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私はロボットではありません!

 誰しもが、人に知られたくない秘密を持っているとは思う。

 ただ、私の場合はちょっと、だいぶ、かなり、とんでもなく異質で。

 だからこそ、絶対に。何が何でも。

 

 気取られてはならない。

 バレては、ならないのだ。



 ※



 内容は違うが、いつも通りの喧騒に耳を傾けながら。

 黒髪の少女が、机に突っ伏している。

 教室に彩りを与えるクラスメイトの談笑は、昼寝のBGMにちょうどいい。

 

 こうしてまったりと惰眠を貪ること。

 それが、少女にとって何よりの幸せだった。


「紙奈――起きてる?」

「寝てる」

「起きてんじゃん」


 友人に呼びかけても、少女……紙奈は、起きるつもりはない。

 何よりも至福の時間なのだから――。


「あれ……紙奈、なんか、変じゃね?」


 ダァン、という物音。

 寝ていたとは思えないほどの勢いで、紙奈は身を起こす。

 

 冷や汗を掻き、瞳は揺れている。

 心拍数が上がり、胃がきゅっと締まる感覚。


「どこが!?」

「髪の毛」

「え、いや、えっ?」


 紙奈は慌てて髪の毛に触れて、


「質感めっちゃいいじゃん。なんかしてんの?」

「へ、変? 変かな……?」

「いや別に悪い意味じゃないんだけど。前より綺麗だなって」

「あ、そう! シャンプー変えたんだよ!」

「そうなの? じゃ、後で教えてよ」

「うん……後でね」


 あははーと笑う紙奈。

 その笑顔は引きつっている。


「で、あるからして。このように……」


 これまた中身は違うが、普段通りの声音を聞きながら。

 うつらうつらと紙奈は眠気に耐えている。

 授業は退屈で、眠気を誘いやすい。

 

 しかし眠るわけにはいかない。先生に怒られるからだ。

 だがそうやって、頑張れば頑張るほど、眠気は強くなるわけで……。


『おー起きてる?』

「ふわっはい!?」


 突然脳内に響いた、女性の声に驚く。

 奇声を上げた紙奈に、クラス中の視線が集中した。


「あ、なんでもないでーす……」


 赤面する紙奈の耳に、クスクスという笑い声が届く。

 紙奈は羞恥心を引き起こした原因に抗議する。

 

 口から言葉を、放つことも。

 ポケットの中のスマートフォンに、手を触れることもなく。


〈プロフェッサー! 学校にいる時は連絡しないでって言ったじゃん!〉

『おーおー、起きてるね。良かった良かった』

〈良くない!〉

『でもさ、しょうがないでしょ。奴らが出ちゃったんだから』


 紙奈の表情が怒りからげんなりしたものに変わった。


〈……マジ?〉

『嘘吐くメリット、ボクにある?』


 残念ながらない。


〈どうしても、ダメ?〉

『前も言ったけどさ、別にいいんだよ? ボクは。最後の晩餐の献立考える必要があるくらいで』

〈……わかった! わかりました! 行くから、座標送信して〉

『そう言うと思って、もう済んでるよ』


 紙奈は小さくため息を吐く。嫌だが、仕方ない。

 ビシリ、と。

 天空へと右手を伸ばし、


「せ、先生、すみません。お腹痛くなっちゃって」

「お、そうか」

「あ、あの……ちょっと、かなり……爆裂的なので……」

「そうなのか? 無理せず、治まってから戻ってきていいからな」


 再び、クスクス笑いに晒される。

 顔を朱色に染めながら教室を後にして、トイレに入った。

 

 窓を開けて、外を見る。

 今いる場所は二階だった。飛び降りても大怪我する可能性は低いだろうが、ゼロではない。

 それでも、躊躇なく身を投げた。

 

 三点着地を決めて、周囲を――見渡す必要はない。

 生体反応は全て、校舎の中にある。視線も検知していない。

 

 誰にも見られていない。

 紙奈の制服が変化する。

 精確には、その身体が。

 

 全身を覆う白色のバトルアーマー。

 背部に装備された飛行用スカイパック。

 

 身バレ防止の偽装用水色グラス。

 髪色は陶器のような白さになって、偽装解除が完了した。


「憂鬱だ……」


 この瞬間が嫌いだった。

 本来の自分じゃなくなるような気がして。

 

 だから、ストレスを発散するかのように。

 スカイパックを思いっきり唸らせる。

 

 上空へと飛び立った紙奈は、目的地へ急行。

 肉眼での視認はもちろん、レーダーにすらまともに検知されないスピードで目標地点へ到達した。

 

 到着以前から状況は把握している。

 わかりたくないのに、わかってしまう。


「どうも、侵略兵器さん」


 アイセンサーにて赤く強調されるのが敵。必死で逃げ惑う緑色の人型が市民。

 機械化されたクモみたいな侵略兵器は日常の破壊に勤しんでいた。

 電柱を倒し、アスファルトを抉り、車を廃車にして、家屋を倒壊させる。

 

 はた迷惑な話だ。人的被害は出ていない。

 というより、効率の問題……らしい。

 命を奪うよりも、物資を破壊する方が侵略しやすいんだとか。

 

 しかし紙奈にとって、そんな理論はどうでもいい。

 ただただ、困る。迷惑だ。

 だから。


「一気に決めるッ」


 ガシャン、という音と共に右腕がパージされた。

 そこへ飛来してくる新しい右腕。ロケットパンチの如く飛んできた右腕が自動装着される。

 青い右腕は一振りの刀を掴んでいた。


〈右腕、アームアタッチメント換装正常。近接火力向上。アタックギア・ボムブレード使用可能〉


 左腰に鞘を装着。青い腕で刀を抜き放つ。


「切り捨てゴメン!」


 紙奈は軽く足を踏み出し、10メートルもの距離を一気に詰めた。

 クモ型兵器が振り返ったが、遅い。

 刀身は複眼の頭部に突き刺さっている。

 紙奈はそのまま一刀両断した。


「残り三機!」


 反逆者を知覚したクモ型が、一斉に牙を剥く。前足に搭載されたマシンガンを連射しているが、スカイパックによる高機動ですいすいと躱す。

 肉薄して、一閃二閃、三閃。侵略兵器は刀の錆と化した。


「お仕事終わりっ」


 思った以上にスムーズに殲滅した。今ならまだ授業に間に合う。

 そう思って踵を返した瞬間に、背後から振動を検知した。


『おや? 光学迷彩で隠れてたっぽいね』

「えっ――」


 振り返った先にいたのは、二階建ての家屋と同じ大きさのクモ型。

 複眼の一つが妖しく光る。そして放たれたのは光線だった。

 爆風が周囲を包んだ。

 しばらくして煙が晴れて――。


〈左腕、アームアタッチメント換装正常。ディフェンスギア・レーザーシールド使用可能〉

「あっぶなッ!!」


 黄緑の左腕に持つ光波盾を、紙奈は構えていた。


『少し敵の対応力が上がってきたかな。開発速度を上げなきゃか』

〈冷静に分析してないで! これが最後――うわッ!〉


 今度は六つの複眼全てからレーザーを発射してくる。

 紙奈はシールドで防いだが、道路は違う。

 穴が開き、地面が抉れ、アスファルトが焦げていた。

 損傷した分だけ、修復が遅れる。遠目からは、逃げ場のない家族が怯えているのが見えた。

 

 この瞬間も、紙奈は嫌いだ。

 自分が戦うのは嫌だ。

 

 それ以上に、みんなを脅かす侵略兵器が嫌いだ。

 ちゃんと守れるはずなのに、被害を止められない自分が何よりも嫌だ。


『それで最後。思いっきりやっちゃっていいよ』

「了解ッ!」


 紙奈は跳躍。人の身では考えられないほど高く飛んだ紙奈を、巨大グモは前足で叩き落とそうとしてくる。

 それをスカイパックで回避。二度目の殴打は回避際にカウンターで斬り返した。

 左前足が地面へ落下する。が、直後に再生した。


「斬るだけじゃダメか。なら!」


 紙奈はさらに上に飛び上がる。上空なら地上よりも周囲に被害は及ばない。

 レーザーを器用に躱しながらスキャンを開始。

 コアを特定。見た目通りの位置だ。


「うおりゃああああ!!」


 太陽光を背に、急降下。

 レーザーを光波盾で防御し、前足での迎撃を寸前で避けて。

 刀身をその丸みを帯びた胴体に突き刺す。


「パージ!」


 コールと共に刀身が柄から切り離され、紙奈はクモ型を踏み台にしてとんぼ返り。

 瞬間、刀身が起爆。

 侵略兵器S型の胴を吹き飛ばした。

 

 コアを失ったクモ型は機能停止。

 機密保持のために残されたパーツも溶けて、綺麗さっぱりなくなった。


「ふう……」


 一息吐く。と周囲の喧騒を聴覚センサーが捉える。

 歓喜の声だ。それと拍手。

 勝利の安堵の歓声をその一身に受け、照れる紙奈。

 

 そして思い出す。

 日常を。

 まだ授業の真っ最中であるということを。


「ヤバい!? 戻らなきゃ――」

『あ、もう終わったっぽいよ。授業』

「そ、そんな……」


 愕然と膝をつく。

 どうしてこうなった。

 

 少し前までは、こんな身体じゃなかった。

 麗しの女子高生だったというのに……!

 こうなったのは……こんな風に、なったのは――!


『にしても流石だよ、紙奈。流石は、ボクが作ったロボットだ』

「私は、ロボットじゃない――!!」


 元凶に向けて、絶叫する。

 これも全て、プロフェッサーのせい。

 あの忌まわしい事故のせいだ。




 ※※※




「……へ?」


 目覚めた紙奈を襲ったのは混乱だった。

 起きた場所が知らない部屋であるということ。

 そもそも寝ている理由がわからないこと。

 加えて、なぜか自分が全裸で寝かせられていたという事実に。


「な、え、は――?」

「お、目覚めたね。良かった良かった」


 声を掛けてきたのは白衣の女。

 眼鏡を掛けた、水色髪の、ちょっと気だるそうな女だ。


「あ、あなた誰ですか……!?」


 申し訳程度に掛けられていた布で身体を隠しながら警戒する。

 しかし女は気にも留めない。ぐいぐいと近づいてきて、


「経過は良好、と言ったところかな。何の違和感も抱いていないようだし」

「違和感?」


 違和感なら現在進行中だ。全く状況が呑み込めない。

 まずなぜここにいるのかが不透明過ぎる。

 鼻歌交じりに学校に向かっていたのが最後の記憶だ。

 

 いや……でもその前に、何かを見た気がする。

 全身を白亜の装甲に覆われた、何かを。


「一体何なんですか!? 通報しますよ!」

「ああ、説明がまだだったね。いいよいいよ。座って」

「座ってって……まず服! いや、説明はいいから家に――ええと、そうじゃなくて……」

「混乱してるね。はい、服」


 女性が取り出したのはリモコンだった。

 そんなもので何を、と思った刹那、突然制服という一糸が纏わりつく。


「え? 服を着せるリモコン?」

「あったら便利そうだけどね。流石にそんなものは作れないよ。まだね」

「ど、どういうことなんですか」

「だからね、服を着せたんじゃなくて――」

「ふ、服はどうでもいいですから! 一体どういう状況……」


 女性が口を開いた瞬間、けたたましいサイレンが耳をつんざく。

 しかし奇妙だった。うるさいと感じた瞬間に、音量がオブラートに包まれた気がした。

 最近の警報装置は耳に優しいのだろうか。

 などと感心している場合ではない。


「ありゃー間が悪いね。出ちゃったか」

「何が……?」

「ボクがソレを作った理由」


 女性が指しているのは紙奈だった。

 訝しんだ瞬間に、女性が背中を押してくる。


「え、ちょっと!?」

「ほら行った行った。通常兵器は通用しないからね。君がどうにかするしかないんだよ」

「だから何の話!?」

「それはおいおい説明するからさ」

「嫌ですよ!?」


 拒否する紙奈。何の説明もせずに何かしろと言われても、答えはノーだ。

 そう言ったところで強要してきそうだな。

 とばかりに思っていたがそっか、と女性は納得してしまった。


「ならいっか。準備しよっと」

「何の準備……?」

「最後の晩餐だよ。何食べよっかなー」

「待って。どういうこと、ですか?」

「だって君しか対処できないし。そんな君が嫌だって言うなら、結末はもう決まったようなもんだよ。ボクはね、死ぬ前に美味しい物を食べるって決めてるんだ」

「……私が行かないとどうなるんですか?」


 女性はスマートフォンで料理を検索しながら呟く。


「んー、人類滅亡?」

「……冗談ですよね?」


 言動の数々が、この見知らぬ部屋が、何もかもが、脈略がなさすぎる。


「そう思うならそれでもいいんじゃない。元々あんまりやる気ないし。ソレを作ったのだって、義理のようなものだしね。ついでだから奢ってあげよう。何か食べたい物ある?」


 他人事のように聞いてくる女性。

 よくわからない。わからないが。

 このままではまずいという苛烈な予感があった。


「あーそうそう。君の身体なんだけどね、実は――」

「……きます」

「ん?」

「行きます! よくわからないけど、そうしなきゃまずいんでしょ!」

「あ、そう。やる気になったんだ。オッケー。じゃあ出撃だね」


 女性に促されて部屋を後にする。何かよくわからないパーツや機械が山積みになっているガレージに案内されて、女性はそのうちの一つに被せられていたカバーを外した。


「バイク、ですか?」

「そ。いきなり空を飛ぶのはハードル高そうだし。乗って」

「でも私免許とかないです」

「へーきへーき。許可取ってるから」

「そういう問題じゃ――あれっ!?」


 身体がバイクに乗り込む――自分の意志に反して。

 驚愕しながら女性を見ると、その手には先程のリモコンが握られていた。


「大丈夫だから。さぁ行こうか」

「待っ――うわああああ!?」


 シャッターが開いて、バイクが動き出す。運転の仕方もわからないのに。

 紙奈を乗せたバイクは外に出ると、当然のように道路を進んだ。

 紙奈はただ振り落とされないようハンドルを握っているだけだ。


〈目的地到着まで残り三分です〉


 ルートガイドのようなものまで聞こえてくる。ロングの黒髪は風になびいているし、風圧が全身を襲ってくる。時速が何キロかはわからないが、一般車を続々と抜かして行っている。

 

 一体いくつの法令違反をしているのか定かではない。

 ノーヘルで一般道路を猛スピードで飛ばす、免許不携帯の女子高生。

 その事実に胃がやられそうになって気付く。


「痛くない?」


 それどころか、高速移動しているのに大して怖くもない。

 ジェットコースターすら苦手だと言うのに。

 ルートガイドは残り一分だと告げてくる。またもや違和感を覚えた。


(イヤホンなんてしてたっけ?)


 バイクは喋っていない。聞こえてくるのは耳――いや。


「頭の中から、声が……うおっ!?」


 バイクが止まった。

 恐る恐る降りて、周囲を見渡す。

 何もない。

 いや――ある。


「クレーター……?」


 思わず後ろを振り返る。いつもの街並みだ。

 前へ視線を戻す。

 巨大な穴が開いている。


「な、何……?」


 一体何度、疑問を抱いただろう。

 当惑は、突然の音声で上書きされる。


『到着したみたいだね。うん、でも問題はないはずだ。ボクの最高傑作だからね』

「最高傑作……? というか、頭から声が!」

『ボクのことはプロフェッサーって呼んで。反応が近い。来るよ』


 えっ。

 そう声を漏らした時には、目の前にいた。

 

 一言で言うなら、巨人。

 紙奈の二倍はあろうかという大きさの、機械でできた人形が直立していた。


「なッ――」

『まずは避けて』

「え、あ、が」


 殴られた。

 否、吹き飛ばされた。

 道路を何度かバウンドして、空車だった車へと突っ込んだ。

 

 静寂が場を支配した。

 かに思われたが、車から小さく呻く。

 

 紙奈は生きていた。満身創痍……というわけではない。

 むしろ逆だ。怪我一つ負っていない。

 嬉しいことのはずなのに、さらにパニックになる。


「ど、どういうこと……?」

『これに関しては謝罪するよ。二重の意味でね』

「二重……どういうことですか?」


 こちらを捉えた巨人がゆっくりと近づいてくる。

 紙奈は立ち上がれなかった。肉体的ではなく、精神的な問題のせいで。


『今、君の身体は君自身の肉体じゃない。ボクが作った対侵略人型拡張兵器になってるんだ。まぁわかりやすく言えばロボットだね。戦闘用ロボット』

「ロボット……? え?」


 自分の手を見つめる。生身の右手のようにしか見えない。指の隙間から、接近する巨人が見えた。


『事故だったんだよ。敵の襲来に備えて、起動テストをしていたんだ。そしたら、プログラムの設定ミスかバグだったのか……原因は不明なんだけど、敵味方識別信号に不具合があったようでね。テストの最中に、機体は敵性存在を誤認識して、排除のために行動したのさ。その時の標的が――』

「――私?」

『そうだよ。認めたくないことだけどね』

「じゃあ私……死ん――あ」


 いつの間にか巨人に最接近されていた。再びの理不尽な暴力。人体をぐちゃぐちゃにするほどの強烈な打撃を受けて、かすり傷一つ受けず地面を水切りのように飛び跳ねる。

 今度は地面に寝転がった。長髪が乱れて、目元を覆う。


『……死んではいないよ。そもそも、本来の君はそこにはいない。ボクの家にいるんだ。医療用ポッドから脳内信号を飛ばして、リモートで義体を操作している状態だよ。感覚は共有しているけど、要はさっきのリモコンと同じさ。方法は違うけど、原理は同じだ』


 振動を聴覚に捉える。恐ろしいほど精密に。

 髪で見えないはずの瞳も情報を取得していた。

 ロボットの身体であることを自覚した瞬間、思い出したかのようにあらゆる機能が動き出している。

 

 視界の隅に、緑色の小さな人影を捉えた。

 子どもだ。男の子。


「プロフェッサー。あなたはさっき、君がどうにかするしかないって言いましたよね?」

『そうだね。そこは純然たる事実だ。他にどうもしようがない』

「私が、戦わなかったら、人類滅亡?」

『その通り。理不尽だと憤ってもいい。関係ないと無視を決め込んでもいい。ただ、その事実だけはどうあっても覆せない』


 物陰に隠れながら、子どもが震えている。

 その微かな泣き声を、聴覚センサーは聞き逃さなかった。


「……言いたいこと、聞きたいこと。山ほどあります」

『やめるかい?』

「けど――今は!」


 巨人が再び腕を振り上げる。

 そこへ紙奈は飛び上がり、強烈なアッパーカットをその頭部に加えた。

 巨体がよろける。そこを蹴り飛ばす。

 着地して、息を吐き出し、拳を握る。


「このお騒がせ巨人を、倒します!」


 後退した巨人が体勢を立て直している。

 紙奈は驚いていた。戦いどころか、まともな喧嘩したことすらない。

 

 それなのに、まるでアニメやゲームのような、現実離れした動きをこの身体はできる。

 自分が思った通りの動作を。

 ならば、素人にだって、勝機はある。


「うおりゃああああ!!」


 叫びながら、突撃。拳を巨人にお見舞いすると、ばかばかしく吹っ飛んだ。


〈敵侵略兵器、損傷率84%。効果的なダメージを与えられていません〉

「また頭から声が!」

『ガイド音声さ。君をアシストしてくれるAIを搭載してるんだ』

「けどどうすれば!」

〈アームアタッチメントの換装を進言します。推奨装備はアタックギア・バンカーバスターです〉

「アタッチメント? ギア? バンカーバスター?」

『オーケー、送ったよ』

「ちょっ、まだ、うおッ!?」


 復帰した巨人の突きを、腕で防ぐ。今度は吹き飛ばされずに済んだ。

 傍から見れば異様な光景だ。機械の巨人と、何の変哲もない制服姿の女子高生が戦っている。

 しかしその正体はどちらとも、ロボットなのだろう。

 

 いいや、違う。

 紙奈は自信を持って言える。


「私はロボットじゃない! 人だ! だから――」


 巨人の攻撃を防御しながら、背後を一瞥する。

 怖がっていた子どもが、こちらを見ていた。目が合う。


「人のために戦ってみせる!」


 巨人が、その体躯を生かしてタックルを繰り出す――。

 寸前に、何かが割って入った。小さな何かが何倍もの大きさを持つ巨人に競り勝つ。

 それは右腕だった。関節部から火を噴いて滞空している。


「こ、これ――え゛」


 紙奈が唖然とするの当然だ。

 バァン、という音と共に右腕が外れたためだ。


「う、腕っ、腕がぁ!?」

『換装シークエンスだから平気だよ』

「何の話!? わわっ!?」


 外れた右腕に、オレンジ色の右腕が装着される。


〈右腕、アームアタッチメント換装正常。アタックギア・バンカーバスター使用可能〉

「ど、どういう」

『おっと、敵もキメ技を使うつもりだね』

〈敵性反応、熱量増大〉


 巨人のお腹が開いて、巨大な大砲のようなものがせり出してくる。

 きっとアレがクレーターを作ったのだ。あんなものが街中で炸裂したら、周囲一帯が吹き飛んでしまう。

 

 それに、小さな生体反応はまだ同じ場所に隠れている。

 思考よりも先に、身体は動いていた。


「うおおおおお――おおっ?」


 駆け出している途中で右腕後部から火が吹いていた。

 その勢いで加速し、宙を舞う。

 

 しかし怯えない。恐れない。

 脳裏に浮かぶのは、打倒の二文字。


「迷惑千万、いけません! バンカーバスターッ!!」


 オレンジの右腕部が、巨人の腹部――砲身に直撃。

 杭のように貫通。巨人の身体が飛んでいく。

 クレーターへとホールインワンした巨人は、一拍置いて爆発した。


〈周辺に敵性反応なし。侵略兵器掃討完了〉

「勝った……?」

『いやー流石だね』

「や、やりまし――」

『流石はボクの作った兵器だ。うんうん。自分の才能が恐ろしくなるね』

「……」


 紙奈は一気に冷めた。そこで渋滞を起こしている疑問を投げつける。


「さっきのアレなんですか!? リモート操作って!? この兵器はなんなんです!? というか、私の身体はどうなってるんですか!」

『あー、君の身体か。本体の話ね。うーん……帰ってくれば見れるけど』

「だったら見せ」

『本当に見たい? なんていうかさ。控えめに言ってかなりグログロだけど』

「……え?」

『ぷちっと、ね。ぷちっとしちゃったからさ。まぁどうしても見たいって言うなら』

「や、やっぱいいです。けど、治してくれる……んですよね」

『そこは心配しなくていいよ。君が幸せになれるよう、全身全霊をかけて努力する』


 その言葉が聞けて良かった。心の底から紙奈は安堵する。


『ただ条件というか、やってもらわなくちゃならないことがあるんだけど』


 良い予感からの嫌な予感の反復横跳び。

 苦虫を嚙み潰したような顔で、訊ねる。


「まさか」

『そのまさか。侵略兵器を倒してくれないと、身体を治すどころじゃないんだよ。ボクと君にしか、世界は守れないからね。けど安心して? 君はボクの最高傑作だからね』

「だから私はロボットじゃ――」

「お姉ちゃん!」

「わっ」


 いつの間にかさっきの子どもが近づいていた。厳密には身体は気付いていたのだが、紙奈はまだそこまで順応できていない。


「大丈夫? 怪我とかない?」

「うん! ありがとう! その――カッコ良かった!!」


 聴覚センサーが音声を捉えた。視覚から取得した情報で子どものプロフィールを把握。音声情報との一致を確認。


「向こうでお母さんが探してるよ。行ってあげて」

「うん。ばいばい!」


 手を振って、子どもと別れる。

 自然と笑みがこぼれた。

 予定外の想定外に見舞われたが、こういうのは悪くない。


「ちなみに、日常生活についてなんですけど……学校とか」

『そこら辺に不自由がないよう、わざわざ君の身体データを反映させたからね。普段通り過ごしてもらっても構わないよ』

「やった!」

『ただし、気を付けてね』

「……はい?」

『身バレだよ。ロボバレしたらたぶん、もうどうしようもない。君の日常は崩壊しちゃうだろうから、そこだけは十分にね』


 鳩が豆鉄砲を食ったように呆けて。


「私はロボットじゃないのにぃぃぃ!!」


 紙奈の音声情報を、咥内の装置が出力する。

 これが、あの忌まわしき事故のメモリーデータ。

 

 紙奈と侵略兵器。

 世界を守るための戦い――その始まりだった。

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