2-49.子爵との決着
誰かの寝室なのか、ベッドが置かれていた。そこに被せてあるシーツを剣で切り裂き、適当な大きさの布にして僕の顔に巻きつける。
息はできるけど、煙はある程度防げるマスクになった。
「ありがとう、行ってくる!」
「はい! わたしもすぐに追いかけます!」
と、自分のマスクも作り始めた。そう時間はかからないだろうと考えながら、僕は再度部屋に踏み込む。
「おおおおお!」
「!?」
同時に剣を腰だめに構えて突進してくるエイリス。これを受けるのは危険。横に避けた。
すれ違いざまに、エイリスの背中に斬りつける。木の棒の切れ味は凄まじく、服ごとざっくり切り裂き深い傷が出来る。
「ぐあっ!? あっ! このっ! クソガキがっ! よくも!」
痛みに耐えながらもエイリスは振り返り、剣を振り下ろした。動きの鋭さは息子よりも上で、避けるのは楽ではない。まあ、僕には出来るけど。
数歩後ろに下がりながら回避。エイリスはなおも踏み込むが、傷のせいで動きがぎこちないのもあって、太刀筋はわかりやすい。
何度か繰り返せば隙が見つかる。背中が壁や家具にぶつかる前に見つかって良かった。
エイリスの一撃が振り抜かれた瞬間、棒を振る。エイリスの手首を剣ごと切断した。剣と共に腕が落ち、べしゃりと音がした。
「ぎゃっ!?」
欠損という事実を瞬時には受け入れられなかったエイリスに向けて踏み込んで、そいつの顔面を殴った。
鼻が折れて大きく曲がる。さらに、大きくのけぞった彼女の腹を足裏で押すように蹴飛ばした。
床に仰向けに倒れて、後頭部をしたたかに打ったエイリスを見て、僕は棒を捨てて彼女の体に馬乗りになり、顔面を殴り続けた。
「あっ! あがっ! がっ!? こっ! こんな! 奴に! くそっ!」
「こんな奴に! お前は負けるんだ!」
「おのれぇぇ!」
頬も目も腫れ上がり痣だらけになり、声を出せば血が飛び散った。それでも容赦なく、僕は何度も殴り続けた。
やがて彼女は、戦意を喪失したのか静かになった。こひゅーこひゅーと弱々しい呼吸音が聞こえるから、息は出来ているのだろう。
この女は問題を放置した結果、地下水路内でサハギンの大量発生という事態を引き起こした。扉が壊れていたから、いずれサハギンは外に出て人を襲っていたはず。
こいつを生かしておけば、また何かが起こる。今度こそ大惨事になるかも。
腰の剣を抜こうとした。
けれど僕の手を、暖かな手が包み込んで止めた。
「やりすぎですよ、ヨナ様。この人は、ヨナ様が恨んでいる方ではありません。殺さず、街の司法に委ねましょう。どうせ死罪ですよ」
「……うん。そうだね」
ティナの言う通り。個人的には何の恨みもない。殺さなくても制圧はできた。
やりすぎは良くないな。
立ち上がり、部屋を出た。蹄の音が聞こえて、アンリたちが来てくれたことがわかる。
姿を表した彼女たちには、しっかりとカルラとシャルロットも同行していて。
「ヨナ様!」
シャルロットが駆け寄って抱きついた。
「ありがとうございます。わたしのために、助けに来てくれたのですね」
「うん。もう、何も心配はないよ。子爵は倒した。殺してはない。エイナートは?」
「殺したわ! 殺さないと、なんか永遠に人を襲いそうだったから!」
「正気を失ってたのよ。なぜかは知らないけど」
原因は、なんとなくわかる。もう必要なくなったマスクを外して捨てた。
「そんなことよりシャルロット! ヨナに抱きつきすぎよ! そろそろ離れなさい! ヨナが困ってるじゃない!」
「そ、そうですか? ご迷惑でしたか?」
「迷惑ってわけじゃないけど」
「ではこのままで」
「ヨナはそれでいいの!?」
「シャルロットが怖がってそうだから。これで安心できるなら、別にいいかなって」
「はい。怖かったですヨナ様」
「ムキー! わたしだってヨナとくっつきたい! あ! わたしも、なんか怖くなってきたかも!」
「わざとらしいなー」
「ほら。アンリちゃん落ち着いて。そろそろ街の兵士が来るわよ。悪を倒した英雄として、しっかりした顔になりなさい」
「英雄! アンリーシャみたいに?」
「アンリーシャみたいに」
それで、表情を引き締めようとするのだから立派だな。こっちをチラチラ見てるし、憧れの英雄になりきることの高揚感から顔がニヤけているとしても。
ま、いいか。
その後すぐに、街の兵士たちが駆けつけた。
治安管理部隊のすべき仕事に勝手に割り込んで、子爵に重傷を負わせて息子を殺した僕たちに、兵士は危険を感じて槍を向けた。
しかしこちらが公爵の客人だと知ると態度を軟化させた。一緒に地下水路を探索した隊長も来てくれたから、こちらへの不信感は晴れた。
とりあえず今日は帰っていい。そう言われた。
帰り際、エイリスが保護されるのを見た。片手を無くして、顔はボコボコ。それでも生きているようだった。
かつて幽霊屋敷と呼ばれていた建物に帰る。ここが、ティナの家族の新しいパン屋になるのだろう。
パン屋の看板娘になるティアは、言いつけ通りに夕飯をを作っていた。しっかり八人分。
「もー! お姉ちゃん遅い! 日が暮れちゃったじゃない! 夕飯ひとりで作るの疲れたんだから!」
「そんなこと言われても!」
「あんまり帰りが遅いから心配したんだよ!」
「それは……ごめんなさい」
「ティア。帰りが遅くなったのはティナのせいじゃないよ。子爵の屋敷まで遠かったし、子爵がおとなしく出てこないのが悪かったから」
「ヨナ様はお姉ちゃんのこと心配しすぎです! ほらお姉ちゃん来て! 食器並べるの手伝って!」
「わっ! わかったから引っ張らないで。ごめんってばー」
ティナを引っ張るティアは、決して怒ってるだけじゃないように見えた。
本気で姉の身を案じてたんだろうな。だから今は手をぎゅっと繋いで、離さないようにしている。ティナもそれはよくわかっているから、悪いわけでもないのに謝ってるんだ。
「家族っていいわねー」
「そうだなー」
親がいないアンリとキアが、僕に寄り添いながら言う。なんなんだ。
「ま、今はアタシたちがヨナの家族みたいなもんだけどな」
「ええ。わたしたちは家族よね」
「……そうだね」
そう言ってもらえるのは嬉しかった。




