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第一話

 殴られている。部屋の真ん中で。乱暴に床に押さえつけられ、腕や首にタトゥーが彫られている30歳前後の男性が自分のことを力いっぱい殴っている。本来、子供に浴びせる必要のない罵声。全身に痛みがあり、体を動かす元気も気力もない。遠くのほうでは女の子の泣き声が聞こえる。横の部屋では30歳程度の女性と少女が座っている。少女の腕には小さなやけどの跡がたくさんあり、そのそばで女性は煙草を吸っている。およそ家族と思われるこの4人は、異常なまでにこの状況が当たり前だと受け入れているようだった。


 時々この夢を見る。起きた時にはあまり覚えていないが、なんだか懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。気だるい体を起こし、床に足をつけ、ベッドから体を離す。もう春だというのに暖かみのない冷たい空気が体を覆う。

「寒っ…」

 自室を出るとさらに寒気が増している気がする。階段を降り、外に出る。

 ここは、王都から見て東にある【ルメレイン】という都市だ。鉄がよく取れる山々に囲まれ、鍛冶師たちは今日も鉄を打つ。剣や防具の名産地であるこの街は四季がはっきりと感じられ、最も住みやすい都市として騎士たちを支えている。

 今日この街を出ていく。流石に17年も住んだ街を旅立つのは寂しいが、幼いころから夢にみていた王都での生活が始まると考えるとわくわくする。まだ静かな街を揚々と歩く。しばらく懐かしい気持ちで街を歩いていると昔なじみのやつに会った。

「よう!朝早いなケイル!」

「ガーヴィンこそ、こんな早くから仕事?」

 こいつは学校で友達になった街はずれの村に住んでいるガーヴィン。学校を卒業してからお互いに忙しくてほとんど会えていなかったから最後にこうして声をかけることができてうれしい。

「ああ、いつもこんなんだよ!なんで農家っていうのはこんな朝早いかね」

「大変そうだね」

「まあ、でも慣れもんさ!!ケイルはどうしたこんな早くに?」

「今日から王都に配属になったから、最後に散歩しとこうと思って」

「早いな!なんでそんなに早く昇進できるんだ!?」

「運がよかっただけだよ」

「いいな~エリートは」

「なに~その言い方は嫌味かよ」

「冗談だよ、でもほんとにすごいな!お前は何やらせても器用にこなすもんな」

「あはは、ありがとう」

「行く前に会えてよかったわ」

「ほんとよかった。仕事頑張って」

「王都でもがんばれよ!」

 ガーヴィンは仕事に戻り、僕は街を適当に回って家に帰った。家に帰るともう家族が全員起きていた。弟と父は椅子に座ってご飯を食べていて、母はなにやら台所で何かしているようだ。

「おはよう」

 僕に気が付いた父が一番に声をかけてくれた。

「おはよう、兄さん」

 弟もそれに反応するように声を出した。

「おはよう、ケイル。今日はずいぶんと早いのね」

 母は振り返ってそう言った。

「おはよう。今日がこっちでゆっくりできる最後の日だからね」

「そうね。今日から王都での仕事だものね。でもたまには帰ってこられるんでしょ?」

「帰れるタイミングがあったら帰ってくるよ」

「いつでも帰ってきていいからね」

 父が顔を上げて

「悪いなケイル。俺は出発の見送りができそうにない。仕事がまだ残っていて」

 父は教師をしている。春は新入生やら配置換えやらの関係で毎年忙しくしている。

「いいよ、さん。今生の別れってわけでもないし、暇になったら帰ってくるから」

「そうか、向こうでもがんばれよ」

 すると、父は食事が終わったのか椅子から立ち上がって

「じゃあ仕事に行ってくる」

 一言だけ置いて外に出て行った。

「兄さんに渡したいものがあるんだ!」

 弟も食事を終えたらしく自分の部屋に走っていった。すぐに帰ってきて、一本のナイフを渡された。

「これ自分で作ったんだ!親方に一本目にしては上出来だって褒められたんだよ!」

「これをくれるの?」

「売り物には程遠い物だから兄さんにあげる!」

 3つ下の弟は鍛冶屋で修行中だ。昔はかっこいい騎士になるって息まいていたけど、才能がないとはっきり言われて剣を作る側に回ったのだ。

「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」

 弟からナイフを受け取り、礼を言う。

「じゃあ僕も仕事があるから」

 母と二人を残して父と弟は仕事へと向かった。

「もう出発の準備はできているの?」

「もう行くだけだよ」

 そう言って席に付き食事を始めた。母とは食事をしながら他愛のない会話をした。食べ終わると食器を洗い、顔を洗って、歯を磨いて、服を着替えて鞄を持って外に出た。

「忘れ物はない?」

「大丈夫だよ。もうそんなに子供じゃないし」

「そう…頑張ってね」

「うん。行ってきます」

 家を出て行って街の外にある馬車に乗り込む。これで王都まで連れて行ってくれる。自分が生まれ育った街がどんどん小さくなっていくのを見ながら馬は走っていく。


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