第十六話
「すまない、ヴァル君…。失敗した…。」
衝撃的な知らせを受けて、4人の顔は青ざめる。
「シルヴィアは?シルヴィアはどこだ!」
ヴァルが激昂する。
「すまない…。」
「は!?答えになってねぇよ!」
ヴァルは走って家の中に入っていく。すぐに、家から出てきて剣を抜いた。次の瞬間王子に襲いかかった。それをリオナーが静止させる。
「てめぇ!シルヴィアに何をした!」
「落ち着け。ヴァル。王子に危害を加えるんじゃない。」
リオナーはヴァルの剣をはじき、抑える。
「お前だけは何があっても殺してやる!」
この状況に何も言えずに立っている。僕だけではない、その他の面々も何もすることができない。ただ、見つめるだけだ。何があったのか分からない。
「すまない…。」
「ふざけるな!じゃあ、なんでこんな!」
ヴァルの怒りを見るにシルヴィアに何かあったのだろう。
「一度話をしたい。中に入らないか…?」
王子はそういうと中に入っていった。あっけにとられている全員はその言葉に従い中に入る。
「離せ!こいつ!」
「一度頭を冷やせ。ヴァル。話を聞こう。」
王子以外は誰も事情を知らなさそうだ。
中に入ると、シルヴィアが死んでいた。椅子に座って。
「なんで…」
「すまない…。失敗したんだ。」
「何があったんです?」
「彼女、シルヴィア君は、裏切り者だったんだ。」
衝撃的な知らせに全員が絶句する。ヴァルですら静かになった。
・王子ルシアス・アルカンシア視点
嘘をついた。完璧なまでの。裏切り者はわかっていたから。そうでなければ王都を離れることはなかっただろう。一度も食事をしなかった。毒殺される可能性があったから。
作戦当日の朝に、リオナーとセラフィナを隠れ家に移し、行動を開始することにした。もちろん全員が知っている作戦は嘘だ。本当の作戦は、暗殺に来るであろう御親兵を返り討ちにすること。おそらく上級貴族も来るに違いない。護衛とフェルガスを連れて、ある貴族の屋敷へと向かう。ここで襲われるはずだ。中へ案内され椅子に腰かける。
「第二王子殿がなんの御用ですか?」
ぺこぺこと頭を下げながら、貴族の男が近づいてくる。
「あなたはこの屋敷の者ではない。」
「どうしてですか?」
「私は昨日ここの者と会っている。」
もちろん嘘だ。ここへ来るのは初めてだし、顔も知らない。だが、この手の嘘はよく効く。一瞬でも、動揺すればわかるからだ。
「やりますね。王子殿。第一王子とはひどい差だ。」
「何人連れてきた?」
「首だけになったら数えると良い。」
扉が開いて、無数の御親兵が入ってくる。それを、フェルガスが無言で殺しに行く。
30いや35人か。屋敷は空だろうからすぐに暗殺チームは帰ってくるな。椅子に座って振り向くともう終わっていた。
「さすが、フェルガス君。」
「ありがたきお言葉。」
上級貴族はどこだ。探すまでもなく、馬車が屋敷の前で止まった。おそらく現場を確認しに来たのだろう。屋敷内に意気揚々と入って来て、私の死体を確認するために部屋に入ってくる。
「なんだ!?これは!?」
「お久しぶりです。ノクシリオン殿。」
「王子!?」
「ノクシリオン殿の部下が少々暴れだしまして。こちらで鎮圧させていただきました。」
「なに!?」
「どうぞ。椅子に掛けてください。」
ノクシリオンはしぶしぶ椅子に座る。
「目的はわかっています。私を殺しに来たのでしょう?」
「そ、それは」
「良いんです。地方都市がうまく機能しているのはあなた方上級貴族のおかげではありませんか。」
ノクシリオンは黙って聞く。
「それでも少々いたずらが過ぎましたね。」
「な、なんの話ですかな…」
「私たちはすべてを把握しています。無駄な抵抗はよしてください。私の要求は奴隷の解放。そして、私が王になるため奮闘していただきたいのです。」
「も、もちろんでございます。」
貴族特有の自己保身か。今死んだ兵士も報われないな。
「では、明日から頼むぞ。」
「は、はい!」
屋敷を後にして、4人が居なくなったタイミングで隠れ家に入る。アリス、セラフィナ、シルヴィア、エリドア、リオナーがいる。
「あ!おかえりなさい兄さま!もう、お仕事はいいの?」
「私の仕事はむしろここからだ。」
シルヴィアを見る。向こうも何かを察した様子でこちらを見る。
「お茶を入れますね。」
「申し訳ない。シルヴィアと二人にしてほしい。」
人払いをする。席に着き、目の前に紅茶を出される。
「質問良いかな。シルヴィア君。」
「どうぞ。」
「君が裏切り者で間違いないよね。」
「はい。」
あっさりと認めた。何かひと悶着あると思ったのに。
「なんでかな?」
「私はある中級貴族の召使の家系で産まれました。産まれてすぐに、中級貴族の召使として一生を捧げるように教育をされます。私は成績が良かった。なんでもできるし、教えられたことはすぐに吸収しました。それが母にとってはうれしかったんでしょうね。どんどん期待が大きくなって、それは私が抱えるには大きくなりすぎました。母の口癖は明日も頑張りなさいでした。いつも、いつも。聞かない日などなかったです。じゃあ、私はいつその明日にたどりつけるのでしょうか。いつ褒めてもらえるのでしょうか。いつこの期待から解放されるのでしょうか。」
紅茶を啜る。
「初めて中流貴族の子供に会いました。歳は同じで、名をヴァルセリオン・エルトリア。ヴァルと初めて会いました。性格は頑固で、負けず嫌い。でも、彼が誰かを貶しているところなんて見たことがない。誰の言うことにも従わない少年は、誰にでも優しかった。彼はいつも誰かに褒められていた。周りに人がいた。羨ましかった。そこを変わってほしかった。でも、彼だけが私を褒めて、認めてくれた。そんな彼に召使ながらも恋をした。だから彼が14の時に〈魔王〉を倒しに行くと言って、家を出ていくときに誘ってくれてうれしかった。家を出ました。〈魔王〉のところには一人で行くと譲らなかった。だから私は家で待っていた。不思議と寂しくなかった。彼が花をくれたから。居場所をくれたから。召使ではなく一人の人間として尊重してくれていたから。彼は暗い顔で帰ってきました。何も聞きませんでしたが、不安を取り除こうと抱きしめたらベッドに押し倒されました。そこから2年王都で、サリナさんやエリドアさんとの生活が始まりました。楽しかった。彼が横にいるだけで。重い期待もなく、失敗しても怒られない。そんな中手紙が届きました。母からの手紙です。第二王子暗殺の命令でした。ヴァルには言いませんでした。彼に嫌われるのが怖かった。あそこで、母に逆らうべきでした。でも、逆らえなかった。結局私は母に認めて、褒めてほしかったんです。誰でもない、自分の肉親に。私はみんなの情報を流しました。これが私の言い分です。」
淡々と自分の生涯について説明しているようだ。贖罪にも聞こえる。
「そうか。手を貸してくれないか?」
「何をすればいいのですか?」
「情報をもっと流してかく乱してほしい。」
「そうですか。申し訳ありません。それには従いません。」
乗り気ではないのに驚いた。ここで彼女を説得できなければ王都から出てきた意味がなくなる。
「なぜだ?」
「私はみんなを裏切った。自分の夢のために。だから、顔向けできません。」
「それは今までの話だろう。これからは、みなのために動いてほしい。」
「この紅茶おいしいですよね。」
「そうだな。」
「これは彼が好んで飲むものです。最期にこれが飲めてうれしいです。」
そう言い残すと彼女は糸が切れたようにその場で肩が落ちた。これは毒だ。自身で毒を仰いだんだ。
「なっ…!?」
失敗した。人を話術で何とかするのは得意だと思っていた。もう、冷たくなっている。解毒できないように会話で時間を稼いだのか…。もっと早くに対処しておくべきだった。
ヴァルに気を使ってこんなタイミングでするべきではなかった。後悔しか残らない。自分の陣営の者は誰も殺したくなかった。それをこんな形で。ここまで追い詰められていたのに気が付かないなんて、自分が情けない。
誰も死なせないなんてきれいごとは、私欲のための戦場では無意味なことすら理解できていなかった。今まで物語の主人公のような気分でいるのが恥ずかしい。本で読むような英雄譚には名前すら出てこない英雄がたくさんいるのに。死人が出ないなんて夢物語を信じ切っていた。
ヴァルたちが帰ってきた。後悔しても遅い。やり方が、いや相手の卑劣さを甘く見ていた。これも違うな、周りに甘えていただけなのかもしれない。凍てつく戦場で、暖かい場所なんてないのを死人の前で理解する。




