第十七話
・ケイル視点
王子からことの顛末を聞いた。誰も何も言わない。あそこまで激昂していたヴァルですら何も言えずにいる。
「すまない。もっとやり方はあったはずなのに…」
責めることなど誰にもできない。誰も彼女を知らなかったのだから。
「王になるためと言って、巻き込んだと思っていた。ずっと前から君たちは渦中にいたんだね。」
確かに。ヴァルが中流貴族の産まれだとは知らなかった。今思えばここに居る全員の素性を正確に知る者は少ない。この、距離感がよくなかったとも言える。
ヴァルは最初王女のことを旅行気分だと罵っていた。今でも観光を楽しんでいるように見える。僕たちはどうだろうか。最初から戦場に行く心はできていたのか。誰もが自分を主人公とでも思い、楽観的過ぎたのかもしれない。『能力者』なんて特別な存在に頼り切り、自分たちが正義だと錯覚していた。
無言のまま会話が終わり、解散になる。王子、フェルガス、セラフィナ、リオナーは中流貴族の家に帰っていく。
4人が帰った後も特に会話はない。当たり前にそこにいた彼女はどこにもいないのだから。昨日と同じ部屋のドアを開ける。ヴァルだけは居間に残った。気を使ったトーマスが外に出ていく。
部屋には僕とアリスしかいない。
「ケイル、大丈夫?」
恐る恐るアリスに質問される。
「大丈夫だよ。ごめん、ちょっと疲れと驚きが…。誰かが死ぬなんて想像もしていなかったから。」
「こんなに仲のいい人が死ぬのは初めてだから私も…」
「そうだよね…」
これまでにも死人は見てきたような口ぶりだった。唯一違うのは、親密差だろう。二人は仲が良かった。料理を作り、店の手伝いをして。前よりも明るくなったのはシルヴィアのおかげかもしれない。
「今日は寝ようか。」
「うん」
それ以上は会話せず、寝床に入る。いつもよりも涼しい寝床に涙が出そうだ。
・ヴァル視点
貴族はくそだ。産まれて初めて親に思ったのをいつまでも覚えている。どこまでも果てしない自己保身。家のためと言い訳して非道な行いを平気でする。そのくせ、自分が危険に晒されると誰かを蹴落として地位を守る。これの繰り返し。今の中流貴族以上は全員腐ってる。
そんな中、シルヴィアだけは俺を見ていてくれた気がする。いつでも献身的な笑顔を向けて、わがままにも付いてきてくれた。無償の愛ってやつを教えてくれた。だからここまで頑張ってこれた。
今は彼女がいない。支えてくれている柱がなくなったら家の屋根はどうなるのだろうか。今、ぺちゃんこになっている俺の気分は誰が拭ってくれるのか。誰を恨めばいいのか。誰を殺せばすっきりするのか。復讐の計画を頭の中で組み立てている自分が、まぎれもない貴族の血を引いていると考えるとゾッとする。
シルヴィアの顔を見る。顔に血の気がなく、真っ青だ。見ない日なんてなかった彼女の顔。聞かない日などなかった彼女の声。触れない日などなかった彼女の肌。今はどれもかなわない。どこにも君の居場所がない。
疲れたからか、瞼が落ちる。座ったまま寝てしまう。
夢を見る。いや、思い出したみたいな感覚が正しい。
父は教育に無関心な人だった。子供に興味すら感じない。そんな父とは対照的で母は教育熱心だった。いや、熱心というより依存していた。俺には3人の兄弟がいる。上には兄と姉。歳はそんなに離れていない。3人とも母から絶大な期待をされていた。小学生のころから遊ぶことを制限され、友人関係に口を出され、家では勉強を強いられる。中学受験をさせられた。行きたかったわけではない。
姉が中学受験で落ちてしまったことは今でも忘れられない。母が姉に対して興味を失ったのを覚えている。大学受験では兄が失敗した。母は兄への興味を失った。俺は中学受験でも、大学受験でも合格した。母からすれば唯一の息子なんだろう。
姉は中学へ行かず、家に帰ってこない。兄は18のころから部屋から出てこない。母はそんな二人を気にも留めなかった。
もちろん大学卒業後の進路にも口を出してきた。それどころか、大学在学中の人間関係にもうるさかった。自室から使用済みのゴムが出てきたときは携帯を取り上げられ、別れるまで家から出さないと言われた。友人が遊びに来たときは追い返すように暴言を吐いていた。俺はどこへ行っても孤独になるようになった。
「明日も頑張りなさい」
これが母の口癖だった。あんなに進路口出しをするくせに褒められたことは一回もない。愛されたと実感する経験は一回もない。これが普通の親子なんだろうか。頑張ったねと言われる明日はいつ来るのだろうか。ゴールの見えない持久走ほど心が折れるものはない。
目の前が暗い空間へとつながり、目の間には4つの椅子が並べられている。目の前の椅子にはシルヴィアが座っていた。
「シルヴィア…!」
思わず一歩前へ出て、抱きしめる。体温がない。でも、死体だとは感じない。不思議な感覚。
「やぁ。ヴァルセリオン・エルトリア。君が最初の到着者かな。」
金髪の少女?いや、幼女と言った方が正しい。顔がよく見えない。
「誰だ。」
「僕のことはどうでもいいじゃない。」
「よくないだろ。なんで俺の名前を知ってる?なんでシルヴィアがここに居る?ここはなんだ?」
「さすがに質問が多いね。すべてに答えるつもりはないよ。」
「は?」
「君に話して、邪魔でもされたら大変だ。」
「どういうことだ?」
「僕には僕の計画がある。」
「意味が分かんねぇな!」
「今は分からなくていいよ。もう朝だ。」
目が覚める。夢を見ていた気がするが、あまり思い出せない。重要なことだった気がする。椅子で座っていたからか、体が痛い。目の目にはシルヴィアが座ってる。もうどこにもいない彼女の顔を見る。
「おはよう。シルヴィア。よく眠れた?」
もちろん返事なんか返ってこない。立ち上がり、シルヴィアを持ち上げ、ベッドへと運ぶ。みんな起きているのか、部屋の中から声がする。気を使わせてしまっているようだ。部屋のベッドにシルヴィアを寝かせて厨房に立つ。食事の用意を整えて全員を起こしに行く。
・ケイル視点
朝、目が覚めてもまだ体がだるかった。体というより、気分的にだるいと言った方が正確だ。アリスもまだ現実を受け入れられない感じだった。
「おはよう。」
「おはよう」
「「…」」
会話が続かない。最初の関係値に戻ったような感覚。アリスは隣のベッドから降りて、僕が座っているベッドに座った。何も言わずに無言が続く。
「大丈夫?」
アリスに声をかけたつもりだが、それは自分への確認でもあったと思う。
「ヴァルが心配。」
アリスはヴァルのことが気にかかっているようだ。確かに、あいつの心が折れたらもう誰にもどうすることもできないだろう。
「そうだね。」
朝からこんな重い空気は体験したことはない。家の中が重圧でつぶれるんじゃないだろうか。王子のことも心配だ。今後のことを話すにしてもヴァルは王子のことを憎んでいるかもしれない。
アリスがふと手を握ってきた。
「どうしたの?」
「別に…」
少し驚いたが、静かに握り返す。
「私はシルヴィアが居なくなって悲しいけど、それ以上にケイルが無事に帰って来てくれたことがうれしい。」
そっか。アリスは僕のことを心配してくれていたんだ。それもそうだ。今回の件で危なかったのは暗殺チームの全員だ。全滅していてもおかしくない。『能力』者が2人だけだったから何とかなったもののそれ以上いたらどうにもならなかっただろう。
「ありがとう。大丈夫だよ。僕らは生還したわけだし、誰も傷一つ残ってないからね。」
アリスが手を放し、胸に飛び込んでくる。
「…よかった。」
安堵した様子で小さな声で喜びを声にした。
「朝っぱらから何やってんだ、お前ら。」
ノックもなしに扉を開けられ、ヴァルが中に入ってくる。
「ノックくらいしてくれよ。」
「悪い。朝から発情してるとは思わなかったからな。」
「いや、言い方悪すぎだろ。」
いつもと変わらない彼に安心する。
「飯食うだろ?」
「うん。食べるよ。」
「じゃあ、早く来い。」
ヴァルは部屋から出ていく。アリスはすぐに僕から離れる。真っ赤な顔でとぼとぼと歩いていく。部屋を出て、居間に到着する。
「おはよう。」
もうすでにトーマスはいた。
「おはようございます。」
「…おはよう」
席について机に並べられた朝食を見る。おいしそうだ。ヴァルは料理もできるのか。続いて、サリナとエリドアも来る。
朝食をいただく。誰も何も言えない。
「なんだ、ケイル。そんなあほ顔晒して。」
「酷すぎでしょ。一緒に戦った戦友なんだから言い直してよ」
「悪かった。なんでそんな間抜けな顔できるんだ?」
「もっとひどくなってるよ!」
いつもと何も変わらない。安心して、落ち着いて、自分の居場所だと思える空間。
「そういえばエリドアはどうやって、ついてこれたの?」
ずっと聞きたかった質問だ。
「分からないわ。久しぶりに彼が車椅子から離れているところを見たもの。」
「エリドアも『能力』を持っているのか?」
ヴァルも気になっているようだ。
「ええ、エリドアは何かしらの力を持っていたけど、どんなものなのかはわからないわ。」
今回は不審な点が多かった。それを解決していかないと次に生かすことができない。
「これからどうするの?」
トーマスも心配のようだ。昨日あれだけ冷酷に見えたのにいつもの優しいおじさんに戻っている。
「そうだな。俺は【ニクスポート】へ向かうつもりだ。」
「【ニクスポート】?なんで?」
「やることができた。」
「そっか…。」
なんとなく察しがついた。
「私はついて行くわ。やることもないし。」
サリナとエリドアはヴァルとついて行くらしい。
「僕は王子の移行に任せることにする。」
トーマスは王子について行くのか。
「ケイルはどうするんだ?」
「僕はそうだな…」
「集まっているかな?」
王子御一行が家に入ってくる。一気に空気が重くなる。
「話そうか、今後について。」




