2-39.巨大サハギン
見えてない範囲で、サハギンの腕が壁を押しているのだろう。
「まずい。ガラス玉を追いかけようとして、出られない部屋から無理に出ようとしてるんだ」
小声で言えば、ゾーラはすぐにガラス玉をしまった。
「放置はできないわ。すぐに殺さないと。こいつが壁を完全に破壊したら、地下水路が崩壊しかねない」
それはつまり、この大都市の地下が崩壊することと同義。整備された地下水路が無秩序な空洞となれば、地盤の崩落が起こる。大通りがまるごと落ちかねない。
「わかったわ! あいつを殺せばいいのね! とりゃー!」
アンリが矢を放つ。的が大きいから外しようがなく、魚の顔の唇に矢が刺さった。
痛みを感じているのだろうか。サハギンは身をのけぞらせて叫んだ。
「オオオオオオオオォォォ!!」
そして手足をバタつかせる。それが壁に当たって、ヒビが入る音が聞こえた。
「おいアンリ! あれヤバくないか!?」
「えー!? 間違っちゃった!?」
「いや! いいんだ! どうせ殺すんだから! アンリは矢で攻撃を続けて! ゾーラはサハギンの動きを止めて!」
指示を出しながら通路を走る。
地下空間は思ったより広かった。ここからさらに、いくつもの方向に細い水路が続いており、交わる地点であるここは大きな湖みたいになっていた。
そこにサハギンが泳いでいる。
大きい。他のサハギンの数倍の大きさがあり、魚の部分だけでも大人の身長の二倍以上。
足を水路の中に入れているからわかりにくいが、それも相当な長さがあると思われる。少なくとも、水路の底に足をつけて立っているから、魚の部分が完全に水上に出ているのだろう。
船上のアンリが次々に矢を放つ。ボートは水路上で止まっているから、そちらにサハギンの攻撃が向かうことはない。逆に後ろに下がり始めたところで、僕は地下空間に入った。ティナとキアもそれに続く。ゾーラは、空間の入口付近で巨大サハギンを睨んでいた。
「足が見えないなら、闇を絡めるのは無理ね。腕の動きを止めるわ!」
杖を振れば、ヒビだらけの壁から闇の蔓が生える。サハギンは僕たちを敵だと認識して排除しようと腕を振り回していた。
その腕が壁の近くを通った瞬間に、蔓が伸びてサハギンの腕に巻き付いた。片手を壁の近くに引っ張られた形になるサハギンは悲鳴を上げた。
「あんまり持たないわよ! 早くして!」
「うん! わかった!」
蔓の生え際は低い位置であり、僕の身長でも届く。聖剣となった木の棒を上段に構えて駆け寄り、振り下ろした。サハギンの片手首が切断されて、血が流れる。
「よし! もう片方も!」
「ぎゃー! ゾーラさんこっちも! こっちの手も早く止めてください! うわー!?」
そっちはティナが苦労してるようだった。逃げ回るティナを叩き潰そうと、サハギンが腕を振っている。一時はサハギンの片腕が引っ張られてティナは安全地帯に入れたけれど、僕がそれを切断したから再度追いかけられることになって。
「みぎゃー! なんでわたしばっかり狙うんですかー!?」
「ティナを見て美味そうって思ったんじゃねぇか?」
「なんですかそれー!? わたし美味しくないですよ! ゾーラさんやキアさんの方が美味しいです! 肉付きとかとか良さそうで! わたしと違って! 誰が貧乳ですか!?」
「何言いやがる!?」
「自分で言ったことに自分で腹立てないでよ!」
「てかキアさんなにしてるんですか!?」
キアは壁に登っていた。あちこちに入っているヒビをとっかかりに、スルスルと高いところまで登る。
さっきと同じことするつもりか。
「おらっ! 魔物覚悟しろ! 死ね!」
巨大サハギンの上に飛び乗ったキアは、背びれを掴んで落ちないようにしながら、片手で魚の背をザクザクと切り裂いていく。痛みに悶えるサハギンが体を大きく振るわせる。キアはそれにも耐えていた。
「その調子ですキアさん! そのまま暴れさせててください! というか、わたしが狙われないようにしてください!」
「うるせえ! ティナお前も攻撃するんだよ!」
「逃げるのに忙しくて反撃出来ません!」
「ちょっとキア! 動き回ったら狙いにくいわ! 間違って当てちゃったらごめんなさい!」
「絶対に当てるなよ!」
キアは本気で怖がっているようだけど、体を震わせ続けるサハギンの背びれから手を離せば、すっ飛ばされて壁に激突してしまうだろう。だから必死に耐えていた。
しかし今のサハギンは隙だらけなのも事実。暴れるサハギンに、アンリはよく狙って体に矢を当てていく。キアに当たる様子もない。
ゾーラも動きを見極めて、闇の蔓を伸ばした。ブンブン揺れるサハギンの尾びれを蔓が捉えて、捕まえた。尾を思いっきり引っ張られる形になったサハギンの動きが止まり、悲鳴を上げる。
「よし今だ!」
と、キアが腕を伸ばして、サハギンの魚体の脳がありそうな場所を狙ってナイフを刺す。
直後に、ビクンとサハギンの体が痙攣し始めた。
「うおぉっ!? なんだこれ!?」
明らかにサハギンの意思ではない動きにキアが声をあげた。
「反射運動でこうなってるのね! もうサハギン事態の意識は失われて、死にかけて痙攣しているだけよ!」
「そっかじゃあ放っておけば死ぬのか! いやその前に振り落とされるから! おいヨナ受け止めてくれ!」
「え!?」
「もう無理だ! 腕が疲れた!」
「うわっ!?」
最後の力を振り絞ってナイフだけは収納したキアは、痙攣するサハギンの勢いを利用してこちらに飛び込んできた。




