんだな。そうだな。多分。僕は悪くなかったと思う。そうに違いない。別に責められる行為じゃないし。大人みんなやってるし。おかしなことは何もなかったに違いない。何か悪さをしたわけじゃないのになんだこの罪悪感は…。やってしまった…。
横のアリスを見る。満足そうな寝顔を見るとそこまで罪悪感を覚える必要はないのかな…。反射できれいに映る銀髪に、整っている顔立ち、おとなしいスタイル。こんなに可愛かったのかこの子。こんな可愛い子が僕に好きって…。いや、僕はまだ疲れてるんだきっと。
誰かから好意を寄せられることは今までになかった。だから、びっくりしすぎてまだ夢の中にいると思ってしまう。アリスが起きるまでもう一度布団にもぐる。心臓の鼓動がうるさすぎて寝れる訳がない。こんな美少女が横で…。目をつむって瞑想するように考える。昨日食べたご飯のことを。




