2-46.エイナートのほしいもの
部屋にある収納スペースを開けて、中の瓶や袋をいくつか取り出す。
薬物はどれだったか。これと何かのスパイスを混ぜたものを接種して、サハギンは凶暴になった。
正確にどのスパイスなのかはわからない。だから一通り食わせることにしよう。いや、吸わせるか?
それによってエイナートは狂気に陥るだろう。
自分の悪事が露呈したエイナートは、サハギンと同じく強力な力を手に入れて、街の兵士を返り討ちにして状況を切り抜けようとした。しかしその代償として正気を失ってしまった。
愚かなエイナートが追い詰められてやった、ということにすればいい。狂った彼は兵士に取り押さえられたところで、何も言うことはできない。つまりエイリスがエイナートに全ての罪を被せる証言をしたところで、否定することはできない。
「エイナート。息を思いっきり吸い込め」
「え、なぜ」
「いいから。早くしろ!」
母に言われて、戸惑いながらも息を吐き、そして吸い込んだエイナート。エイリスはそんな息子に対して、手元にあった瓶や袋の中身をありったけぶちまけた。
薬物と複数のスパイス。それがどう作用したかは知らない。けれど。
「あがっ!?」
吸い込んだと同時にエイナートの体は大きく跳ねた。背中を反らして天井を見上げているが、目は白目を剥いているから見てはないのだろう。
そのままビクンビクンと数度跳ねた後、エイナートはこちらを見た。
目は血走り、理性が失われているように見える。
「エイナート、わかるか? お前は誰だ?」
「あ……あが……」
「お前のやるべきことはわかるか?」
「あ、あ……」
こちらの話を聞いているのか? 薬は本来どういう作用だったか。自分で使う気など無かったエイリスがそんなことを知っているはずもなかった。
とにかく、兵士に向けて戦わせないと。
「お前の望みはなんだ? 母のため、家のために戦うことだ。だから、ここを襲っている兵士たちを返り討ちにしてくれ」
「の、のぞ、み?」
「そうだ。望みだ。お前の望みは」
「シャルロット!!」
「!?」
「シャルロット! しゃるろっとおおぉぉぉぉぉぉ!」
「待て! それは違う!」
「あがぁぁぁぁぁ」
「ぐあっ!?」
止めようとしたところ、エイナートは剣を抜いて切りつけてきた。
エイリスの腕に浅い切り傷ができる。
この男は。どこまで言うことを聞いてくれないんだ。どうせ破談になる公爵の孫なんかに構っている暇はない。
いや、エイナートにとっては大事なのだろうな。正気を失った頭では、それしか考えていない。女のことしか。
冒険者をやらせている時も、金と地位という魅力を使って女たちを侍らせていた。そういう男だから。
シャルロットの名を叫びながら、エイナートは部屋を飛び出していった。まあいいさ。暴れに行ったのには変わりない。屋敷の中で兵士と鉢合わせすれば戦闘になるだろう。それで討たれて、罪をすべて被ればいい。
エイリス自身は、凶行にはしった息子を止められなかった哀れな母を演じよう。椅子に座り込み、腕の怪我の処置を始めた。
――――
兵士たちを蹴散らしたもふもふに続き、僕たちは屋敷の階段を駆け上がる。途中、使用人に遭遇した。
彼らは雇い主のために命がけで戦う気などなく、武装したこちらを見て早々に両手を上げて降参した。
「子爵はどこにいるの?」
尋ねれば、彼女の私室の位置を教えてくれた。シャルロットのいる部屋と同じく三階にあるけれど、お互いの位置は離れているようだった。
「二手に分かれましょう! わたしはシャルロットの方に行くわ!」
「じゃあ、僕はエイリスの方に。そっちを叩けば安心だろうから」
「シャルロットちゃんとしては、ヨナくんに助けてもらいたがっているでしょうけどね。でもそっちの方がいいか」
「わたしもヨナ様について行きます! なのでゾーラさんはアンリさんと一緒ですね!」
「あたしもヨナくんと一緒がいいのだけど……しかたないわね。さっさと終わらせてしまいましょう。あの子爵によろしく言っておいてね」
階段を上がりながら話し合い、分かれる。
道中、敵に襲われることはなかった。外にいた兵士と、玄関で待ち構えていた兵士で、子爵の持っていた戦力は全てだったのだろう。
蹴散らされた奴らは、街の兵士に対処を任せておいた。というか、流れでそうなってしまった。やられた敵の制圧だけしていればいいのだから、彼らも楽だろう。
アンリたちがシャルロットを無事に保護してくれることを期待しながら、僕とティナも子爵の部屋まで駆けた。
――――
屋敷のどこかから騒がしい声が聞こえる。何かあればすぐにシャルロットを守れるように、カルラは警戒しながら廊下を歩く。
敵の姿は見当たらない。このまま誰とも遭遇しないで味方と合流したいのだけど。
「しゃる……しゃ……シャルロット……」
足音と、声が聞こえた。
聞き慣れた声だ。忌々しいことだが、カルラは彼のパーティーに所属していたのだから。
故にわかる。エイナートの声がおかしいと。普段よりも高揚しているような、そしてまともに話せていない様子だ。
こんな状況だから、まともではいられないだろう。ピンチに強いタイプの人間でもない。けれど、そういう問題ではない気がした。




