2-42.肉の串焼き
扉の向こうから声をかけられるのを、カルラはしばらく慎重に聞いていた。
使用人が、晩餐の準備が出来たと呼びに来た。何も不審なことではない。けれど使用人の声は上ずっているようだった。
窓の外を見れば、屋敷の門が見える。兵士が何人も立ち、まるで外からの何かを警戒するような態勢。
普通じゃない。
「屋敷の、様子が、物々しい。なにか、あった?」
扉の向こうに話しかけた。使用人は、よくわからないという返事。
わからないはずがない。こんな騒ぎになっているのだから。
再び窓から門を見る。門の向こう側に別の兵士が立っていた。さっき幽霊屋敷を訪れた、街の治安管理部隊の装備らしかった。
子爵家の兵士と言い争いをしている。
かなり重大なトラブルが起こっている。
部屋の扉の鍵が掛かっていることを確認した上で、部屋の中の家具を動かして扉の前に置いていく。
「カルラ、何を」
「誰も、部屋に入れては、いけません。手伝って、ください」
「は、はい!」
シャルロットも、軽くて自分でも動かせる椅子を運んで手伝う。扉の前にバリケードを築いた。
外で街の兵士とひと悶着あれば、その隙に窓から脱出することもできるだろう。シャルロットをカーテンで作ったロープで下ろすことの不安は今もあるけれど、準備だけはしておこう。
カーテンを外し、剣で切り裂きながら細いロープにしていく。
扉の向こうからは、呼びかける声がどんどん強くなっていく。無理やりにでも入ろうとするまで、そう時間はないだろう。
――――
おじいさんのボートを桟橋まで戻す。隊長のボートは地下水路から出ていった直後に下船して、駆け出していった。他の兵士に連絡をつけて、各種の手続きをするためだろう。
より上の人間に、地下水路の中を確認させるとか。城主に連絡するとか。港のどこかに隠されている、ご禁制の品を探しに行く者もいるはず。
もちろん子爵の屋敷に行って問いただす者も。
子爵の悪事は、もう少ししたら公になる。貴族としての彼女らは終わりだろう。エイリスは失脚して、子爵の地位は剥奪。管理者の立場も奪われることになるはず。死罪になるかはわからない。
けど貴族ではなくなるなら、シャルロットとエイナートの結婚話もなくなる。シャルロットは自由になれる。
もちろん、そう簡単にはいかないだろうけど。
「あとは兵隊さんたちに任せればいいんですか? お腹がすいたので夕飯にしませんか?」
「待って。あの子爵が、罪を突きつけられたからって諦めるとは思わない」
「ええ。あたしも同感」
「シャルロットも、まだ向こうにいるしなー」
「人質にして切り抜けようってやつね! お話の中で聞いたことがあるわ! 助けに行かないと!」
「そ、そうですね! わたしもなんとなく、そういうの考えてましたよ! もちろんです助けに行きましょう!」
「ティナはお留守番しててもいいんだぜー?」
「そうはいきません! わたしはヨナ様と共にありますので! シャルロット様を助けに行きましょう!」
ティナもやる気になってくれて良かった。
というわけで、お留守番は。
「ティア。わたしたちは子爵の家に乗り込みます。なのでもう少し、ここで待っていてくださいね」
「ちょっ!? お姉ちゃん!? そんなことしていいの!?」
ティアに任されることになった。
「いいんです! わたしたちは公爵家の客人! だから公爵のお孫さんかピンチの時は、助けに行かなきゃいけないので!」
「そ、そうなんだ……」
「ティアは晩ごはんを作ってね! えっと、わたしたち五人に、帰ってくるシャルロット様とカルラさん、そしてティアてで八人分!」
「多い! そんなの全部わたしに任せないでよ!」
「じゃあ、一緒にシャルロット様を助けに行きますか?」
「それも無理! ……わかった、ご飯は作る」
自分が無理だと言ったことをティナは躊躇いなくやれる。それに思い至った時、姉に対して尊敬の念を抱いたのかな。ちょっとだけ見直した様子だ。
「お姉ちゃん、ヨナ様の足を引っ張らないようにね」
「そんなことしないから! ちゃんと役に立つから!」
うん。見直したのはちょっとだけ、みたいだけれど。
「さあ行きましょう! ところで、子爵の家ってどこかしら」
アンリがもふもふに乗りながら来た。後ろには荷台を引いている。
質問についてだけど。
「僕も知らない。というか、みんな知らないよね?」
「なんとかなるでしょう。お金持ちは固まった所に住んでいるものよ。とりあえずそこに行って、後は近所の人に聞いてみましょう」
そんなやり方でいいのかな。まあ、そうするしかないか。
もふもふが駆ける。それに振り落とされないように、僕たちは荷台にしがみついた。
「ぎゃー! アンリさん! もっとゆっくり! 怖いです!」
「駄目じゃないティナ! ぐずぐずしてる暇はないわ! 今もシャルロットが危ない目に遭ってるかもしれないのよ! 急がないと!」
「それはわかりますが! ひえっ! 前! 前を見て!」
大通りを抜けて、比較的狭い路地に。そこも活気は十分にあって、人通りは多く店も立ち並んでいる。他の荷馬車も通行しているし、それらは安全を考えてゆっくりと進んでいた。
そんな馬車のひとつにぶつかりそうになり、アンリは渋々速度を緩めた。
「ここを抜けてしばらく行けば、貴族の邸宅が立ち並ぶ区画よ」
「ヴェッカルの男爵の屋敷みたいな感じか?」
「子爵の屋敷がどんなのかは知らないわ。けど、あの屋敷よりは周りは落ち着いているでしょう。周りもお金持ちなのだから」
「あんな感じの屋敷がいくつもあるのか。金持ちっていうの、大勢いるんだな」
「大都市だからね」
「あ。アンリちょっと止まって」
肉の串焼きを売る屋台を見つけて、僕は降りた。串は木の棒で作られている。
腰の剣だけではなく、こっちの武器も欲しかったんだよね。
「こんにちは。ひとつください」
そう言ってお金を渡し、炭で焼かれている串を一本自分で取った。店主から受け取ると駄目みたいだからね。
手に取った瞬間に聖剣となった串は、刺している肉が自重で串に食い込んでいくと、容赦なく切り裂いていった。
勝手に切れてボトボト落ちていく肉のひとつを摘んで口に入れる。食べたことのない味だけど美味しい。異国のスパイスも、こういう使い方をすれば誰もが幸せになるのだけど。
「おじさんの肉、柔らかくてすごいね。宣伝でそう言うべきだよ」
何が起こったかわからず唖然としている店主に笑顔を見せてから馬車に戻る。
「聖剣ってなんでも切れますね」
「本当にすごいよね。……扱いを間違えると大変なことになるけれど」
串をぎゅっと握って周りに当てないようにしながら、馬車に揺られた。




