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1-9.動揺

 ガリエル公爵は、なおも釈然としないといった表情で。


「ヨナウス殿下の亡骸を見てもよろしいですかな? せめてお別れを言いたいのです」


 平民どもと同じことを言った。


 亡骸だと。そんなものはない。ヨナウスの遺体は、グラドウスの差し金で森の中に転がっているのだから。


「見せることはできぬ」

「なぜでございましょう」

「それは……それは。禁術! そう禁術のためなのだ!」


 答えに窮した王は、口にするのも恐ろしい言葉を発した。


 禁術。それは呪いに似たもの。


 この世界には、魔法使いという者が限られた数ながら存在する。

 異能と呼ばれる、人々が稀に覚醒する特殊な能力の一種として、魔法が使える者が時々現れる。遥か昔から今に至るまで、何人もの魔法使いが記録に残されている。

 火打ち石もないのに火を灯したり、井戸に行かずに水を汲んだり、怪我人を治癒するなど、常人にはできないことをする魔法使いたちは人々の尊敬を集めてきた。


 さらに魔法使いたちは、魔法が使えない者にもその恩恵を受けられる道具を作り始めた。

 たとえば、魔力で動き続けて時を知らせる時計や、火ではなく魔力で生じた光により夜を照らす照明など。これらは一部の金持ちだけが手に入れられる高級品ながら、人の助けになる平和的な利用法だ。


 しかし魔法を悪しき方向で使った結果、人に害をなしたり、使う代わりに使用者に重い代償を払わせる物も生まれた。

 かつて戦乱の時代に作られた、歴史の暗部と言っていい。


 危険な物ゆえに、城の地下の奥深くに厳重に封印されて、使用を禁じられている。だから禁術。


「禁術、ですか?」


 ガリエル公爵は鋭い視線を向けた。


「そ、そうだ! 禁術だ! あの中に、死者を蘇らせる魔道書があったらしい! 母を亡くしたヨナウスは、あろうことか禁術に手を出したのだ! それに失敗して、呪われて無残な姿に……だから人に見せるわけにはいかんのだ! 親として! 子の恐ろしい遺体を誰にも晒させたくない!」

「信じられませんな。聡明なヨナウス殿下が、まさかそのようなことを」


 聡明だと? あれが?


「事実なのだから仕方あるまい! そ、そうだ! 母親の部屋は地下で、その近くに禁術を封じた部屋がある! 身近に感じていたからこそ、ヨナウスは安易に手を出したのだ!」

「なるほど」


 相槌を打つガリエルは、全く信じていない様子で。


「このことを、国民に公表しますか?」

「ありえん! ヨナウスの名誉のためだ。病死としか伝えない!」

「……それがよろしいかと。死者の名誉を汚すことはありますまい。国民に慕われていたヨナウス殿下なら、特に」

「慕われていた?」

「はい。城下の様子の通りです。では、私はこれで」


 ガリエルは頭を下げて去っていく。


 この男は何を考えている? さっぱりわからん。


 すると入れ代わりに、第一王子のグラドウスが駆け込んできた。


「父上!」

「今度はなんだ!?」


 思わず、実の息子に怒鳴ってしまった。グラドウスは軽く悲鳴を上げる。

 見れば、随分と動揺した様子で。


「よ、ヨナウスを殺させに行った俺の近衛兵たちがなかなか戻らず、人をやって様子を見させたところ、その、あの……」

「なんだ。早く言え!」

「こ、ここ、近衛兵五人の遺体がありました! 無残に殺されていました!」

「なに!? 誰がやった!?」

「わかりません!」

「ヨナウスの死体はあったのか!?」

「わかりません!」

「馬鹿者!」


 怒りと動揺と混乱に身を任せた王が、グラドウスの頬を張り倒す。


 ぎゃあと悲鳴を上げて床に倒れるグラドウスは、父を怯えた顔で見上げる。


「あいつは死んだと! 世間に発表したんだぞ! 病気で死んだと! 生きている姿を世間が見てみろ! どんな騒ぎになるかわかっているのか!? 死体を確認しろ! もし生きているなら早急に殺せ!」

「は、はい! 動かせる全ての兵を動員して」

「馬鹿者!」

「あがっ!?」


 今度は腹を蹴飛ばされて、グラドウスは大きく悶えた。


「そんなことをすれば! 兵士からヨナウスの生存が平民どもに知られるではないか! なんのためにお前の近衛兵を刺客にしたと思う!?」


 兵士の多くは平民の出。こんな非道な命令をこなして、永遠に秘密を守れる者は限られている。だから、警護対象に個人的に忠誠を誓う近衛兵を使うのが最適だったのに、こいつはしくじった。

 人選が悪かったのか。


「精鋭を集めて! 密かに探らせろ! そしてさっさと殺せ!」


 人手は割けない。なのに仕事は急ぐ。無茶な命令をしているという自覚は、カードウスにはなかった。

 その後も彼は、国の未来を担う次代の王に散々罵倒を浴びせかけた。




――――



 いろいろあって眠かったのは、ティナだけでなく僕も同じ。

 キアに見張りを任せて、眠らせてもらう。深い眠りに落ちたが、夜中に起こされた。今度はキアが眠って僕が見張りをする番だ。


 火に焚べた枝がパチパチと音を立てる以外は静寂に満たされた世界。狼なんかの野生動物を警戒しなきゃいけないけれど、動物たちも夜は寝ているはずだ。必ずくるものではない。

 森の木々の間に星が見える。こんなに落ち着いて見たことはなかったな。


 やがて空が白み始める。東の空がだんだん明るくなり、真っ黒だったそれは青、そして白と色を変えていく。

 綺麗だった。僕が王都の外で迎える、初めての夜明けだ。

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